2話‐1
時が経つのは早いもので、高校生活最初の夏休みも今日で最後。
振り返ってみれば色々な事があった。
ブレイズライダーとして日夜パトロールに励み、雨後の竹の子のように湧いて出てくる犯罪者たちと戦いを繰り広げ、そして他のヒーローたちと共にノワールガイストと死闘を繰り広げた。
……思い返してみれば出てくる夏の思い出は、ヒーローとして活動していた時の事ばかり。
一高校生としての思い出が、こないだの勉強会くらいしかない。
なのでせめてもの思い出作りに、今日はヒーローとしての活動を休みにして街に繰り出し、ぶらぶらと歩き呆けている訳だ……悲しいかな、一人で。
二郎の奴は暫くハワイ旅行に行って遊び呆けていたせいで宿題が終わっておらず、家に引きこもって勉強中。
他の誰かに声をかけるにしても、遊びに誘うほど親しい相手が他にいない。
そして養ってもらっている身分な以上、叔父さんや叔母さんにどこかに連れていってもらうよう頼むのも気が引ける。
そんな訳で、一人寂しくほっつき歩いているわけだ。
……ヒーローとしての活動を休みにしているとはいえ、何が起きてもいいように鞄の中にはブレイズドライバーを忍ばせてある。
悲しいかな、ヒーローというものに完全な休みは無いのかもしれない。
「おや? どこかで見かけた顔だと思ったら、火走君じゃないか」
聞き覚えのある声に呼びかけられて振り向くと、小柄な少女が此方に近づいてきているのが視界に映る。
……今からでも気付かない不利をして全力で逃げれば、追い付かれる事はないか?
「その様子、ボクとあまり会いたくなかったみたいだね。まあ、ボクがキミの立場だとしたら、その気持ちもわかるけど」
「や、やあ多田さん。丁度一人で暇してたし、そんな事あるわけない」
多田博士……いや、火走ショウとしては多田さんというべきか。
多田さんは笑いながら声をかけてくるが、言葉の節々から刺が隠れていないのが感じとれる。
というか、何で俺の考えがわかったんだ?
「何で考えが読まれたかわからないって顔してるけど、そういうところだ。キミ、何を考えているのか結構顔に出ているから気をつけた方がいい」
成る程、そういう事か。
「ちゅ、忠告ありがとう、多田さん」
「礼なんていらない……と言いたいところだけど、それなら少しだけ付き合ってほしい。近くの喫茶店でお茶でもしないかい?」
どうしよう、凄く断りたい。
けど、断るともっと面倒な事になりそうだ。
「あ、ああ、大丈夫」
「失礼な事を考えているようだけど、不問にしてあげるよ。それじゃあ行こうか」
多田博士はニヤリと笑ってそういうと、その場でクルリと反転して意気揚々と歩き出す。
……どうせ暇だったし、時間潰しくらいにはなるか。
俺は彼女に苦手意識を抱くようになった切っ掛けである出来事を思い出しながら、多田さんの後を追いかけた。
勉強会当日に発生した強盗事件を色々ありながらも解決した後、俺は誰にも見られないように変身を解除し、多田さんと鳥野さんを探していた。
その最中、スマホの着信音が鳴り響く。
スマホを手に取ると、二郎から着信がきた事を知らせる画面が表示されていた。
「もしもし、多田さん達と連絡はとれたか?」
『ああ、鳥野さんのスマホに電話をかけたら通じて、いまは多田さんと一緒に駅近くのコンビニで買い物中らしく、事件には巻き込まれてなかったそうだ』
二人の無事を確認でき、ほっと胸を撫で下ろす。
彼女たちに何かあったら、間に合わなかった自分を責めてしまうところだった。
「そうか。一応迎えに行くから詳しい場所を教えてくれ」
二郎から多田さんたちの居場所を聞いてから通話を切ると、すぐに走り出した。
少しのあいだ走り続けた俺は、コンビニの前で足を止めて息を整える。
二郎から聞いた話によると、多田さんたちはここにいるらしい。
「火走君、久しぶり。一条君から聞いたけど、駅前は大変だったみたいね」
コンビニの自動扉が開き、多田さんと一緒に出てきたポニーテールが印象的な少女が声をかけてくる。
「やあ、鳥野さん。夏休みに入る前に、学校で会った以来か」
二人の様子を見る限り、怪我は無さそうだ。
駅前から離れていたのだから当然ではあるのだけど、それでも自分の目で確かめるまでは安心できなかった。
「すまない、ショウ君。スマホの充電が切れている事に気付いてなくて、連絡できなかったんだ」
だから何度電話をかけても多田さんに繋がらなかったのか。
そして、今ようやく多田さんに抱いていた違和感の正体に気付いた。
「多田さんや鳥野さんが無事だったし、気にしてない。ところでさ、多田さんは何で俺の事を名前で呼ぶんだ? 別に構わないんだけど、二郎は名字で呼んでたろ?」
多田さんは俺の事をずっと、『ショウ君』と呼んでいる。
『ブレイズライダー』として彼女と顔を合わせた事はあるが、『火走ショウ』として会うのは初めての筈だ。
「何を言ってるんだ? 昔はそう呼んでたじゃないか」
……昔は?
「多田さん、火走君と知り合いなの?」
「ああ、小さい頃にね。寧ろ、君が何でボクに対してそんなに他人行儀なのか気になるよ」
……ちょっと待て、小さい頃に多田さんと知り合いだった?
少なくとも小学校に入ってから彼女と会っていない筈だ。
小学校に入る前、俺の両親が意識不明で入院する事になった事件以前の事は詳しく思い出そうとすると気分が悪くなってしまう。
だから、あまり詳しく振り返る事はできないが、朧気な記憶を辿っても多田さんみたいな子と知り合いだった記憶はない。
「……まさかとは思うけど、ボクの事を忘れたなんて事、ないよね?」
多田さんの質問に答える事なく、必死に記憶を漁る俺の様子を不思議に思ったのか、多田さんは訝しげに問いかけてくる。
「え、えーと。俺と多田さんが昔会ってたのって、いつ頃の話だっけ?」
何も思い出せない俺は苦し紛れに質問に対して質問で返すが、俺のその言葉を聞いて多田さんは顔を僅かにしかめる。
「ほ、本当に、ボクの事を忘れてるの?」
……だ、駄目だ、誤魔化せそうにない。
「ご、ごめん。多田さんの事、何も覚えてないんだ」
俺の言葉に多田さんは顔を俯かせ、ワナワナと震え始める。
「ふ、フフフフフフ……」
「ちょ、ちょっと? 多田さん、大丈夫?」
更にそのまま力無く笑い声を出し始めた多田さんに鳥野さんが心配そうに声をかけた瞬間、多田さんは顔を上げる。
「鳥野さん、火走君。そろそろボクの家に行こう。一条君を待たせっぱなしなのも悪いしね」
多田さんはまるで何事も無かったかのようにそう言うと、家に向かって歩き始める。
……俺の事、名字で呼んだな。
「火走君、忘れてるのは仕方ないけど、何とか思い出してあげなよ」
鳥野さんは俺に一言そう言うと、多田さんの後に続いて歩き始める。
「俺もそう思うけど、どうしたものかな」
誰に聞かれる事なくぼやくと、先を行く二人の後を追うために足を動かした。
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