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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 佳奈と彩花とるかが合流すると、後藤と理久のふたりだけになってしまう。

 

「……………………」

「……………………」


 以前、ひとりの女の子を指して、「一番好きになっちゃダメな相手だろうが!」「負担を押し付けているのは君のほうだろう!?」と怒鳴り合って以来。

 気まずいなんてもんじゃない。

 けれど、理久からは言いたいこともある。


「後藤くん。この間は、ごめん」


 言い過ぎだと言う自覚からか、それとも年上だからか。

 その謝罪はすんなりと出てきた。

 突っぱねられたらどうしようと思っていたが、彼は彼で気を揉んでいたらしい。

 すぐに、「いえ、俺も過ぎたことを言いました。すみません」と謝ってきた。

 ほっとする。

 下手をすれば、るかと佳奈、理久と後藤が水面下でいがみ合う構図になるかとも思っていたが。

 重い空気を少しでも霧散させるためなのか、後藤はこんなことを続ける。


「小山内さんの言葉、だいぶ効きました」

「それを言うなら、俺もかなりダメージ入ったけどね?」


 冗談交じりのやりとりに、少しは肩の力も抜けてくる。

 そして改めて、話したいことがひとつあった。


「俺さ。後藤くんはすごいと思うよ。ちゃんと告白できたんだから。俺は、そういうことができる状況じゃないってのももちろんあるけど、そうじゃなくても、できなかったかもしれない。その勇気は、本当にすごいと思ってるんだよ」


 彩花に想いを伝える選択肢は、るかのおかげで完全にあり得ない話ではなくなった。

 もしも想いが溢れてしまったら、そのときは伝えてしまってもいい。

 最悪、うちに逃げ出してこればいい、と言ってもらえている。

 しかし、そんな状況になっても、理久は踏み出せないかもしれない。

 拒絶されたら。

 否定されたら。

 そんなふうに考えたら、身体が震えるような恐怖に包まれてしまう。

 けれど、後藤はそれを振り払って、前に進めたのだ。


「……そういう言い方をされると、俺も照れるんですが」

「あ。あんまりこういう話、しないほうがいい?」

「大丈夫です。でかい声じゃなければ」


 むすっとした表情だが、どうやら照れているらしい。

 そういうことなら、もう少し尋ねてみたい。

 

「後藤くんは怖くなかったの? 告白するときにさ」


 怖くない人も、中にはいるだろうな、と思う。

 彩花は見目麗しいし、その見た目だけに釣られて軽い気持ちで告白する人がいるのは容易に想像できる。

 しかし、後藤は真剣に彩花のことが好きだろうし、内面にも惹かれている。本気になればなるほど、気持ちはともに重くなるはずだ。

 だからこそ、拒絶されたときの恐怖も相当ではないか、と思った。


「怖かったですよ。当たり前でしょう」


 照れくささからか、普段よりさらに仏頂面で彼は言う。

 

「好意を伝えるのも、拒絶されるのも、すべてが怖かった。それに、フラれたときはやっぱりショックでしたよ。受け入れてくれるもの、と過信して言ったわけではないし、自信はむしろありませんでした。それでもはっきりと『ごめんなさい』と言われたときは、辛いものがありました」


 彼は唇を噛み締めてしまう。

 そうだろうなあ、と理久も感じる。

 彩花に告白して断られたら、自分は果たして今と同じ形を保っていられるのか。

 それすら想像できない。

 

『……ごめんなさい。兄さんとはお付き合いできません。無理です』


 悲しそうに辛そうに、ハッキリと断られる様を想像する。

 その瞬間、ぽろりと涙がこぼれそうになる。

 つら。

 辛すぎる。

 死ぬかもしれない。その場で。

 そして、その死地に挑むことを想像するだけで、足が竦んでしまう。


「……俺は、やっぱり勇気が出ないかもしれない。怖いんだよ、想像するだけで。俺は彩花さんに告白して拒絶されたら、まともでいられる自信がない」


 今見せてくれる笑顔も、気安い言葉も、ともに過ごす時間も。

 どれもが大切で、愛おしいもので。

 それが崩壊するのがあまりにも恐ろしく、失うことに耐えられるとは思えなかった。

 夏に入るまで、彩花とは完全な無関係だったというのに。

 家族が増えることをあそこまで渋っていたのに。

 今はこんなにも、彼女がいない生活を想像できない。


「……小山内さんは、本当に三枝のことが好きなんでしょうね」


 何を思ったのか、後藤にそんな恥ずかしいことを言われてしまう。

 けれど、ここで誤魔化すのも違う気がして、はっきりと答えた。


「うん。好きだよ。こんなにも人を好きになったのは、初めてだ」


 少し離れた場所を歩く彼女を見やる。

 今は、るかと佳奈に囲まれて、おかしそうに笑っている。

 長い髪がさらりと揺れて、眩しい笑顔がキラキラ光っていた。

 田んぼで助けてくれたとき、手を差し出してくれた彼女と同じように。

 玄関で初めて挨拶したときのような、暗い表情の彼女はもういなかった。

 後藤も彩花を眺めていたが、ぼそりと呟く。


「俺は、小山内さんを羨ましいと思いました。あの三枝といっしょに暮らしているんですから。頭がどうにかなりそうだった」


 彼からすれば、そうだろう。

 それこそが、彩花が後藤をフった原因とも言える。

 自分の恋人が別の男といっしょに暮らしているなんて、頭がどうにかなってもおかしくはなかった。

 そして、ただの想い人であるのならば、心から羨ましくて、嫉妬して仕方がないだろうと思う。

 ただ。


「今でも?」


 理久が問うと、後藤は悩む素振りもなく、「わかりません」と答えた。

 そう。彼はもう、理久の制約を知ってしまっている。

 どれだけ好きになっても、想いを告げることができない。

 それを行えば、相手に尋常ではない負担を与え、家を出ることになるかもしれない。

 後藤と理久、果たしてどちらが幸せなのか。

 それはまだわからないのだ。

 後藤は彩花に目を向けて、続ける。


「俺は三枝にフラれました。それはショックです。ただ、今でもこうしてしれっといっしょにいることはできる。もしかしたら、と思ってはいます。未練がましいと思われるかもしれませんが、何と思われても構いません。俺も三枝のことが好きですから」


 ハッキリと口にする。

 彼はやはり、まっすぐな男だ。

 きっと彼は、佳奈のアシストがなかったとしても、こうして彩花にアプローチを続けたのではないだろうか。

 そしてそれは、実を結ぶかもしれない。

 後藤と和解できたのは素直に嬉しいけれど。

 やはり彼は、恋敵として恐ろしかった。


「……………………」


 後藤はもう、小山内家の実情を知ってしまっている。

 彩花が懸念する障害を、乗り越えてしまうことが可能なのだ。

 それは、彼が出した勇気によって引き寄せられたものかもしれなかった。


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