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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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 理久は昼食を終えたあと、早速外に出る準備をした。

 とりわけ服装については深く悩む羽目になった。

 行くのは近所のスーパー、気合を入った格好をするわけにはいかない。かといって、だらしのない部屋着を見られている手前、少しはまともな格好をしたい。でもスーパーに行く適切な格好で、かつまともな服装ってなんだ? どれが正解だ? そんなふうに悩み、服を引っ張り出し、一周回って部屋着のまま行くか? とか、制服を出すか? と考えたものの、結局は自分の気に入っているTシャツとチノパンで落ち着いた。あまり彼女を待たせるのも申し訳ないし……。


 着替えてから、部屋をノックする。

「行きましょう」と声を掛けると、すぐに彩花は出てきた。

 彼女は特に着替えることもないようで、先ほど見た格好と変わらない。食事を終えたあと、髪をほどいたくらいだ。

 ふたり揃って玄関で靴に履き替えていると、それだけで何だか特別なことをしている気がする。

 同じ家から、スーパーに向かうだなんて。

 こうして会話していることさえ、夢を見ているようだというのに。


「スーパーはどのあたりにあるんですか?」

「すぐそこだよ。歩いて五分も掛からない」


 そんな会話をしながら、玄関の扉を開く。

 途端、夏らしい灼熱の風が家の中に舞い込んできた。

 眩い日差しに嫌気が差しながら、ふたりで家を出る。

 涼しい場所にいたせいで、汗が一気に噴き出してきそうだった。


 それは彼女も同じようで、暑そうに青い空に目を向けている。

 彩花の白い肌にも凶悪な日差しが降り注ぐせいで、日焼けとか大丈夫なんだろうか、とか余計なことを考えてしまう。


「………………」


 余計な思考は、別の余計な考えを呼ぶ。

 見知らぬ通行人とすれ違ったとき、こう考えてしまった。

 自分たちは周りからどういうふうに見えているのだろう。

 どういう関係だと説明すればいいのだろう。

 言ってしまえば、理久たちは兄妹と言える。

 まだ籍を入れていないとはいえ、理久と彩花の関係は間違いなく兄妹となる。その予定だ。

 


 けれど、もしだれか知り合いに会ったとして、「妹なんだ」と紹介する自信は理久にはなかった。

 きっとそれは、彩花も同じだろう。

 ならば、この関係はいったい何と呼べきなのだろうか。


 ぼうっと考え事をしていると、隣にいた彩花が十字路をまっすぐに歩いていた。

 ここはまっすぐではなく、曲がらなければならないのに。

 スーパーはその先にない。

 慌てて、彩花を呼ぼうとして――、今まで、理久は一度も彼女の名を呼んでいないことに気付いた。


 なんと呼ぶべきなのか。

 彼女のように苗字呼び、すなわち三枝さん、だろうか。

 香澄のことは下の名前で呼んでいるわけだし、三枝さん、でも問題ないかもしれない。

 小山内さん。三枝さん。

 そんなふうに呼び合うとしたら、とてもバランスが合っている。


 けれど。


「――彩花さんっ」


 無意識のうちに、そう呼んでいた。

 ぱっと彼女は振り返る。

 彩花の長い髪はきらきらと陽の光に反射しながら、さらりと揺らめいていた。

 汗が滲んだ首筋や、心配になるくらいの白い肌がよく見える。

 その後ろで、嫌味なくらいに輝く太陽も。

 その光に照らされながら、彩花はこちらを見つめていた。

 彩花の何より綺麗な瞳が、大きく見開かれている。


 あぁ綺麗だな。

 いとも簡単に心を奪われそうになりながらも、理久は堪える。

 彼女が驚いた理由、そのことについて言い訳しなければならない。

 そうしないと、理久は女性の下の名前をいきなり呼ぶ、馴れ馴れしい男になってしまう。


「あ、ご、ごめん……。なんて呼べばいいのか、迷っていたんですけど……。三枝さんだと香澄さんもそうだし、一応、兄妹になるんだから下の名前で呼ばせてもらったほうがいいのかなと……。いや、ごめん。気持ち悪いようだったら苗字で呼ばせてもらいます……」


 慌てて否定しているうちに自分でも何を言っているのかわからなくなってきて、ただひたすらに気持ち悪い男になってしまった……。

 汗もだらだら出てくるし……。これじゃあ不審者だ……。

 これで完全に嫌われたらどうしよう、と不安になっていると、彼女は驚いて両手を振った。


「あ、いえ……。単にびっくりしただけですので……。男の人に、下の名前で呼ばれるなんて、初めてなので……」


 ちょっとだけ照れくさそうに、視線を外す彼女がとても可愛らしい。

 そして、自己嫌悪してしまった。

 下の名前で呼ばれたことがない、ということは、彩花には特別親しい異性がいない、ということになる。

 それに対し、「あ、そうなんだ」とちょっと喜んでしまった。

 いや、何目線なんだ……。

 どういうつもりで考えてるんだ……。

 

「小山内さん?」


 理久が自己嫌悪に沈んでいると、彩花は首を傾げてこちらを窺っていた。

 こちらが下の名前で呼んだところで、兄妹であることを改めて口にしたところで、彼女のほうは変わらず距離のある呼び方だ。

 それに対し、残念に感じる気持ちと、何を贅沢な、と文句を言う気持ちが入り混じる。

 それらすべてを放り出して、理久はとにかく目の前のことをこなすと決めた。


「うん、ごめん。スーパー、こっちだから」


 十字路の先を指差し、先行して歩いていく。

 後ろから、とてて、と彩花がついてきた。


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