表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
138/141

137

「に、兄さんは……、家を出るんですか……? ど、どうやって生活していくんですか……っ」

 

 彼女は戸惑いながら、口を開く。

 いきなり「家を出ていく」と言われたら、そうなるのも仕方がない。

 でも何も、理久だって思い付きで言ったわけではない。

 彩花を安心させるために、兄を見送れるように、理久だって考えて動いていた。


「父さんに、相談していたんです。何とか一人暮らしをさせてもらえないかって。やっぱり、他人との生活は息苦しい、年頃の女の子と暮らすのは気を遣うって。父さんも最初は困ってましたけど、最終的には同意してくれました」


 父自身も、後ろめたさはあるのだろう。

 理久がそうしたいのなら、と言ってくれた。

 自分の再婚で実の息子を追い出すことになること、そもそも彩花とあれだけ上手くやっていたのに何で、という思いはあるだろうけれど。

 それでも、理久の言葉はそれほど不自然でもない。

 わかった、と言ってくれた。


 ただ、今すぐ、というわけにはいかない。

 一応、理久だって告白が上手くいく可能性も、考えてないわけでもなかった。

 もしそうなら、家を出る必要はなくなる。

 ……その心配は、先ほどなくなってしまったけれど。

 こうなった以上、一晩でもいっしょにいることは避けたほうがいいはずだ。


「今日の夜には家を出ていきます。ちょっとの間、るかちゃんの家にお世話になることになってて。そのあと、本格的に一人暮らしをします。だから彩花さん、安心してください。あそこは彩花さんの家だし、俺も大変な思いをするわけじゃない。今までどおり、過ごしてくれればいいですから」


 ふっと息を吐く。

 言えた。

 伝えたいことは、すべて伝えた。

 だから、これでいいんだ、という気持ちになれる。


 彩花は心配と戸惑いを混ぜたような顔で、理久を見つめていた。

 そんな表情をする必要なんてないのに。

 理久のことなんて、もう忘れてしまっていいのに。

 そうして、穏やかに暮らしてくれればいい。

 理久も、自分の気持ちを吐き出せてよかった、と思っている。

 この思いを抱えたまま、いっしょに暮らすほうが何倍も辛い。

 もしかしたら、なんて淡い期待にすがる生活は、虚しいだけだ。

 

 だから、理久は憑き物が落ちたようだった。

 失恋の痛みは大きいけれど、それはあくまで普通の恋愛の範囲内。

 このままいっしょにいれば、自分が壊れるほどに大きな痛みがくるのは目に見えていた。

 だから、これでよかったんだ。

 思い詰めたような顔をしている彩花に、理久は告げる。


「――ありがとう、彩花さん。勝手なことを言って申し訳ないけど……、俺はあなたに会えて、よかった」


 彩花ははっとした顔でこちらを見た。

 それが、別れの挨拶だと悟ったらしい。

 嘘偽りのない、心からの言葉だったから。

 そうだ、それは全く嘘じゃない。

 この生活は苦しかったけれど、楽しいこともたくさんあった。

 好きな人といっしょに暮らしているのだ、楽しくないわけがない。

 人を好きになるのは、とてもとても素敵なことだ。

 それを実感したのだから、それで十分だった。


「ま、待ってください、そんな、そんなこと……」


 彩花は辛そうに目を細めて、こちらを見る。

 ぐっと引き結んだ唇は、その苦悩が伝わってくるようだった。

 別れを惜しんでくれるのは嬉しい。

 引き留めてくれるのは嬉しい。

 だけど、これはどうにもならないだろう。

 それは、彩花の表情が物語っていた。

 彼女は、理久の想いに応えられない。


「た、確かに、びっくりしました……。わたしは、兄さんのことは、兄として好きです……。でも、そんなふうに、考えたことは、なくて……。男性として、見たことは、なくて……。本音を言えば……、困って、しまいます……」

 

 彩花の声は、ぼそぼそと小さくなってしまう。

 改めて口にされると、少しだけ切ない。

 やっぱり、微塵も意識されていなかったらしい。

 彼女を困らせてしまったのも、辛い。

 けれど、理久だっていい加減限界だった。

 申し訳ないけれど、わがままを言わせてもらいたかった。

 ただ、それ以上のわがままを彩花は口にする。


「でも……、わたしは……。兄さんがいなくなるのは、嫌です……。兄さんといっしょに暮らすのは、楽しかったです。すごく穏やかな気持ちになれたんです。嬉しかった。すごく、すごく……。兄さんは、わたしを暗い場所から引っ張り出してくれたのに。それなのに、兄さんはどこかに行ってしまうんですか……?」


 ……その目は、やめてほしい。

 彼女はきゅっと手を握ったまま、悲しそうにこちらを一心に見つめている。

 今まで理久は、彩花の想いに応えてきた。

 兄として、できるかぎりのことをやってきたと思う。

 だからこそ、彩花は理久を信頼してくれたんだろうし、慕ってくれたんだろう。

 でもそれは、彩花にとっては兄としての想いでしかない。

 理久は、ある程度は義妹に対する情もあるけれど、好きな人に対する想いのほうが強かった。


 だから、今回ばかりは応えられない。

 だって、彩花が妹として理久に甘えている時点で、答えは覆しようがないからだ。

 彩花が理久に兄としていてほしい、と願っても、理久は彩花を妹として見られない。

 それを答える。


「そう言ってくれるのはすごく嬉しいです。俺も、彩花さんとの生活はすごく楽しかった。でももう、いっしょには暮らせないでしょう。俺は、あなたのことをひとりの女性として好きなんです。妹してじゃない」


 彩花はぐっと言葉に詰まる。

 当たり前だが、「ひとりの女性として好き」と伝えても、彼女は微塵も嬉しそうじゃなかった。

 妹として、と告げたら、きっと彼女はふわりと微笑むんだろうけど。




――――――――――――――――――――


 あとがき


 次回、3話更新で最終回です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ