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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 彩花は目をそっと逸らし、静かに口を開く。


「わたし、再婚前はとても不安でした。いっしょに暮らす人は、どんな人なんだろう。上手くやっていけるかな。上手くできなかったら、どうしよう。そんなふうに考えて、不安になって、でも考えてもしょうがないから考えないようにしているのに、考えてしまう」


 そこで彼女はふっと息を吐く。


「でも、ある程度は覚悟もしていましたし、諦めてもいました。何があっても、我慢しよう。耐えよう。もう耐えることしかできないから。諦めてさえいれば、どうなってもいいやって思えるから。そんなふうに、考えていたんです」


 その覚悟も諦観も、理久には伝わっている。

 初めて玄関で彼女の姿を見たときや、ともに生活する中で、彼女が様々なものを諦めているのは、わかっていた。

 理久が前に踏み出してなかったら、きっと彩花は今も理久や父に一生懸命気を遣って、遠慮して、肩を小さくして生きていたんだろう。

 それを利用して、理久が下衆なことをしたとしても、彼女は涙を呑んで受け入れる。

 諦めているから。

 どうでもいいや、と思っているから。


 けれど、今はそうじゃない。

 そうじゃなくなった。


「でも、兄さんのおかげで、わたしはあそこを帰る家だと思うことができました。今は、すごく穏やかに、健やかに生活できています。こんな生活が待っているなんて、半年前は思ってもいませんでした。兄さん、本当にありがとうございます。あなたが、いっしょに住んでくれる人で、よかった」

「――――――――――」


 その微笑みも、その言葉にも、理久は何も言えなくなってしまう。

 あぁ。

 そんなことを、言わないでほしい。

 なんで、そんなことを言ってしまうんだ。

 そんなのを聞いたら――、こちらの想いが溢れそうになる。

 目の前の小さな身体を、引き寄せたくて堪らなくなる。

 愛おしさが器から溢れて、ぽたぽたと零れ落ちてしまった。

 衝動に任せて、彼女をぎゅっと抱き締めて、胸の中に納められたら。

 その長い髪をこの手で撫でられたら。

 温かい体温を感じられたら。

 どんなに、どんなにいいだろう。


 けれど、その瞬間に、彼女のこの親愛の情も。

 信頼の眼差しも。

 すべて、形を変えてしまう。

 だから、理久は必死で堪えるしかなかった。


「……兄さん?」


 彩花は首を傾げて、こちらを見上げている。

 そのきょとんした顔も可愛らしかったけれど、これ以上黙り込むわけにはいかない。

 口を開こうとして、代わりに涙がぽたりとこぼれた。


「に、兄さん……っ、ど、どうしたんですか……っ!」

「いや、あの……。嬉しくて……、ごめん……」


 涙を拭う。

 愛しさでどうにかなりそうにはなったものの、それはそれとして、彼女のその言葉は純粋に嬉しかった。

 これは、兄として、だ。

 田んぼで助けてくれたあのときの彼女のように、彩花は笑顔を取り戻してくれた。

 今は、怯えずに生活できている。

 それを感謝してくれていること、その思いを伝えてくれること。

 それが胸をいっぱいにしていた。


「な、泣かないでください……、わたし、そんなつもりじゃ……」


 おろおろと彩花は慌ててしまう。

 いや、これは理久が悪い。 

 彼女のことになると、何とも涙もろくなってしまって、参る。

 恥ずかしさとか情けなさをごまかすように、理久は下手くそな笑顔を浮かべた。


「ごめんなさい、大丈夫です。マフラー、使わせてもらいますね」


 そう言うと、彩花はようやく安心したようだ。

 ふわりと微笑みながら、「はい」と返事をしてくれる。

 そして、その瞬間にぴゅうっと冷たい風が吹いた。

 お互い、身体をぶるりと震わせる。

 顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。


「戻りましょうか」

「はい。そろそろ、お母さんたちも帰ってきますよね」


 ふたりで来た道を戻っていく。

 クリスマスはまだまだ終わらないようで、ショッピングモールの近くにはたくさんの人が行きかっている。

 そこになんとなく視線を向けていると、「「あ」」と彩花と同時に口を開いた。


 そこに見えたのは、『クリスマスケーキ』と書かれた真っ赤なのぼり。

 そのそばには、サンタクロースの格好をした女性たちが、ケーキを販売している。

 彩花と顔を見合わせて、互いに何を考えているかがわかった。

 まぁ彼女はダイエットを終えたばかりだが、一年に一回のクリスマスだ。

 今日くらいはいいだろう。


「買って行きましょうか」

「はい。四人でなら、一ホールあっても食べ切れますよね」

 

 まぁ理久と父はそれほど食べないが、彩花がいるから大丈夫だろう。

 そう思って、「そうですね」と答えると、彩花が少しむっとした表情になる。

 唇を尖らせて、静かに呟いた。


「兄さん、みんなが食べ切れなくても、わたしがいるから大丈夫、と思っているでしょう……」


 思ってましたけど……。

 言ってないんだから、そこはセーフじゃない?

 声は出さず、とにかく黙って気まずい笑顔を見せていたら、彩花は「わ、わたしだって、もうそんなに食べないですからね……っ」と怒られてしまう。

 まぁでも多分、余ってたら食べるんだろうな。

 さすがにそこまでは言わないけど。


 ケーキをひとつ購入し、家に戻ってくる。

 すると、ちょうどよく香澄も仕事から帰ってきたようだ。

 玄関からパタパタとリビングに直行してきて、上機嫌で話しかけてくる。


「ねぇねぇふたりとも。今日はクリスマスでしょう? 少しくらいクリスマスらしいことをしようと思って……、じゃーん!」


 香澄はテンション高く効果音を演出しながら、後ろ手に持っていたものを前に突き出した。

 その瞬間、顔が曇る理久と彩花。

 思ったリアクションがなかったせいか、香澄はつまらなそうな表情になる。


「なに、ふたりとも。中学生と高校生じゃ、ケーキくらいじゃ喜ばない? あ、もしかして彩花のダイエット? 大丈夫よお、ちょっとくらい食べても」


 香澄はのんきに笑っているが、そうじゃない。

 彼女の手にあるのは、一ホールのケーキ。

 確かにクリスマスらしいものだが……、彩花と理久は同時にテーブルの上を指差す。


「えっ……!? ふたりとも、もう買っちゃったの!? わ、どうしましょう、これ……!」

「こういうダブつき方するんですねえ……」


 理久は苦笑いを浮かべる。

 今まで父と二人暮らしでふたりとも甘い物は好きじゃないから、ケーキなんてほとんど買ってこなかった。

 買ってくるような普通の家庭でも、大体買う人は決まっているものだろう。

 なかなかない事故に笑うしかない。

 どうするこれ……、と微妙な空気になっている中、父も帰宅してきた。


「ただいま~。あれ、みんななんでお揃い? まぁいいや、それならコレ見て! ケーキ買って来たんだ! これで少しはクリスマスらしくなるだろう?」


 あちゃあ、と三人で苦笑いを浮かべる。

 そして父は、テーブルの上に並んだケーキ二ホールに気が付いた。

 己が持っている、一ホールのケーキに目を向ける。


「……これは、やってしまったな? 参ったなぁ」

「参ったなぁ、じゃないよ! 慎兄! どうすんの、四人で三ホールだなんてぇ!」


 香澄がそんなふうに父を叩くが、父は愉快そうに笑っている。

 笑うしかないなあ、と理久と彩花もいっしょになって笑みを浮かべた。

 


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