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「でも最近、るかちゃんって佳奈ちゃんと連絡取ってるんでしょ?」
「そうなの!」
るかは身体をガバっと起こし、元気よく声を上げた。
嬉しそうに頬を手で挟み、ご機嫌に口を開く。
「佳奈ちゃんも忙しいだろうから、たまに、たま~にメッセージ送るくらいよ? でも、ちゃんと返信してくれるの! それがもう、嬉しくて嬉しくて! 理久、見る?」
「俺がふたりのやりとり見ちゃまずいでしょ」
「大丈夫! 本当に浅い会話しかしてないから!」
悲しいことを声高に言う。
しかし、本人は幸せそうにスマホを眺めていた。
以前のことがあってから、るかと佳奈の関係も変化し始めている。
進展、と言っていいのではないだろうか。
もしかしたら、るかの想いが成就することもあるかもしれない。
「ねぇ理久。佳奈ちゃんに自撮り送って、って頼んでもいいと思う?」
「絶対やめたほうがいい。言っても送ってくれないと思うけど」
ただ、心配なのはるかが好きな人相手にはポンコツになることだった。
うっかり目を離すと、先走って玉砕しそうで怖い。
確かに距離は縮まっているけど、まだまだだからね。
何なら、少し前まで崩壊寸前までいってるからね。
実際、心配になるようなことを彼女は口にした。
「……理久。今、わたしが佳奈ちゃんに告白したとして。オッケーもらえる確率ってどれくらいだと思う……?」
スマホを見つめながら、るかはぽつりと呟く。
……なかなか厳しいことを言う。
いやまぁ、本人も期待して言っているわけではないだろう。
なので、理久も正直に答える。
「……ほぼほぼゼロじゃない?」
「だよねぇ~……」
るかは脱力して、どべえ~っとうつ伏せに寝転がる。
再び、理久の膝に頭を乗せた。
ぐったりと顔を伏せている。
そのまま、足をぱたぱたとさせるので、短いスカートがめくれあがっていた。
めっちゃ尻丸出しになってる。
「るかちゃん。パンツ見えてるから」
んーぃ、とよくわからない声を出すばかりでるかは隠そうともしないので、代わりに理久がスカートを直した。
彼女はそれも意に介さず、スマホをじっと見つめている。
「でも佳奈ちゃんと付き合いたいんだよなぁ~……、何とかならないかな~……、あぁぁぁぁ~、付き合いたいよぉ~……」
「それはわかるけどさ……、もう少し我慢しなよ……」
もしかしたらこれから発展するかもしれないのに、今告白をすればその可能性はゼロになってしまう。
先走ってもいいことはないというのに。
むしろ、理久はるかが羨ましいくらいだ。
なぜなら理久よりも、まだるかのほうが望みがあるのではないか、と感じているから。
それを、理久は尋ねてしまう。
「……るかちゃん、俺も聞きたいんだけど。彩花さんって、俺のことを男として意識してると思う?」
その質問に、るかはすぐに口を開こうとして、ゆるゆると閉じた。
気まずい表情になって黙った時点で、彼女の答えと気遣いがわかる。
それでも、るかは最後にはハッキリと口にした。
「してないと思う。微塵も」
「だよ、ねぇ……」
微塵も、とまでは言われると思っていなかったが。
覚悟していたのに、ダメージはそれなりに大きい。
「理久のことは信頼してるし、好きだとも思うよ。彩花ちゃん、すごく懐いてるし。ただそれは、義兄に対する好意であって、男として見たことはないんじゃないかな……」
フォローもまじえながら、るかは淡々と言葉を並べていった。
その心遣いは、痛みを少し和らげる。
るかは、それに、と続けた。
さっきまでほわほわしていた彼女はどこへやら、真面目な表情で口を開いた。
「理久を男だと意識していたら、今の関係は築けてないでしょ。そういう意味では、後藤くんのほうが意識はされてる。でもそこは理久が頑張った結果であって、落ち込む必要はないよ」
それは、そうかもしれない。
彩花が理久を男として意識していたら、この生活は彼女にとって辛いものになっていたと思う。
彩花の信頼は、あくまで義兄に対してのもの。
今となっては、後藤よりも理久のほうが彩花と距離が近いとは思うが、かといって恋愛として有利かと言えばまた違う。
るかは、それを口にした。
「まぁ……。わたしと理久の関係に近付いているよね。他人なのに本物の姉弟、みたいな」
その表現はしっくり来てしまう。
他人の垣根を超えた、家族同然の関係。
本物よりも、兄妹っぽい兄妹。
彩花との関係はそこまでではないにせよ、方向性としては同じだ。
るかはぼんやりと言う。
「わたし、理久とだったら同じ布団で眠れるし、いっしょにお風呂入るのも平気だからなあ」
「じゃあ今日、いっしょにお風呂入る?」
「いいよ?」
「冗談だよ。本物の姉弟でもこの歳ならいっしょに風呂入らんでしょ」
呆れながら否定する。
るかは「そりゃそうだ」と愉快そうに笑っていた。
だが、関係性としては、こういうことを言えるのが理想なんだろう。
三枝彩花が最も望む関係性は、理久とるかのようなものではないか。
少なくとも、今彩花に「いっしょにお風呂入りますか?」なんて言われたら、理久はその場で卒倒してしまう。
今みたいに何も感じずに流すことはできない。
互いに気も遣わないし、いっしょにいて楽。
それが家族になる、ということかもしれない。
けれど。
それは、理久が望むものではなかった。