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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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 スーパーに入ると、クーラーの冷気が火照った身体を冷ましてくれる。

 その心地よさに、思わず目を瞑ってしまう。

 平日の昼過ぎ、という時間だけあって、店内に見えるお客さんはそれほど多くはなかった。どことなくのんびりした空気が流れる中、気の抜けたBGMが店内放送で流れている。

 すると、隣に立つ彩花が静かに口を開いた。


「外、暑かったですね」

「そ、そうですね」


 彩花は困ったように笑いながら、そんなことを言う。

 彼女のほうも、歩み寄ろうとしてくれているのは伝わる。

 今回の買い物もその一環かもしれない。


 カゴを取り、いつもと同じく生鮮食品のコーナーから順路を辿っていく。

 後ろをついてくる彩花は、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回していた。

 

「あの、小山内さん。買い出しのコツって聞いてもいいですか?」

「買い出しの、コツ……?」


 難しいことを言う。コツも何もないと思うんだけど。

 必要なものを買うだけでは? と理久が困った顔をしていると、彩花も同じく困り顔になって肩を落としてしまう。


「すみません……。わたし、料理ができないとお伝えしたと思うんですが……。以前は買い出しもすべて母がやってくれていたので、塩梅がわからず……。実は家事も、お掃除と洗濯くらいがせいぜいで……。すみません……」

「いや、そんな。全然。あの、それが普通だと思うんで……」


 しょぼん、としている彼女の身体つきは細く、どこか頼りなさを感じる。

 まだ幼さが残る顔を見ても、彼女の容姿は中学生、甘く見積もっても高校生にしか見えない。歳相応だ。

 普通の中学生の女の子なら、むしろ掃除と洗濯をちゃんとできるだけでも立派だと思う。特に彼女は、少し前までごく普通の中学生だったのだから。

 父子家庭とはいえ、家事をすべてこなしていた理久のほうが特殊だろう。

 彩花はそこに言及する。


「小山内さんは、料理もできるんですよね。すごいです」

「んん……。いや、そんな大したものは作れないですケド……」


 謙遜しつつも、舞い上がりそうな心を必死で抑える。

 彼女のくりくりした目には、尊敬の色が滲み出ていた。それをまっすぐに向けられると、今すぐにでも踊り出したくなってしまう。

 ありがとう、父さん。今まで家事をやってきたのは、この日のためだったのかもしれない……。

 と、そんなふうに喜んでばかりじゃいられない。

 

 彩花が「コツを教えてくれ」と言うのなら、彼女に自信がつくよう、出来る限りのことをしなくては。

 おほん、と咳払いをしてから、理久は口を開く。


「まず食材は、献立を組み立てながら買っていくかな……。何作るか決めていたら、買う物も自ずと決まってくるから。あとは冷蔵庫のものと相談ですね。補充したいものをメモなり覚えるなりして、それを買っていきます」


 ジャガイモをカゴの中に放り込みながら、ごくごく当たり前のことを言う。

 当然のことすぎて何を言っているんだろう、という気になってくるが、彩花はふんふん、と真剣な様子で頷いていた。

 両手をきゅっと握り、胸の前に持ち上げている。

 かわいい。

 その一生懸命さに愛おしさを覚えてしまう。


「あの、小山内さん。さっきから迷いなく食材を入れていますが、今日の献立は決まってるんでしょうか」

「うん? あぁそうですね。カレーでも作ろうかなって」

「カレー……」


 彩花の表情がやわらかくなり、大きな瞳がきらりと輝く。

 嬉しそうだ。カレーが好きなのかもしれない。

 これは作り甲斐がある、と内心でやる気が燃え上がる。

 その間にも、ひょいひょいと食材をカゴの中に放り込んでいく。

 そのたびに、彩花が視線で追いかけ、「にんじん、たまねぎ、おにく……」といちいち口にするのが可愛くてしょうがない。


 それに、何だかドキドキしてしまう。

 おこがましい、何様だ、気持ち悪い、とは自覚しているものの、感じてしまったことはどうにもならない。

 ふたりでいっしょにスーパーで買い出しをして、今日の献立の食材を買って。

 傍から見たら、同棲しているカップルか夫婦に見えるのではないか――。


 そんなことを考えていたら、パァンと左頬をはたかれた。

 彩花にではなく、理久自身の左手に寄って。


「お、小山内さん……っ!? ど、どうしたんですか……!?」

「いや、あの、蚊です……」

「そ、そんなに全力で叩かなくても……」


 突然の蛮行に彩花が目を白黒させていたが、これは仕方がない。

 自分自身に罰を与えないと、気持ち悪い妄想の罪に耐えられなかった。

 これ以上、おかしなことを考えないための処理でもある。

 そこで、あ、と声が出た。

 衝撃で思い出したのだ。 

 さっきの反応を見る限り大丈夫だとは思うが、念のため聞いておかないと。


「というか、彩花さん。カレーで大丈夫ですか? 苦手なものがあったら言ってくださいね。まず確認しておくべきでした」

「あ、あ、ありがとうございます……。わたしも母もアレルギーとかは特にないのですが、苦手なものはまた改めてご報告します」


 ぺこり、と頭を下げられてしまう。

 まだ動揺は残っているものの、彩花も気にしないようにしてくれたらしい。

 そして、先ほどの考えがいかに独りよがりだったかを自覚してしまう。

 彼女の口ぶり、対応は仕事の関係者みたいだ。

 いや、きっとそれはお互いに。

 

「………………」


 それもまた、言い得て妙なのかもしれない。

 小山内理久と三枝彩花の関係は、家族やカップルよりも、仕事の関係者のほうがよっぽど近い。

 関係性がどうというより、お互いの状況的に。

 協力者、と言い換えることもできるかもしれない。

 何にせよ、家族やカップルとはかけ離れている。


「……ん?」


 考えごとをしていたからか、隣に彩花がいないことに気付いた。

 振り返ると、彼女は冷凍食品の棚をじっと見つめている。


「何か欲しいものあります?」


 戻って話し掛けると、彼女ははっとして顔をこちらに向けた。

 頬を赤く染めながら、ぷるぷると首を振る。


「い、いえ、そういうわけではなくて……。すみません、見ていただけです……」


 なぜか恐縮したように、肩を縮ませている。

 その大袈裟な反応に首を傾げながらも、理久は彩花に水を向けた。


「お昼ご飯で使うことも多いんで、彩花さんが食べたいものあったら選んでいいですよ?」

「いえ、あの、本当にそういうのじゃないんです……。すみません……」


 ついには俯いてしまう。

 困らせたいわけではなかったので、理久もそれ以上は追及しなかった。

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