エピローグ
「ねえ、ショウ君。ちゃんと話を聞いてるの?」
気がつくと、目の前にいる髪を腰の辺りまで伸ばした幼稚園くらいの女の子が、俺に声をかけてくる。
最近どこかで見たような気がするけど、この子は誰だ?
……とにかく、何が起きているのか把握しなければ。
「ごめん、聞いてなかった。何の話だっけ?」
まずは女の子が何者かを聞こうとしたのに、俺の口からは全く別の言葉が勝手に紡がれる。
困惑する俺をよそに、少女は呆れたような様子を見せてから口を開いた。
「ちゃんと聞いてくれてないと駄目だよ。ショウ君の将来の夢って何なのかって話。幼稚園で、明日までに考えておくように言われたでしょ?」
少女の話を聞いて、今の状況がどういったものなのか何となく理解する。
きっと、昔の夢を見ているんだ。
そう思えば、こういう話をしたことがある……ような気がする。
尤も、今に至るまですっかり忘れていたし、この少女がなんて名前だったのかも思い出せてはいないが。
それにしても子供の頃の俺、どんな夢を抱いてたんだろうな。
「将来の夢か……僕は、悪い奴らを倒して、皆を守る、カッコいいヒーローになる!」
……ああ、そうだ。
子供の頃からヒーロー番組に出てるような、ヒーローになりたいと思っていたんだった。
まあ、この頃はただカッコいいからって理由でヒーローに憧れていただけだったはず。
まさか、本当にヒーローになるなんて思ってもみなかった。
「へえ、随分と子供っぽい夢なんだね」
「だって、子供だもん! そういうそっちこそ、将来は何になりたいの?」
クスクスと笑いながら放たれた少女の言葉に、当時の俺は子供らしく開きなおりながら聞き返す。
「私の夢? そうだね……凄い科学者になって、凄い発明をして皆の役に立つこと!」
当時の俺よりは、よっぽどしっかりしている夢だな。
彼女ならこの夢だって実現できるだろう。
……彼女って俺は今、誰の事を考えたんだ?
「それなら、ヒーローとして活躍する僕を手伝ってよ! あやちゃんなら、きっと凄い科学者になれるから!」
あやちゃん?
もしかして、彼女は……。
「勿論! ……それだけじゃなくて、将来は――」
少女が言葉を紡ぐ途中、いつの間にか少女の姿が消えて、代わりに知らない天井が視界に広がっていた。
「こ、ここは? 現実か?」
どうやら、夢から覚めたらしい。
若干痛む頭を抑えながら、上体を起こして辺りを見渡す。
……知らない天井だが、この部屋には覚えがあるぞ。
文ちゃんの家のリビングだ。
「おや? 目が覚めたみたいだね」
奥に続いている扉が開き、文ちゃんが姿を現した。
両手にお盆を持っており、上には包帯や薬が乗っている。
……なんで、文ちゃんの家のリビングのソファーで寝てたんだ?
「えーと、何があったんだっけ? 確か、スコーピオを倒して……そうだ! スコーピオはどうなった! それに叔父さん!」
気絶する直前に何があったのかを思い出す。
スコーピオを倒した俺は叔父さんの元へと向かおうとして、疲れで倒れてしまったんだ。
「早く、叔父さんの無事を――痛ッ」
休んではいられないと、すぐに立ち上がり病院へ向かおうとするが、足がもつれて転んでしまう。
「ショウ君、落ち着いて。君だって怪我をしてるんだから、安静にしてないと」
差し出された手を掴み取り、文ちゃんの助けを借りて起き上がる。
「そうも言ってられない。俺なんかよりも、叔父さんの方が重症だった! もしスコーピオを倒しても解毒されてないんだったら、別の手を考えないと!」
「まずは落ち着いてボクの話を聞いてくれ。スコーピオは警察が捕まえてくれたし、君の叔父さんは一命を取り留めた。倒れた君の代わりに、一条君が病院に様子を見に行ってくれてるから、後で礼を言って――ど、どうした!? どこか痛むのか!?」
叔父さんが無事だとわかり安堵した瞬間、緊張が解けてソファーに座り込んだ俺を見て文ちゃんが心配そうに声をかける。
「き、気にしないで。安心して力が抜けただけだから……そうだ! 俺がいないせいで叔母さんたちを心配させちゃいけないから、早く連絡しないと」
「それも大丈夫。一条君が、君は疲れたから帰って休んでると説明してくれているはずだ。……実際、君だって疲れてるだろうし少し休んでから家に帰るといい」
……それじゃあ、俺が今やるべきことはないのか。
二郎には礼を言わないとな。
……ただ今は、彼女の言うとおり少し休ませてもらおう。
「そうか。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
俺がソファーに横になると、多田さんも近くの椅子に座る。
……休んでいるうちに一つ、気になる事ができた。
「そういえば、どうやって俺をここまで運んできたんだ? 文ちゃん一人の力じゃ、俺を運ぶのは無理だろ」
電波塔から文ちゃんの家までは結構距離があるし、そもそも彼女の細腕では俺を持ち運ぶなんてできないはずだ。
「君が倒れた後に、ソニックライダー……音切君が来て、ここまで運ぶのを手伝ってくれたよ」
なるほど、音切がいたなら俺を運ぶこともできるな。
「音切に礼を言わないとな。今、どこにいるかわかる?」
「さあ? 君を運び終えたらすぐにどこかに立ち去って云ったよ……そうそう、ネクラ君は安全な場所に連れていったと伝言を頼まれていたんだった」
ネクラ君?
……碓井の事か。
音切の奴、俺に憧れているらしいけど、ひょっとしたら俺よりもヒーローらしいかもな。
さて、二郎や音切に礼を言う必要ができたけどもう一人、礼を言わなくちゃいけない人がいるな。
上体を起こして、文ちゃんへ視線を向ける。
「……文ちゃん、今日は色々助かったよ。君がいてくれたから、スコーピオを倒せたし、俺は今ヒーローでいられるのかも」
文ちゃんの作ったスタンバトンで形勢を変えられたし、そもそも彼女が駆けつけてスコーピオの気を引いてくれなければ俺は自爆していただろうから、今よりもっとひどい怪我を負っていただろう。
なにより、最終的には彼女の言葉のお陰で復讐ではなく、ヒーローとして戦う事を選べたのだ。
「きゅ、急に礼を言われると照れる……いや、ビックリするから勘弁して――ちょっと待ってくれ。君、ボクの事を今……いや、さっきからなんて呼んでた?」
何故か顔を赤くしながら慌てふためいていた文ちゃんだが、一度ピタリと動きを止めた後、真顔で自身の呼ばれかたについて問いかけてくる。
「昔のように呼んでるだけだよ。幼稚園の頃に友達だった、文ちゃんだろ? ……思い出すのが遅くなって――!?」
昔の事を思い出した事を伝え、忘れてしまっていた事に対する謝罪を伝えようとするが、文ちゃんの顔を見て言葉を失なってしまう。
……彼女は、泣いていた。
「そ、そうか、思い出してくれたのか。ボク、ずっと君に忘れられたままかと思ってたよ……ごめん、安心したら急に、涙が止まらなくなった」
自身の様子を見て急に黙ってしまった俺に、文ちゃんが謝罪する。
まさか、泣かれるとは思ってなかった。
そのままお互いに暫く黙ってしまい沈黙が続き、気まずくなってきた俺は、文ちゃんの事を思い出してから疑問に思っていた事を口に出す。
「そ、それにしても文ちゃんは随分と変わったな。昔はもっとこう、女の子らしかった気がする」
昔と今では、髪型から口調まで全然違う。
もし昔の事を覚えていても、今の彼女が文ちゃんだと気付かなかったかもしれない。
「ああ、憧れてる人がいて、その人に近づこうと見た目から入ってみたんだよ……やっぱりショウ君も、女の子らしい方が良いのかな?」
いつの間にか泣き止んでいた文ちゃんは、短い髪を指先で弄りながら問いかけてくる。
正直、俺に聞かれても困るが、当たり障りなく答えておくか。
「今のままでもいいんじゃないか? 見た目も大事だとは思うけど、本当に大事なのは中身――痛っ!」
返事の最中、脇腹の辺りがズキリと痛んで呻き、手で抑える。
「だ、大丈夫かい!?」
「こ、これくらいなら、戦ったあとにはよくあるから、大丈夫」
心配する文ちゃんを安心させるべく、よくあることだと説明する。
実際、既に痛みは収まってきているし、湿布でも貼っておけば一晩寝てる内に痛みも収まるだろう。
「……やっぱり心配だ。包帯や薬はさっき持ってきたし、怪我の具合を見たいから服を脱いでくれ」
どうやら、彼女は俺の言葉を聞いてもまだ不安だったらしい。
文ちゃんは少しだけ考え込むような素振りを見せたあと、ジリジリとこちらににじりよってくる。
「本当に大丈夫だから。これくらいなら一晩寝てれば治る……なあ、俺の話を聞いてるか?」
「今までの経験上、君の大丈夫は信用できないな。さあ、痛くしないから大人しくするんだ」
文ちゃんは俺の言葉に聞く耳をもたず、俺の上着に手をかけはだけさせる。
「話を聞いてくれ。本当に心配ないから!」
流石に文ちゃんに暴力を振るうわけにもいかず、口でしか抵抗できないままに上着を脱がされる。
何だかよくわからないけど、今の文ちゃんは今まで戦ったどの犯罪者よりも怖い!
「ただいま。文、不用心だぞ。玄関の鍵が開けっ放しになって……た……?」
リビング入口の扉が開き、たった今帰ってきたらしい一成さんが、こちらを見ながら言葉を失う。
俺と文ちゃんが一成さんへと視線を向け、一成さんもこちらを見つめるだけで沈黙が続いたあと、一成さんが気まずそうな様子で口を開いた。
「……うん。二人がなにしてようと口を出すつもりはないし、俺がお邪魔したみたいだけど、リビングでそういうのはやめたほうがいいと思う。それじゃあ、俺はちょっと出かけてくるから……後はごゆっくり」
一成さんはそう言うと、踵を返しリビングを後にしようとする。
何か、勘違いされてる……というか、助けてもらわないと!?
「待って! 色々と誤解してる!」
「そうだ、これはれっきとした医療行為だ! それはそれとして気遣い感謝するよ!」
立ち去ろうとする一成さんを、俺と文ちゃんが同時に呼び止める。
その後、一成さんに事情を説明して事なきを得た後、俺は文ちゃんの家を後にした。
※
「おい碓井! この前はよくもやってくれたな!」
オレ達の通う高校から少し離れた人気のない路地裏に、不良の荒っぽい声が響き渡る。
不良はネクラ君の胸ぐらを掴んで持ち上げ、威嚇するように睨み付けていた。
「こ、この前は僕が悪かったし、あ、謝るよ……すみませんでした。で、でも、元はと言えば君が普段からお金を巻き上げたりしなければ――」
「余計な事を言ってるんじゃねえよ! 謝るつもりなんてないだろ!」
自身の非を認めながらも、普段の行いを省みるよう指摘したネクラ君を遮り、不良が怒鳴り付ける。
不良がネクラ君を連れ出しているのをたまたま見て、こっそり後をつけて様子を窺ってみたが、そろそろ出ていくか。
「よお、また下らない事をやってるな!」
「……な、なんだよ、誰かと思えばヒーロー気取りの馬鹿か。邪魔しに来たんならどっかに行けよ。俺は碓井と話をしてるんだ。こいつは俺を襲おうとしたのに、何のお咎めもないなんて納得いかねえんだよ」
数日前に電波塔で戦いを終えた後、目を覚ましたネクラ君は警察に自主をした。
だが、ネクラ君が化け物に変わるところを見たのは不良と火走くらい。
プレートが破壊されたのもあって証拠がなく、直接誰かに被害を与えたわけでないのもあって特に何もなく帰されたらしい。
「なるほど、だから私刑を執行するのか? 下らねえ。そんな事をしている暇があったら、二人でこれからのオレの活躍を応援した方が何万倍も良いから、応援ヨロシクな!」
「……意味がわかんねえ。興醒めしたし、今日は帰る。……おい碓井! 二度と俺に逆らうんじゃねえぞ!」
不良はネクラ君を突き飛ばすと、一度だけ睨み付けてそのまま路地裏から立ち去る。
残されたのは尻餅をついたネクラ君と、不良がいなくなるのを眺めているオレだけだ。
「全く、きっと本当はオレのファンになりたいだろうに、素直じゃない奴め。……ところで大丈夫か、ネクラ君?」
ネクラ君を助け起こそうと手を差し出す。
しかし、差し出した手をネクラ君は払い、一人で起き上がる。
「ヒヒッ、き、君の助けはいらない。僕一人で何とかなったのに、余計な事をするなよ」
「おいおい、助けてもらったらありがとうだろ? 礼儀知らずな奴め。別に礼を言われたくてやった訳じゃないけど、気分悪いぜ」
助けたはずの相手に文句を言われるとは。
とはいえ、文句を言えるだけの元気があるということかもしれないし、よしとしておくか。
「ヒヒッ、そもそも僕は君の事をヒーローとして認めた訳じゃない。ちょっと僕を負かしたからといって、調子に乗るなよ。大体、礼儀知らずなのは人の名前もまともに覚えない――人の話を聞けよ!」
なにやらグチグチと言い始めたネクラ君だったが、『僕は』の時点で聞くのに飽きてスマホを弄り始めたオレを怒鳴り付ける。
「おっと、何か事件が起きたみたいだ。オレはこれで失礼するから、碓井は家に帰ってニュースでオレの活躍でも眺めてるんだな。それじゃ、暗くなる前に帰るんだぞ!」
「こ、こいつ、自分の言いたいことばかり……待て? いま僕の名前を呼んだよな!? 今までわざとネクラ君呼びしてたのか! おい!」
背後からネクラ君が呼び止める声が聞こえてくるが、彼に構っている時間はない。
なぜなら、オレはヒーロー。
オレの助けを待っている人が大勢いるからだ。
「ええい、邪魔をするなヒーロー! ノワールガイストより授かったこの力で、私をリストラした会社に復讐するのだ!」
市街地のど真ん中。
灰色の体毛に包まれて前歯の飛び出た、人とネズミの合の子のような怪物が、目の前に立ちはだかる男……ヒーロースーツを身につけた火走に向けて叫ぶ。
ネズミの怪物の腹部には髑髏のプレートが貼り付いており、シャイマーやネクラ君、スコーピオと同類の怪物であることが窺える。
「復讐って、そんな事してる暇があったら就活しろよ! その方が自分のためだろ!」
「復讐したらスカッとする! だから、私は自分のために暴れるのだ!」
怪物は火走の説得に耳を傾けることなく、邪魔者を排除するべく飛びかかり、火走は仕方なく怪物の攻撃に応戦する。
復讐がスカッとするのには同意するが、だからといって暴れまわるのは、止めなくてはいけない。
「先輩、後ろだ!」
戦いの場に乱入すると、火走の背後からこっそりと近づいていた影分身を蹴り飛ばす。
「助かったけど、それはそうと遅かったな、ソニックライダー」
「ちょっとファンと交流してきてた。ファンサービスは大事だし、主役は遅れてやってくるもんだろ? そんな事より、もう活動して大丈夫なのか?」
助太刀に感謝しながらも遅いと責めてきた火走に、軽口で返しつつ問いかける。
火走はスコーピオたちとの戦いの後、しばらく入院する事になった叔父さんの件などで忙しかったらしく、ここ数日は登校こそしていたものの、ヒーローとしての姿は見なかった。
「いつまでもお前一人に任せてるわけにはいかないからな……それはそうと、この間――」
「何をベラベラと喋っている! 貴様らまとめて、葬りさってやろうじゃないか!」
火走の言葉を遮り、怪物が叫ぶと奴の身体から黒いもやが吹き出し、数体の影分身に変化してオレたちを取り囲む。
「なんだ、オレに任せてくれてたのかよ。憧れのヒーローに頼られるなんて、光栄だね」
「……俺はネズミ野郎を叩くから、お前は影分身を――おい、何してる!」
場をなごませるために軽口を叩いてから、怪物目掛けて走り出す。
「先輩、雑魚は任せたぜ!」
影分身と戦闘を始めた火走を尻目に、拳を振りかぶりながら怪物へと飛びかかる。
しかし、怪物が飛び退いた事で振り抜いた拳は空を切ってしまった。
「外したか。中々やるじゃないか!」
「突然現れて襲いかかってくるとは……貴様、何者だ!」
赤く光る瞳で此方を睨み付けながら、怪物が問いかけてくる。
何者かと聞かれたのなら、答えてやるほかあるまい。
腰から下げたホルスターから二挺のエナジーピストルを抜き、怪物へと照準を合わせる。
「知らないのなら、教えてやる! オレは超速の貴公子を自称する、目指すはスーパーヒーローのソニックライダー! お前を倒す、ヒーローさ!」
高らかに自身の名を告げると共に、放たれた光弾が怪物を撃ち抜いた。
GUH6 ブレイズライダー3 -超速の貴公子-を読んでいただきありがとうございます。
また、今作の投稿をもってGUHシリーズは一旦の完結になります。
シリーズを通して読んでもらった方は約二年半の長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。
小説家になろうでの次回作の投稿は未定になりますが、執筆はしているのでいつかまた投稿を再開した時はよろしくお願いします。




