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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 彩花を抱えて、とにかく部屋に運ぶ。

 以前、部屋に入れてもらったことがあるからか、彩花の部屋に入ることに大きな抵抗はなかった。

 部屋の中まで彩花を運び、ベッドに横たえる。

 掛け布団を肩が隠れるほどに引き上げた。


「……はっ……、はっ……、はっ……」


 彩花は目を瞑って、大きく胸を上下させている。

 真っ赤になった頬も、開いたままの口も、苦しそうで苦しそうで。

 理久はパニックになる。


「どうすればいい? どうすれば……、あぁ、くそ……。こ、こんな雨の中……、今真冬だっていうのに……、み、三日後には試験なのに……!」


 焦りが身体中を駆け巡り、理久のほうまで息が荒くなる。

 益体のない言葉を無意味に吐き出して、ただただ足を震わせていた。


「兄さん……、ごめんなさい……」


 彩花はその焦りを感じ取ったかのように、謝罪の言葉を口にした。

 息をするのも苦しそうなのに、そんなことを言わないでほしい。

 とにかく、とにかく今できることをしないと。

 彩花は身体を震わせていたので、掛け布団に毛布を重ねた。

 髪がまだ濡れていたので、タオルで拭きとり、枕の上に新しいタオルを置く。

 あとできることは何だろう、と全力で頭を回した。


「あぁ、風邪薬……! 彩花さん、ちょっと待っててください……!」


 声を掛けると、そこで初めて彩花は薄く目を開けた。

 相変わらず瞳はぼんやりとしているが、小さく頷く。

 理久は転がり落ちるように階段を降りて行って、風邪薬を探しに行った。

 しかし、普段仕舞ってあるところに風邪薬がない。

 それでまた、パニックになってしまう。


「あぁくそ……! 補充忘れてたのかな……。どうしよう……!」


 買ってくるか? と外を見る。今も変わらず、外は大雨だった。

 冷たい雨が降り注いでいる。

 それを睨むように見ながら、理久は必要なものを頭に浮かべた。


 発熱したのなら、飲むものはスポーツ飲料のほうがいいはず。あとは食べられるもの。食欲があるかわからないから、ゼリーやその類。

 そして薬。

 必要なものはたくさんある。


 何せ、試験は三日後だ。

 それまでに、体調を戻さなければならない。

 このままでは、彩花は試験を受けられなくなってしまう。

 それを考えて、ぞっとした。


 その現実を振り払い、理久は躊躇なく外に飛び出す。

 傘は使わずに雨合羽を着て、全力で雨の中を走った。

 体温はすぐさま奪われていったが、どうでもよかった。


 あっという間に必要なものを揃え、雨合羽を脱ぐのももどかしく、彩花の部屋に戻る。


「彩花さん。スポーツ飲料を買ってきたので、喉が渇いたらこれを飲んでください。あと、熱を測りましょう。それで、薬も買ってきたので、熱を測ってからそれを飲んで……」


 つい、自分の言いたいことを矢継ぎ早に告げてしまう。

 けれど言葉は絡まり合って、途中で詰まってしまった。

 黙り込んだ理久を、彩花はぼんやりとした目を向ける。

「よかった……」と小さく呟いた。


「兄さん、どこに行ってしまったのかと……、わたし、心、細くて……」


 あぁ、と呻きそうになる。

 ちゃんと説明するべきだった。それとも、そばにいるべきだったのか。

 この状況で暗い家にひとり、不安にならないわけがない。

 普段ならともかく、彼女の頭の中は試験のことでいっぱいのはずだ。

 試験があるのに、大丈夫なのか。それまでに体調は整うのか。

 受験、できるのか。

 理久でさえ、そのことを考えると気が狂いそうになる。

 伝えるべきは、励ましの言葉だったのだろうか。

 もう理久にはわからない。

 何もわからない。


「ご、ごめん、必要な物を、揃えてきて……」


 とにかく買ってきたものを、彩花に見せる。

 普段の彼女なら恐縮しながら、お礼を言うだろうに。

 目をつむったまま、「そばにいてくれませんか……」と弱気なことを呟いた。

 泣き出しそうになる。

 こんな弱気な彼女は、今まで見たことがない。

 ここまで余裕のない彼女を、見たことがない。


 彩花は目を閉じているが、眠っている様子はない。

 ただ荒い息を吐いている。

 神に祈るように、体温計で彼女の熱を測った。

 その数字を見て、目を覆いたくなる。

 高熱だった。

 これから熱は下がるのか? 試験は受けられるのか?

 そのことを考えるだけで、心臓がどんどんと嫌な音を立てた。

 そして、理久が抱えるよりも何十倍も、彩花は不安に違いない。

 そのことを考えると、どうにかなりそうだった。


「……病院、に行ったほうが……。いやでも、連れて行ける状況じゃ……。救急車? いや、さすがにそれは……」


 ぶつぶつと呟き、今からどうすべきかを考える。

 不安で押し潰されそうだった。

 そこで、ポケットに入れていたスマホが震える。

 画面に表示された名前を見て、一気に力が抜けた。

 父からだった。


 部屋を出て、すがるように電話に出た。

 しかし、彼が言ったことはさらに理久の心をかき乱す。


『あ、もしもし理久か? いや、ごめん。この大雨で電車が停まってて。いつ帰れるかわからないんだ。なるべく早く帰るようにはするけど』


 あぁ、とその場にうずくまりたくなる。

 大人。親。

 こういう場で、どれほど彼らの存在が頼りになるのか、身に染みた。

 父が帰れないというのなら、香澄もきっと難しいだろう。

 つまり、理久はしばらくの間、ひとりで彩花を看ていないといけない。

 それがどれほどの不安か。

 暗いものが、心を満たしていく。

 助けてくれ、と叫びたくてしょうがなかった。

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