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と、いうわけで。
ふたり並んで料理をすることになったのだが。
彩花にはエプロンを付けてもらった。
名誉のために言っておくと、あくまで服を汚さないため、衛生面に考慮した結果であって、理久の個人的な趣味ではない。
こういった状況で自身の趣味を押し付けられるほど、理久は立ち回りが上手くない。
ただ結果的に、感動を覚えるほどの光景ができたただけだ。
「……よいしょ、っと」
彼女は掃除をするときのように、髪を括っている。
両腕を後ろに回し、慣れた手つきで髪をまとめていた。
そのエプロン姿、髪を括る仕草、そのふたつに脱力しそうになる。
もう教えることは何もありません。
そう口を滑らしそうになって、一生懸命に黙っていた。
そうこうしている間に、彼女の準備も整ったようだ。
「お待たせしました」とにこりと笑い、彩花は隣に寄ってくる。
手をきゅっと握り、持ち上げる仕草が可愛らしい。
可愛さに当てられながら、理久は必死に平静を装って口を開いた。
「彩花さんって、料理は全くしたことない?」
どこから教えたらいいんだろう、と彩花の習練度を確認すると、彼女はしょんぼりと肩を落とした。
「はい……。お恥ずかしながら、学校の調理実習くらいでしか……」
「オッケー。わかりました。なら、そのつもりで教えていくね。ではまず……」
「はい」
「手を洗ってください」
「はい」
それくらいわかるわ、というようなツッコミを期待していたのだが、彩花は真面目な面持ちで手をごしごしと洗う。
その横顔を見て、彼女の華奢な肩が近くにあることを意識せずにはいられない。
いやいや、雑念を打ち払え。
彼女は一生懸命なんだぞ、と頭を振る。
「洗いました、小山内さん」
「はい。じゃあ次は、野菜を洗ってくれますか」
「わかりました」
彼女は真剣な表情のまま、野菜を洗い始める。
野菜を洗剤で洗い始める……、といったようなとんちきな行動もなく、ごくごく普通に作業をしていた。
ただやったことがないだけで、覚えたらすぐ要領よくこなしてしまいそうだ。
彩花にすべて任せるわけにもいかないので、理久は理久で調理を進めていく。
しかし彩花が工程をひとつ進めるごとに、理久は丁寧に教えていった。
「小山内さん……、手慣れてらっしゃいますね……」
「そう?」
「はい……」
肉を切って炒めて、を手早くやっていると、感心の目で見られてしまう。
彼女から褒められるのは嬉しいが、それほど自慢できるものでもない、と理久自身は思う。
「父さんに全部やってもらうのが申し訳なくて、なんとなくやってるうちに慣れただけだからなあ。料理も好きでやってるわけじゃないし、そんなにおいしいものは作れないから期待しないでくださいね」
本音を言えば、料理は全然好きじゃないし、むしろ面倒だとさえ思う。そもそも食事自体にあまり興味がない。
父親のために作っているから多少はまともなものを、という気持ちになっているだけで、もし自分だけだったら料理なんて絶対しないだろう。
父自身もそれほど食事にこだわりがあるタイプじゃないし、そういう家系なんだろうな、と思う。母がいた頃は、また違ったのだろうが。
彩花はちょっと困ったような顔をして、何も言おうとはしなかった。
それで会話が終わると気まずいので、今度は理久のほうから話題を振る。
「彩花さんの家では、今までずっと香澄さんがご飯作ってくれてたんですか?」
「そうですね……。母は専業主婦だったので。いつもおいしいご飯を作ってくれてました」
「そっか……。香澄さんも大変だよね。こうして急に、働くことになって……。仕事、結構忙しくなりそうだとか」
「はい。運よく就職が決まったのはありがたかったんですが、残業も多いみたいなので……」
そんなことをぽつぽつ話しながら、ふたりで調理を進めていく。
向かい合って話すのはまだ慣れないし、理久は彩花の綺麗な顔を見られないこともしばしばだが、作業をしながらだと案外気楽かもしれない。