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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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「俺はさ。るかちゃんのことは大好きだし、とても信頼してるし、もしいっしょに死んでくれって言われたら、きっと最終的には死ぬんだろうけど。付き合いたいとは思わない。それって、家族としての好きだからだと思うし、彩花さんが俺に向けてる好意も同じだと思う」

「うん」

「このまま、俺が彩花さんといっしょにいても、彼女は俺のことを恋愛対象として好きになることはないと思う。そういう意味では、後藤くんのほうが可能性はあるんじゃ、って考えてしまうんだ」


 彩花からの信頼も好意も、理久は感じている。

 それは日々の中で大きくなっていることは、おそらく自惚れではないと思う。

 しかし、それが恋愛感情に変わることはない。

 このままいっしょにいられるだけで満足ならば、これ以上の環境はない。

 彩花と毎日いっしょにご飯を作って、いっしょに食べて、生活をともにして。

 けれど、それを羨ましいか、と問いかければ、後藤は「わかりません」と答えた。


 そう。

 この穏やかな生活の先に、後藤が望むものはない。

 理久だって、同じだ。

 この生活の先にあるものは、それはきっと――。


「理久、大丈夫?」


 るかが理久の頬に手を当てていて、はっとする。

 るかは心配そうに理久を見つめていた。

 大丈夫かどうかで言えば、おそらく大丈夫だ。


「ごめん。大丈夫だよ。どうしようもなくなってるわけじゃない。ただ、事実としてそうだよねっていう話」


 理久の話に、るかはふっと息を吐く。

 ゆっくりと身体を起こした。

 止まったままのゲーム画面を見つめて、呟く。


「そうだね。理久は、彩花ちゃんには男として見られていない。好きになることもないかもしれない。でももしそうなるように動いていたら……、今とは違う関係になっていた。そうなっていたら、彩花ちゃんを救うことはできなかったんじゃないかな」

「…………」


 彩花を救った、なんて傲慢なことは言えないけれど。いくらかは彼女の負担を軽くできたんじゃないかとは思う。

 それは、佳奈たちの口からも語られているし、本人からも告げられている。

 結果として、彩花の平穏な生活が生まれた。

 彩花が穏やかに暮らせているのだから、それでいいじゃないか、と思わないでもないが……。

 それでも、気持ちというのは複雑で。

 必死に抑えていても、彼女を好きだと言う気持ちは、恐ろしいほどに溢れてしまう。

 日に日に、感情は大きくなっている。 


 それを振り払うように、理久は口を開いた。


「ねぇるかちゃん。俺が彩花さんからマフラーもらった話、していい?」

「やだ。もう五千回は聞かされたから」

「クリスマスにご飯食べたあとにさ――」

「聞けよ! もういいって!」


 そんな話をしながらふたりでダラダラ過ごしているうちに、彩花が帰ってきた。

 ここ最近はさらに気温が下がっているうえに、すぐに外は暗くなってしまう。

 そのうえ、彩花は自転車で学校に通っていた。

 案の定、彩花は寒そうにしていたものの、部屋に入った途端にほっとしたような顔になる。

 そして、帰宅の挨拶をしている途中で、るかを見つけた。


「ただいま戻りました……、あっ、るかさん!」

「おかえり~。外寒かったでしょ、彩花ちゃ~ん」


 顔をぱっと明るくさせた彩花に、るかは上機嫌で彼女の元に寄っていく。

 風によって乱れた彩花の髪をくしゃくしゃと撫でて、ほっぺを両手で挟んだ。

 むにゅ、と頬を挟まれた彩花は、穏やかに笑っている。


「彩花ちゃんのほっぺ、冷たいねえ。やっぱり自転車だと、風が冷たい?」

「はい。最近はすっかり寒くなっていて。るかさんの手、あったかいです」


 その言葉に、るかは「うりうり~」と彩花のほっぺを手のひらでくにくに動かし、彩花も楽しそうにされるがままになっている。

 彩花かがるかにとても懐いていることから、るかも彩花のことが可愛くてしょうがないようだ。

 しばらくじゃれ合ってから、るかは手を離す。


「彩花ちゃん、体調管理には気を付けなよ? 風邪も流行ってるらしいし。手洗いうがい、しっかりね。今、わたしと理久で夜ご飯作ってるから、着替えてきな?」

「わ、ありがとうございます。なら今日は、三人でご飯ですね」


 楽しそうに両手を合わせ、にこにこと彩花は笑う。

 言われたとおり、彩花はリビングから出て行って洗面所に向かったようだ。

 それをるかは見送り、「かわいいなぁ」と顔をほこばせたあと、キッチンに戻ってくる。

 理久は思わず、彼女に苦言を呈した。


「……るかちゃんや。ちょっと彩花さんにベタベタしすぎじゃないかね」

「えぇ? なに、変な嫉妬やめてよ。女子同士なんだから別に普通でしょ」

「そういうのは佳奈ちゃんにやったら?」

「佳奈ちゃんには……、まだ、無理じゃん、そういうの……」


 途端にるかは、赤い顔でもじもじし始めてしまう。

 自分の想い人にできないようなことを、人の好きな人相手にやらないでほしいところだが。

 そんなことをつつき合っているうちに、部屋着に着替えた彩花がとんとんとん、と階段から降りてくる。

  

 今から、この三人で夕食だ。

 彩花は受験勉強があるけれど、その合間の穏やかで楽しい時間。

 彩花の笑顔が見られるだろうし、楽しい空気に満たされるに違いない。


 幸せな時間だ。

 そんな時間が過ごせるんだから、十分のような気はするけれど。


 これはあくまで制限時間付きの生活であることは、理久もわかっている。

 彩花は三ヶ月もしないうちに、高校生になる。

 よっぽどのことがなければ、理久たちと同じ豊崎高校に通うだろう。

 るかだって言っていた。

 中学生と高校生では、恋愛に対する感覚が違う。

 新しい環境に置かれたるかが、どれほどの同級生、先輩たちに言い寄られていたかは、隣にいた理久が知っている。


 そうじゃなくとも、彩花自身が心を動かされる人物がいるかもしれない。

 後藤だって、このまま手をこまねいているとは思えなかった。


 環境は、変わる。

 ずっとこのままではいられない。

 彩花だって、前に踏み出すかもしれない。


 彩花に恋人ができて、それでも変わらずに過ごせる自信は、理久にはない。

 だからつまり。

 こんな幸せな生活が続く期間は、驚くほどにもう短くなっているのだ。

 理久はふたりの笑顔を見ながら、それをひしひしと感じていた。




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