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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 そうしている間に、だれかが帰ってくる音がした。

 足音と、玄関の扉が開く音が、階下から聞こえる。


「ごめん、彩花さん。父さんか香澄さんか、帰ってきたみたい。状況説明してきますね」


 席を立っても、彼女は何も言わずに苦しそうに呼吸しているだけだった。

 どうやら、また眠っているらしい。

 駆け出したくなるのを堪え、静かに彩花の部屋から出る。

 ふたりだけの時間は、どれほど心細かっただろうか。

 ようやく、大人が帰ってきてくれた。

 時刻は普段よりもだいぶ遅い時間だったが、帰ってこられただけ幸運なのかもしれない。

 帰ってきたのは、香澄だった。


「理久くん、ごめんありがとう。彩花は?」


 深刻な表情で、香澄は階段を上がってきた。

 熱を出したこととその経緯は、既に香澄にも伝えてある。


「今は眠ってます。でも、大丈夫じゃなさそうです。熱もすごく高くて、顔色も悪くて、咳も出てきたみたいで。どんどん悪く……」


 それだけ言って、理久はポロっと涙をこぼしてしまう。

 大人が来てくれた安心感からか、それともこの不安な状況に対してなのか、自分でもよくわからなかった。

 香澄は、理久の肩に手を置く。


「ありがとう、理久くん。理久くんがいてくれて、よかった」

「いえ……」 

 

 ぐしぐしと涙を拭う。香澄の言葉は嬉しいが、どこまで役に立てたかは自信がなかった。

 香澄はそっと扉を開けて、彩花の様子を確認する。

 やはり眠っているらしく、反応はない。

 苦しそうにしているだけ。

 

「……明日、病院に連れていくわ。多分、風邪だろうからそれほど期待はできないけど……」


 苦虫を噛み潰したように香澄は言う。

 それでも、病院に連れて行ってくれるのなら、理久としては幾ばくか安心できる。

 しかし、気になることもあった。


「でも、香澄さん。仕事はどうするんですか……?」

「明日は休むしかないでしょうね。小さい子ならともかく、これだけ大きい子が熱出して休むのはどうなのって話なんだけど……、状況が状況だから」


 できることなら、休みたくはないのだろう。

 彼女は働き始めてから一年も経っていないのだし、変な印象を与えるのは避けたいはずだ。

 かといって、このまま放置するわけにはいかない。

 香澄が言うように、状況がまずい。試験前なのだ。

 試験までに、どうにか熱を下げなければならない。


「そうなんですよ、なんでこんなタイミングで……」


 実感したからか、理久はまた泣き出しそうになってしまう。

 それとも、大人がそばにいるからだろうか。

 彩花が受験を控えてなければ、ここまで心を乱されることはなかった。

 恐ろしいほどの不安に飲み込まれてしまう。

 すると、香澄はやさしい声色でこう言ってくれた。


「大丈夫よ、理久くん。試験までに治ればそれでいいんだから。きっと笑い話になるよ。あのときはみんな焦ったね、って。大丈夫だから」

 

 まるで、先ほどの理久と彩花の再現だ。

 問題は、香澄が表情を作るのが下手なところだろうか。

 不安を何とか押し留めているのがありありと顔に出ていて、とても安心できそうにない。

 互いに不安を共有しているだけのようで、つい弱音を吐いてしまう。


「治るでしょうか……。もうそんなに時間もないのに。試験なんて、本調子の彩花さんなら簡単にパスできるのに……、俺が熱を代わりたいですよ……」


 嘆くように言う。

 すると香澄は、「わたしだってそうだよ」と暗い顔で呟いた。

 考えることは同じだ。

 けれど、実際に代わることはできない。

 できるのは、ただ祈ることだけだ。


「……香澄さん。俺も明日、病院についていっていいですか」

 

 どうせ明日は不安で授業に集中できないだろうし、一日くらいサボったって問題はない。

 思わずそう言うと、香澄はそこで初めて笑顔を見せた。


「だーめ。慎兄に怒られちゃう。気持ちは嬉しいけど、理久くんは学校行っておいで。理久くんだって、今にも倒れそうな顔色してるよ。彩花のことは、気にしないでいいから。……でも、ありがとうね」


 小さな呟きに、不安はより大きくなる。

 何かしていたいのに、理久にできることはあまりにも少ない。


 明日になれば、彩花はけろっとしていないだろうか。

 すみません、兄さん、と照れくさそうに笑っていてくれないだろうか。

 そう祈りながら、隣の部屋の気配を感じながら、理久は眠りについた。

 時折、扉の開閉音が聞こえてくる。

 香澄が、彩花の様子を見に行っているんだろう。

 それがわかるくらいには、理久の眠りは浅かった。


 

 ほとんど寝た気がしない一夜を開け、理久はすぐさま階段を降りて行った。

 いきなり彩花の部屋を訪れるわけにはいかない。

 その気遣いが無意味になることを願いながら、理久は香澄の元に向かった。

 リビングでは、香澄がぼんやりと座っている。

 父は落ち着かないのか、無意味に立ってうろうろしていた。


「香澄さん。彩花さん、どうですか」


 おはようの挨拶もなしで、真っ先にそれを尋ねる。

 願い虚しく、香澄は暗い顔で首を振った。


「……ダメ。熱も下がらないどころか、上がってて。一晩中咳もしてて。そのせいで、よく眠れてないみたいで……」


 香澄は不安そうな顔を、隠そうともしない。

 昨日は理久の前では、多少取り繕っていたのに。

 彩花の前では気丈に振る舞っているだろうから、その反動かもしれない。

 理久相手にまで、それを保持できない。

 それだけ、香澄も余裕はないのだろう。


「……タクシー、呼んでおいたから。病院行っておいで。あぁ、帰りもタクシー使いなよ」


 父の言葉に、香澄は「慎兄、ありがとう」と薄く笑う。

 何とも暗い、朝の風景だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] あちゃー… 試験までに治るといいですが… 展開が気になりますね。 更新頑張ってください!
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