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「――彩花、さん」
一言、好きだ、と伝えたら。
付き合ってください、と申し込んだら。
この関係は絶対に変わってしまう。
もう、兄妹ではいられない。
断られたら、彩花には負担を掛けてしまう。けれど、それを最小限にする方法は、るかのおかげで見つかった。
それならば、踏み出してしまってもいいだろうか。
だってこんなにも、彼女のことが好きなんだから。
こんなにも、胸が苦しいのだから。
「…………………………………………」
言えない。
言えなかった。
好きだ、と一言言うのが、こんなにも難しいことなんて。
全身の血が湧き立ち、羞恥で身体が沸騰しそうなくらいに熱くなっている。
なにより、支配されるのは不安と恐怖。
受け入れられなかったら、どうしよう。
この告白がダメだったら、どうしよう。
そんなふうに考えて、勇気を出すことができない。
震えるほどの恐怖が全身を覆っていた。
もちろん、「彩花に負担を掛けるから」「告白は相手の事情を考えない一方的な行為」というのもあるけれど。
それ以前の問題だ。
この関係が壊れてしまうこと、二度と修復できなくなることが、怖くて堪らなかった。
「……兄さん?」
首を傾げる彩花に、意を決する。
言うぞ、とはっきり決めて、指を差した。
「――彩花さん。クモが出てきた」
「……ひっ!」
指を差した先には、小さなクモがちょこまかと動いていた。
理久の声に彩花が身を引き、こちらの腕に掴まってくる。
その接近にドキリとしたが、これは前のホラー映画鑑賞会と同じだ。
彼女は過度の恐怖がくると、それどころじゃなくなるのだろう。
さっきから理久の心臓はえらいことになっているが、冷静に彩花の肩をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫です。退治しますね」
そう言って立ち上がり、持ってきておいた本の上にクモを乗せた。
そのまま窓の外にポーイ。
これで退治完了。
大したことはやっていないのだが、彩花はキラキラした目を向けてきた。
「ありがとうございます、兄さん……! 助かりました……!」
「いえいえ。もしまた虫が出てきたら、いつでも呼んでください」
「今後は絶対にないよう願うばかりですが、そうなったら頼りにさせてもらいます……!」
そんな力強い言葉には笑ってしまう。
用は済んだので、彩花の部屋からさっさと退出した。
あんなにも緊張していたのに、これでまた不可侵領域に戻ることにちょっとだけ残念な気持ちを抱く。
おみやげに、彩花からもらったアロマデュフィーザーを持って、自分の部屋に戻った。
早速それをセットしてみる。
すると、すぐにラベンダーの爽やかな匂いが部屋を満たした。
それを見ながら、はあ、とため息を吐く。
「後藤くんは、告白したんだもんなぁ……。すごい勇気だ……」
その一歩を踏み出すのに、どれほどの勇気と覚悟が必要だったのだろうか。
そこは素直に尊敬してしまう。
元々悪いことをした、とは思っていたけれど、あんなことを言った罪悪感がより強くなった。
ふぅ、とため息を重ねる。
やさしいラベンダーの香りだけが心地よかった。