12
深夜まで起きていたせいで、翌日に目を覚ましたのは昼に近い時間帯だった。
夏休みの贅沢だなあ、とあくびをしながら、理久は階下に降りていく。
ぼうっとした頭のまま、ふらふらとリビングに入った。
「おはようございます」
その声に、驚きで身体が飛び跳ねる。
なぜ。だれもいないはずなのに。だれだ。
それで自分が、すっかり寝惚けていたことに気が付いた。
声を掛けてきたのは、彩花だ。
昨日からこの家で暮らしているのに、それが頭からすっぽり抜けていた。
彼女はどうやらリビングを掃除していたようで、その手には布巾が握られている。
今日の彼女は、白いトップスに桜色のロングスカートを履いていた。清楚な雰囲気を持つ彼女に、よく似合っている。
長くて綺麗な髪は後ろでまとめて、さわやかで活発的な印象を与えた。
髪をまとめているために、上品な顔立ちが昨日よりもよく見える。
今日の私服もかわいい、だとか、ポニーテール似合うな、だとか、掃除してる姿が愛おしい、だとか、いろんな感情が湧き立つが、何より理久は自分の格好が恥ずかしくかった。
「お、おはようございます……」
今更遅いのだが、思わず顔や身体を隠すようにしながら、そそくさと洗面所に逃げ込む。
鏡の前に映る自分は、寝ぐせで髪がぼさぼさになり、だらしのない部屋着で油断しきった姿だ。
部屋着はまぁいいとしても、寝起きの顔を彼女に見られたことが恥ずかしい。
「そうか……。いっしょに暮らしてるんだもんなあ……」
つい、いつものように起きてきてしまったけれど。
既に共同生活は始まっている。
父と香澄はもう仕事に行っていて、普段はだれもいないリビングには彼女だけが残っている。
その事実に今更ながらに動揺する。
どうしようもないのだけれど、彼女に不審人物と思われない程度には落ち着いていたい……。
顔を洗い、リビングに戻る。
彩花はせっせとテーブルの上を拭いていた。
「綺麗になってる……。ありがとう」
よくよくリビングを見ると、随分と綺麗に掃除してもらっていた。
ふたりを迎えるにあたって、理久もきちんと掃除はしている。
けれど、彼女は隅々まで布巾で埃を取ってくれたらしく、ちょっとした小物もしっかりと整頓されていた。
驚いたまま思わずお礼を言うと、彩花は小さく首を振る。
「いえ、わたしの分担ですから……。それで、あの。お昼ご飯って、どうしましましょうか」
「え? あ、あぁ。そっか。お昼ご飯か」
時刻はもうすぐ正午に差し掛かろうとしている。
お腹が空いているかといえば、そうでもない。
学校がある日ならともかく、休日の理久は昼ご飯を抜くことが多い。
だって面倒だから。
夜ご飯はちゃんと作るのだから、昼まで料理したくない、というのが本音だ。
めんどい。
作ってまで食べたくない。
昨日の寿司が残っていたらそれで済ませたいくらいだったが、冷蔵庫には残っていなかった。
「……どうします?」
そんなことを考えながらも、質問を質問で返す。
できれば理久は楽に済ませてしまいたいが、彩花はどうだろうか。
彼女は布巾をきゅっと握ったまま、そっと視線を逸らした。
「小山内さんにお任せします。普段どおりというか、やりやすいほうで大丈夫ですが……」
そう言ってくれるのなら、甘えてしまおうか。
さすがに食べない、という選択は取らないものの、わざわざ作ることはしなくてもよさそうだ。正直、ほっとする。
そうなると、結論は。
「カップ麺とかでもいいですか?」
「はい」
彩花の返答に胸を撫でおろす。
お昼を食べたくなった用に、カップ麺や冷凍食品はストックしてある。
楽で早くて、片付けも少ない。
父がいなければ、すべてインスタントで済ませたいくらいに、理久は楽な食事を愛していた。
「準備しますね」
「え、あ、ありがとう……」
彩花は掃除を終えたのか、そそくさと手を洗い、湯の準備をする。
まぁ準備と言っても、それだけなのだが。
それがカップ麺のいいところ。
理久はキッチンの収納スペースから、大きめの箱を取り出す。
それをテーブルの上に置いて、中を開いた。
「わっ……」
いつの間に近くにいたのか、彩花がすぐ隣で箱の中を覗き込んでいた。
近いんですけど……。
身体がくっつきそうな距離だが、彼女が気付いている様子はない。
自分が女子であること、そばにいるのが他人であることを自覚してくれないでしょうか……。
こちとら、あの数分間で恋に叩き落とされたというのに……。
赤くなった顔を隠しながら、理久はさりげなく距離を取る。
「カップ麺、普段からこんなに用意してるんですか?」
「あぁ、うん。昼間は大体、カップ麺か冷食で済ましちゃうので。食べないことのほうが多いんですけど」
「そうなんですか……」
なぜか彩花は神妙な顔で頷いている。
もしかしたら彼女は普段、あまりインスタント食品を食べないのかもしれない。