16
再び真夏の日差しに耐えながら帰路につき、買ってきたものを手分けして整頓したあと。
彼女に財布を見せて、それをリビングの収納棚に入れた。
「これ、家用のお財布なので。買い出しに行くときは、これを持ち出してください。あ、レシートは中に入れて置いて、パンパンになったらこっちの箱に移してほしいです。一応、家計簿も付けているので。財布のお金がなくなったら、父さんに言ってください」
そう説明をしていると、彩花は微妙な表情で「はい」と頷いた。
おそらく、「お財布のあるところを教えていいのかなあ」と言ったような、不安というか心配が伝わってくる。
まぁ気持ちはわかる。
理久も彼女の立場だったら、たぶん同じような顔をする。
かといって、いっしょに生活していくのだから信用しないわけにもいかない。
万が一、彼女の根が悪人だったとしても、ここでお金を盗ろうとするのはよっぽどの考えなしだ。
そうして、ひとまずふたりでの買い出しを終えたあと。
彩花は真剣な面持ちで、「小山内さん」と声を掛けてきた。
手をきゅっと重ね合わせ、意を決したように口を開く。
「わたしにも、料理のお手伝いをさせてくれませんか」
その言葉に、理久は慌てる。
買い出しはともかくとしても、その申し出は困ってしまう。
「いやいや。彩花さん、もうだいぶ家事をやってもらってるんだし、料理くらいは俺に任せてください。それに彩花さん、受験生でしょう? 勉強しなきゃ」
そうなのだ。
彩花は受験生だし、今は中学三年生の夏。
夏期講習などには行かないようなので、彼女は本来ならば部屋で一生懸命勉強に励むべきである。
むしろ、掃除や洗濯なども彩花にやってもらうのはどうかと思っている。もちろん、「こっちでやりますから」と言ったところで、三枝母娘が納得しないとはわかっているけれど。
ただでさえ環境の変化や、他人がいるという状況に集中力は削がれるだろうに。
理久が再婚に対して渋い顔をしていたのも、自身の受験経験があったからかもしれない。
だから、これ以上は彼女に負担を負ってほしくない。
そう思っての返答だったが、彩花は静かに首を振った。
「勉強はちゃんとやっていますし、今のペースならそれほど問題はないので……。それよりもわたしは、料理を覚えたいです。小山内さんさえよければ、教えて頂けると嬉しいです」
「………………」
彩花の意図が読めない。
家事の担当で、料理を請け負えないことへの後ろめたさだろうか。
それとも、他人に食事を作ってもらう現状が不安なのだろうか。
もしくは、もっと別の理由か。
端正な顔立ちからは真剣であることが伝わるだけで、ほかの感情は読めない。
料理を教えること自体は構わない。
構わないけれど、引っ掛かりは覚える。
だが、これ以上掘り下げることも、「彩花が受験生だから」と突っぱねることも、理久の立場ではできなかった。
そんな関係ではないからだ。
あとで香澄に相談するにしても、それを理由に否定することは、理久がやっていいことではないと自覚していた。
「……いいですよ。じゃあ今日、いっしょに作りましょうか」
理久の返答に、彩花は表情をぱあっと明るくさせる。
ありがとうございます、と頭を下げると、その長い髪がさらさらと揺れた。
その嬉しそうな顔を見ると、いろいろなものが緩んでしまいそうになる。
よくないなあ、と自覚しながら、この日は彩花と料理することが決まった。