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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 だからこそ、胸が痛かった。


「佳奈ちゃん」


 調子よく話している佳奈を遮る。

 佳奈は怪訝そうな顔で、るかの顔を見つめた。

 少しだけ機嫌を損ねながら、「なんですか」と問いかけてくる。

 るかはそっと深呼吸しながら、言葉を返した。


「彩花ちゃんに後藤くんをあてがおうとするの、もうやめない?」


 シンプルな言葉をぶつけると、シンプルゆえにすぐに理解できなかったらしい。

 怪訝な表情で固まった佳奈は、見る見るうちに眉間のシワを濃くさせた。


「……は? なに、それ。協力してくれるって言ったじゃないですか」

「ごめんね、嘘吐いちゃった」

「…………………………」


 彼女の表情が険しくなる。

 潔癖そうな彼女のことだ、こんな嘘は相当腹立たしいに違いない。

 すぐに立ち上がり、「帰ります」と言いかけた佳奈に、言葉を投げ掛ける。


「まぁ聞きなよ。ここで帰っちゃったら、ただ腹が立っただけだよ。わたしが何の意味もなく、佳奈ちゃんを呼び出したと思う?」


 そう言うと、佳奈は不快そうな顔をしたものの、おずおずと座り直した。

 そのまま、睨み付けるようにこちらを見る。


「……なんなんですか」


 何でもないよ、ごめんね、と言ってしまいたくなるのを堪える。

 大きく息を吸ってから、ゆっくりと口を開いた。


「佳奈ちゃんは、理久と何度か話をしてるよね? 彩花ちゃんと会話をする姿だって見てる。そのうえで訊きたいんだけど。理久は本当に、佳奈ちゃんが危惧していたような、彩花ちゃんに害を為す存在に見えたのかな?」


 その言葉に、佳奈は一瞬息を詰まらせる。

 しかし、すぐにキッと睨みつけて前のめりになると、ハッキリと口にした。


「そんなの、すぐには判断できないでしょう。いや、見るからに『俺は害を与えるぞ!』って顔をしている人のほうが珍しいです。小山内さんがいっしょに暮らすうえで、本当に安全かどうかなんてわかりません」

「まぁ、一理あるね」


 その言い方が気に喰わなかったのか、佳奈が噛みつこうとする。

 しかし、そこで店員さんが来て、飲み物を置いて行った。

 るかの前にはミルクティー、佳奈の前にはオレンジジュース。

 ごゆっくり、と頭を下げてから立ち去るまで、佳奈はずっと口をつぐんでいた。

 るかはミルクティーをスプーンでかき混ぜながら、彼女にそっと問いかける。


「理久も男だからね。間違いを起こす可能性がない、と断言するのはだれにもできないよ。でもそれは、後藤くんだって同じだと思うな」

「……それは、そうかもしれませんが」

「でしょ? ただ、理久は彩花ちゃんを不用意に傷つけることはしないよ。そこはわたしが保証する」

「それは、るかさんの身内びいきでしょう」

「佳奈ちゃんだって、後藤くんを身内びいきしてるでしょ」


 そう答えると、佳奈は不快そうに眉をひそめた。

 そのまま、るかは言葉を続ける。

 佳奈に向かって、指を差して答えた。


「大体、本当に理久が彩花ちゃんを傷付けるような存在だとして。そんな人相手に、彩花ちゃんはあんな顔を見せるかな?」

「――――――――――――」


 その言葉に、佳奈は今度こそ言葉に詰まった。

 悔しそうに唇を噛む。

 それは、決して無視できない要素のはずだ。

 話に聞いていただけじゃない、想像していただけじゃない。

 佳奈は理久を、彩花と話す姿を実際に見ている。

 それを指摘した。


「見てたでしょ、彩花ちゃんの気の抜けた感じ。言っちゃなんだけど、後藤くん相手より態度はやわらかかったよ。もちろん、出会った当初はすごく硬かったらしいけどね。それをあそこまでほぐしたのは、理久なんだけどな」

「……それは。でも。家族だから……」

「そう、家族」


 ピッと指を立てて、るかは続ける。


「理久と彩花ちゃんは家族になろうとしてる。ふたりで、協力してね。それを邪魔してるのは、佳奈ちゃんのほうじゃないの? もうとっくに気付いているんでしょ。自分のやってることは、後藤くんとくっつけようとするのは、本当はただ場を乱しているだけだ、って。それがわかっているのに、引っ込みがつかなくなってるだけなんじゃないの?」


 直球過ぎる言葉に、佳奈はこちらをまじまじと見た。

 その瞳が揺れている。

 大きな不安と、浮かぶ苛立ち、怒りが混ざり合った複雑な色をしていた。

 それを見ないふりをして、るかは淡々と告げる。


「自分の間違いを認められないのか、曲げたくないのか、そう思い込んでいるのか。どれなのかはわからないけど、何にせよ褒められた行為じゃないね。後藤くんと利害が一致してるから、勘違いしちゃってるのかもしれないけど。実際は、はた迷惑な暴走と言っていい。理久と会う前ならまだしもね。今、佳奈ちゃんがやってる行為は、独りよがりって言うんだよ。いい加減、認めたらどうかな」

「――――――――っ!」


 そう指摘した瞬間、佳奈の顔が見る見るうちに真っ赤になった。

 勢いよく立ち上がり、こちらを見下ろす。

 その表情は怒りと悲しみに染まり、強く唇を噛み締めていた。

 瞳は、屈辱と羞恥に侵されている。

 涙が徐々に浮かび上がってくるものの、それが流れることはなかった。

 佳奈が、この場を立ち去ったからだ。


 スカートを揺らしながら大股で歩く彼女は、決して振り返らない。 

 無言で店を出ていき、「ありがとうございましたー」という店員さんの声が虚しく響いた。

 佳奈の姿が見えなくなるまで、見送る。

 姿が見えなくなった瞬間、身体の力を抜いた。


「……はあ」


 るかはため息を吐いて、机に突っ伏す。

 感情に蓋をして、淡々と意見を述べていったが、やはり図星だったらしい。

 きっと佳奈も、心のどこかでわかっていたんだろう。

 けれど、後に引けず、認められず、不安が勝って、暴走を続けていた。

 若さに振り回された、どうしようもない偽善。

 それを指摘されたから、あの表情だ。


 しかし、それを事実だと認められるか、反省できるかは別の話。

 本当のことを指摘されて、怒る人、逆恨みすることは案外多い。

 事態を拗らせないためにも、放置しておくのが安全策だったと思うが……。


「でも、これ以上、ダメージを受ける理久を見てられねえよお~……」


 机にぐりぐり額を押し付けながら、そんなことを呻く。

 意地になっている佳奈を言い聞かせるのなら、あそこまでコテンパンに言わなきゃ意味がない。

 それは当人である理久が言ってもむしろ反発されるだけだろうし、彩花が言うのはまた違う。

 ある意味、るかにしかできないことではあるのだが……。


「うぅぅぅ~……」


 涙がぽろぽろこぼれる。

 失望、怒り、悲しみ、怯え、嫌悪、それらが詰まった視線で突き刺された。

 好きな人に、あんな顔で見られるなんて。 

 もう二度と、口を聞いてもらえないかもしれない。

 もう二度と、会ってもらえないかもしれない。

 彼女のことを考えるだけで弾んでいた心は、今やベチャベチャの泥だらけ、みすぼらしくへこんでいた。


「理久ぅ~……、ちゃんと慰めてくれよぉ~……」


 ぐずぐずと泣きながら、弱音を吐き出す。

 一口も飲まれていないオレンジジュースがただ悲しかった。

 


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