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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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「そうそう。佳奈ちゃん、やっとわかってくれたみたいで。嬉しいよ、わたしは」


 佳奈の後ろからにゅっと飛び出したのは、るかだ。

 締まりなく、嬉しそうに笑みをこぼしている。

 先ほどから上機嫌だったのは、これが理由らしい。

 喧嘩別れしたと思っていた想い人が、実は怒っておらず、反省して態度を改める、というのだから。

 るかにとっては命拾い、これ以上ないほどの僥倖だ。

 今も、だらしなく笑いながら佳奈にちょっかいを掛けている。


「やぁ、佳奈ちゃん。ちゃんと言えたね。偉いよ~」

「……子供扱いしないでくださいっ」

 

 佳奈はむっとした様子でるかに強い語調で言うものの、以前のようなとげとげしさはない。

 それどころか、そっぽを向いて呟いた言葉は、さらにるかの表情を緩ませた。


「……別に、るかさんに言われたから、とかじゃないから」

 

 そんな、往生際の悪いことを言う。

 そんなこと言っても、るかちゃんを喜ばせるだけだぞ。

 今なんて全身からハートマークを出しながら、佳奈を見つめている。

 浮かれるのは結構だが、さすがに好意が駄々洩れすぎじゃないだろうか。

 あと、あんまりダル絡みすると普通に嫌われると思う。

 注意したほうがいいかな……、と理久が窺っていると、先に佳奈が口を開いた。


「わたしが言うことじゃないかもしれないけど……。小山内さん、彩花のこと、ありがとうございます」


 今度はお礼を言われてしまう。

 首を傾げていると、佳奈は真面目な表情で理久を見上げた。


「彩花はお父さんが亡くなったとき、すごく辛そうでした。大好きなお父さんが亡くなったんだから、それはしょうがないと思います。……ただ、ひどかったのは、再婚が決まってからで」


 佳奈は視線を逸らし、過去を見つめるように呟く。


「なんだか、すべてのことに無関心というか……、いろんなものを諦めたような顔をしていて。寂しく笑っていて。でも時折、すごく遠くを見てて……。壊れちゃったみたいでした……。それを見るたび、わたしまで辛かった」

「………………」


 それは、かつての彩花の姿だ。

 理久もよく知る、出会ったばかりの頃の彩花。

 理久が自転車で田んぼに突っ込んだとき、彩花はすごくキラキラした存在で、それなのに汚れ切った理久に手を伸ばしてくれた。

 けれど再会したとき、玄関に立っていた彩花は、まるで別人。

 薄い、というか。

 少し目を離せば、そのまま消えていってしまいそうな、淡い存在感。

 あのときは理久ですら、彩花を見ているのは辛かったくらいだ。

 親友の佳奈なら、心を痛めていてもおかしくない。


 佳奈は己の胸に手を当てて、独白のように語る。


「だから、わたしが何とかしなきゃって思ったんです。あの子をこれ以上、悲しませたくなかったから。だって、それさえも受け入れているような、罰を望むような、そんな怖さがあって……、見てられなかったんです」


 ある種の、自暴自棄というか。

 もうなんでもいい、どうでもいい、どうにでもなってしまえ、という思いは、彩花にもあったのかもしれない。

 佳奈が無関心、と感じたのもそこだろう。

 父を失い、母は馬車馬のように働く覚悟をし、そして彩花は自身が穢されても黙っている覚悟をした。

 その彩花を実際に見ているだけに、否定はできない。

 彩花は、あそこで理久が手を出したとしても、なんだかどうでもよさそうに、ぼんやりと生きて行ったのかもしれない。

 だからこそ、今の彩花を見ていると胸を撫で下ろしたくなる。


「俺も、その彩花さんを知ってる。だから、彩花さんが今あんなふうに笑っているのを見ると、すごく嬉しいよ」


 正直な気持ちを告げると、佳奈はこちらに目を向けた。

 しかし、すぐに目を逸らすと、ぽつりと呟く。


「そこは、小山内さんのおかげだと思います。再婚したばかりの彩花は本当に見ていられなかったけど、少しずつ元気になっていったから。笑顔も増えて、前みたいな顔もするようになって……」


 そう言ってもらえると、とても嬉しい。

 今の彩花は、以前に比べてすごく笑うようになったし、安心して生活しているうように見える。

 もちろん、お父さんを失った悲しみや、他人との共同生活への煩わしさは消えないだろうけど。

 それでも、以前からの友人にそう言ってもらえるのは、誇らしかった。

 

 そこで、るかがニヨニヨしながら佳奈を見る。 

 んふっ、と笑みをこぼしながら、口を開いた。


「きっと佳奈ちゃんは、それが悔しかったんだろうねえ。親友である自分じゃなくて、ポッと出の義兄に彩花ちゃんが心を許して、元気にしちゃったもんだから。それで冷静じゃなかった部分もあるんじゃないの?」

「るかさんっ! うるさいっ!」


 佳奈は赤い顔でるかを手で振り払い、るかは「怒っちゃった~」と躱す。

 それに、佳奈はさらに苛立たしそうに手を振り上げた。

 明らかな照れ隠し。

 ……なんだか、やけにいい感じだ。

 案外、彼女たちの仲も深まっているのだろうか。

 それだったら、素直に喜ばしいけれど。


「あれ。三人とも、集まってどうかしました? 買い物は終わりですか?」


 奥からやってきた彩花が、不思議そうな顔で近付いてきた。

 佳奈はしれっと、「彩花のことを話していたの」と答える。

 すぐさま、彩花は顔を赤くして、「ふぇっ」と間抜けな声を出した。


「ちょ、ちょっと佳奈。変なこと言ってない? 兄さんやるかさんに、あることないこと吹き込まないでよ……?」

「もう言ったかも」

「か、佳奈~」

 

 佳奈の肩を揺らしながら、彩花は困ったように言う。

 かわいい。

 その気安いやりとりを見ていると、ふたりが仲良しであることも伝わる。

 それに和んでいると、るかがそっと隣にやってきた。


「よかったね、理久」

「うん、よかった」


 そう素直に答えられる。

 どうやらこれからは、佳奈たちを見ていても、心がざわつくことはなさそうだった。

 るかの決死の覚悟が、佳奈の心の壁を壊してくれたから。

 佳奈の気持ちも、彩花を想う心も、確認できたから。

 それはとても嬉しいし、佳奈とるかの仲が断絶することがなかったのも、心からよかったと思える。

 来てよかった。

 そうして、穏やかな休日は過ぎて行った。


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