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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 このまま合格おめでとう! とお祝いをしたいところだが。

 残念ながら、そうはいかない……。

 理久たちはまだ授業が残っているし、彩花は中学校に報告しに行かなければならない。

 ちなみにあのあと、佳奈と後藤が合流したが、彼らも無事に合格を果たせたようだ。

 何せ、三人で大騒ぎしていたので、佳奈たちもすぐに気が付いたらしい。

 彩花は状況が状況だったので、ふたりとも気を遣っていたようだが。

 三人とも合格で、何とも胸を撫で下ろす結果になった。


 るかが心配していた佳奈も、何とか滑り込めたらしく、そのうえ彩花も合格とあって涙ぐんでいた。

 どさくさに紛れてるかが佳奈に抱き着き、「るかさん、大袈裟。そして邪魔」と文句を言っていたが、まんざらでもなさそうだった。 

 全員が安心しきった顔で肩の力を抜いている。


 そのまま彼らは、三人で中学校に向かうようだ。

 別れる頃には短い休み時間は終わりを告げていて、チャイムが鳴り始めるところだった。

「やっばい」とるかとふたりして教室に走っていく。

 るかは短いスカートを揺らしながら、力が抜けた声を出した。


「あー、みんな合格でよかった。これで一安心。いや、本当によかった」

「うん。よかった。ほんとによかった……」

「うん、そこは本当によかった、なんだけど。ということは、理久。理久はもう……」

「あぁ……、そうだね。そうなると思う」

「……」

「ごめんね、るかちゃん」

「いや、わたしは。いくらでも迷惑かけてもらっていいんだけど。理久は、もうそうするって決めたんでしょ?」

「うん。俺はもう無理だから。こうするって決めてなきゃ、どうにもならなかったと思うから」

「……うん。わかったよ、理久。わかってるよ、理久」



 その日は、随分と長い一日になった。

 休み時間には父や香澄からも連絡があり、よかった、安心した、というメッセージを互いに送り合った。

 今日はお祝いにお寿司でも取ろう、という話になっている。

 力いっぱい、お祝いしてほしいと思う。


 ふたりとも今頃、ほっと息を吐いて、気を取り直して仕事に取り組んでいるだろう。

 彩花は佳奈たちとともに、学校帰りにどこかでお祝いしているかもしれない。

 夕食を作る必要はなさそうだが、ちゃんと夜ご飯までには彩花も帰ってくると思う。


 今までの理久だったら明日辺り、お祝いで彩花の好きなものを作ってあげたかもしれない。 

 そんなことをぼんやり考えながら、理久は授業を受ける。

 ほかの人たちは安堵しきっているだろうが、理久の気持ちは既に切り替わっていた。

 やるべきことが、理久には残っているからだ。


「ただいま」


 自宅に帰ってくると、玄関には彩花のローファーがあった。

 もう帰ってきているらしい。

 パタパタとした足音とともに、彩花が玄関にやってきた。


「おかえりなさい、兄さん。今日はありがとうございました」


 ふわりと微笑む彩花は、いつもどおりの彩花だった。

 まだ帰ってきて間もないのか、着ているのは白いセーラー服。

 見惚れそうなくらいに綺麗なのもいつもどおりで、彼女が小山内家の玄関口に立っていることが、今更ながら不思議に思えた。


「彩花さん、もう帰ってたんだ」

「はい。お昼ご飯は、みんなと食べたんですけど。兄さんたちが帰ってくるまでには、家にいたくて」


 律儀な子だ。

 それだけで、理久の頬は緩みそうになる。


「お母さんに連絡したら、泣いて喜んでくれて。慎二さんも、何度もよかった、って言ってくれて。本当に、よかったです。兄さんにも、迷惑と心配をおかけしてしまいました」


 そう言って微笑む彼女を見て、理久の心臓は強く弾む。

 あぁやはり。

 自分は、彼女のことが好きで好きで、どうしようもないところまで来ていた。

 胸が痛む。

 苦しくなる。

 日々大きくなり続けた彼女への想いは、もう破裂しそうなくらいに痛みを伴っていた。

 

 だから。

 ……だから。


「彩花さん」

「はい?」

「ちょっと、歩きませんか。お話ししたいことがありまして」


 理久の提案に、彩花は可愛らしく小首を傾げる。

 髪がさらりと揺れた。

 それに目を奪われていると、彼女はふっと微笑む。


「はい。いいですよ」


 ちょっと散歩に出よう、と誘われたとでも、思っているのかもしれない。

 まぁそれもそうか。

 兄から「ちょっと歩かないか」と言われて、特別な感情を抱くはずがない。

 そんな関係を、理久と彩花は今まで作り続けたのだから。


 

 外に出ると、陽が沈みかけるところだった。

 夕暮の色に染まる中、肌を撫でる風は程よく気持ちがいい。

 少し前まで、風が吹くたびに震えていたというのに。

 

「温かくなってきましたね」

「ね。春ですね」


 彩花に声を掛けられ、笑顔で返す。

 今まで何度も繰り返してきた、季節の話。

 最初は気まずくてそんな話しかできなかったけれど、今は季節の実感をするために話をしている気がする。


 初めて彩花が小山内家に来たとき、うだるように暑い夏の日だった。

 白いワンピースを着た彼女も、ほんのり汗をかいていて。

 初めてスーパーに行ったときも、汗を流しながらふたりで向かったのだ。


 お互いに少しずつ歩み寄るうちに、秋が近付いてきて。

 彼女にお願いされて、彩花の中学校の文化祭に出向いた。

 学校での彼女は普段ともまた違った表情で、友達に囲まれていて。

 るかといっしょに微笑ましく見ていた。

 ……まさかそのあと、佳奈たちにおかしな絡まれ方をするとは、思っていなかったけれど。


 そのあと、空気が冷たい冬になって。

 後藤に自分の気持ちがバレて、それを責められて、反抗して。

 けれど、家の中ではそんな気持ちは出さずに、変わらず彩花といっしょに暮らしていて。

 クリスマスには、マフラーをプレゼントしてもらった。

 彩花は自分に感謝してくれていること。

 それを言葉にして伝えてくれた。

 あんなに嬉しく、そして同時に切なく感じたことは、初めてだった。


 ――思えば、あのときに限界を迎えたのだろう。

 器はいっぱいになっていたし、あとはこぼれ落ちるばかりだった。

 だから理久はあのとき、決めたのだ。


 そして、季節は巡る。

 温かい春になって、彼女は中学生から高校生になる。

 一目惚れしたときに目に焼き付いた、彼女の白いセーラー服姿がもう見られないのは残念だけれど。

 きっと彼女は、豊崎高校の制服もとっても似合うと思う。

 そうして、一年が経って夏休みになったら。

 また彼女は、パジャマ姿でうろうろする生活が始まるのだろうか。


 ――あぁ、しまったな。

 前に、るかと彩花と三人で、いっしょに登校しようと約束したけれど。

 どうやら、その約束は守れそうになかった。


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