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6話‐5

「逃げる訳ないだろ! ヒーローとして、俺がお前を倒すからな!」


 注意を俺に向ければ、多田さんの逃げる隙もできる筈だ。

 声を張り上げ叫びながら、両手に一本ずつバトンを構える。


「随分と嘗められたもんだな。そんな棒きれで、俺を倒すつもりとは!」


 スコーピオが叫ぶと同時に、後頭部の触手が此方に迫る。


「そっちこそ、その程度で俺を止められるかよ!」


 伸びる触手をバトンで弾き飛ばすと、スコーピオの元へと駆け出しバトンを振りぬく。


「掴んだぞ! これでとどめ――」


 付き出したバトンをハサミで掴み取り、勝ち誇った様子を見せたスコーピオ。

 しかし、バトンを放電させたことで最後まで喋りきらずに痺れだす。


「ただの棒きれだと思ったら、大間違いだ!」


 ハサミからバトンを引き抜き、痺れが抜けずに反撃できないスコーピオへ叩きつけるように振り下ろした。

 多田さんの言っていた通りバトンはかなり頑丈で、殴打されたスコーピオの甲殻をへこませる。


「ぐっ……調子に乗るなよ!」


 痺れがとれたスコーピオがよろめきながらもハサミを振るい、反撃を仕掛けてくる。

 突き出されたハサミをバトンで受け止め払いのけるが、攻撃を防がれた筈のスコーピオは不気味に笑った。


「これで仕留めてやる、ブレイズライダー!」


「こいつは、ただの棒切れじゃないって言っただろ!」


 バトンを放電させ、散った火花を燃やしてバトンに纏わせると背後に振り向き、忍び寄っていた触手目掛けて叩きつけ、触手の先端に付いた毒針をへし折る。


「があァァァ!?」


 痛みに悲鳴を上げたスコーピオを、炎を纏ったバトンで文字通り叩きのめす。


「これで、どうだ!」


 ボロボロになったスコーピオ。

 その腹部で鈍く光るプレートへ、二本のバトンを叩きつける。


「ぐっ……こ、こいつ、調子に――!?」


 怯んだスコーピオが恨み節を口にするが、最後まで聞いてやる義理はない。

 プレートを破壊し抵抗する力を奪うべく、右足に炎を宿し飛び蹴りを放つ。

 俺の意図を察したスコーピオがプレートをハサミで隠すが、その程度で今の俺は止められない。

 炎を灯した足が、プレートを隠していたハサミに触れると同時に、プレートごと勢いよく燃え上がる。

 蹴られた衝撃でスコーピオは数歩ほど後退り、俺もまた後方へと飛び退いた。


「ぎゃあァァァァァァ!?」


 スコーピオの雄叫びと共に、奴の身体が爆炎に包まれ、周囲のガラスが爆風で割れた。

 やがて爆炎が消えると、辺りには黒煙が立ち込める。

 まだスコーピオの姿は見えないが、今の爆発に巻き込まれては、戦うのは難しいだろう。

 ……これで、本当に終わったのか?


「げほっ、げほっ、凄い振動と音だったけど、大丈夫なのかい? ブレイズライダー」


 先程まで隠れていた物陰から、多田さんが咳き込みながら姿を表す。

 ……逃げる隙が無かったか。


「多田さん、まだ危ないから物陰に隠れてろ。安全なのがわかったら、後で迎えにいく」


「何を言ってるんだ? スコーピオの奴は、君が――」


 多田さんに離れるように促した瞬間、未だに立ち上る黒煙から現れた触手が、多田さんの身体に巻き付き彼女を捕らえ、黒煙の中へと引きずり込んでいく。


「ふ、フハハハ! 丁度いい人質がいて、ラッキーだ!」


 黒煙が晴れ、スコーピオが再び姿を現す。

 その姿は既にボロボロで、特に腹部のプレートは少し小突くだけでも破壊できそうだ。


「しぶとい奴! もう一回痛い目に――」


「おっと、動くなよ! 抵抗したら、この女の命はないぞ!」


 拳に炎を灯し今度こそスコーピオにとどめを刺そうとするが、触手に捕らえられた多田さんがガラスが割れたせいで解放された窓の外に出されているのを見て、動きを止めざるをえない。


「ボクに構うな! 早くこの男を倒して――ぐあァァァ!」


 多田さんは俺に攻撃するよう促そうとするが、彼女を捕らえている触手に締め付けられたことで、痛みに悲鳴を上げてしまう。


「やめろ! お前の言うとおりにするから、彼女を解放してくれ」


 ……多田さんを見捨てるわけにはいかない。

 抵抗の意思が無いことを示すべく拳の炎を消すと、多田さんを拘束していた触手が僅かに緩み、多田さんは頭を垂れる。


「聞き分けが良いじゃないか。それじゃあ、そこから動くんじゃ――」


「……ぶ、ブレイズライダー、君はヒーローだ。はぁ、はぁ……ひ、人質を取らないと戦えない悪党の言うことなんて、聞いちゃダメだ」


 近づいていくスコーピオの言葉を遮り、多田さんは再び俺に戦うように促す。

 多田さんの口元には俺の事を心配させまいとしているのか笑みを浮かべているが、こわばりを隠せていない。

 そして強気な言葉とは裏腹に、声は僅かに震えており今にも泣き出してしまいそうだ。


「うるさい女だな。安心しろブレイズライダー、この女はすぐに解放してやるよ……この世からな!」


「やめろ!」


 スコーピオの意図を察した俺が叫ぶと同時に、多田さんを拘束していた触手が緩み、彼女の身体は重力に従い地上へと落下していく。

 同時に、スコーピオの身に付けていたプレートが砕け散り、その姿が異形の化け物から人間へと戻った。

 その姿は怪物の時と同じようにボロボロだが、ここから逃げる気力は残しているように見える。


「俺の相手をしている暇はないぞ? 早く助けにいかないとあの女は死ぬ!」


 スコーピオの言うとおり、この高さから落ちてしまっては、まず助からない。

 しかし、ここでスコーピオを逃がしてしまっては、今までの戦いが全て無駄になってしまう。

 どうするべきか僅かに考え、多田さんが言っていた事を思いだし、覚悟を決めた。

 ……多田さんが言ってたように、俺はヒーロー。

 なら、俺が取るべき道は一つしかない。


「どうする? 時間は無いぞ!」


 こちらを煽るスコーピオ目掛けて駆け出し……奴の目の前を通り過ぎる。

 そして、爆風によって割れた窓からダイブし、真っ逆さまに地上へと飛び降りた。


「女を取ったか、馬鹿な奴め! 俺はこの隙に逃げさせてもらい、傷を癒してもう一度暴れてやる! お前の選択のせいで、もっと多くの犠牲が――」


 スコーピオの勝ち誇ったような声が上から聞こえてくるが、そんなものを気にする必要は無い。


「多田さん!」


 落下していく少女の名を叫びながら、彼女を掴むべく手を伸ばす。


「ショウ君!? ど、どうして!?」


 自身を追いかけてきた俺に、多田さんは驚きながらも差し出された俺の手を取ろうとする。

 だが俺たちの距離は縮まらず、このままでは手を掴む事もできない。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


 しかし、俺は超能力者だ。

 雄叫びを上げながら、ジェット噴射で加速し多田さんとの距離を詰める。

 正直、スコーピオとの戦いで消耗してはいるから、かなり辛い。

 でも、俺の事を助けてくれた女の子一人守れないようじゃ、ヒーローを名乗る資格なんてない!


「ショウ君!」


 多田さんの手を掴みとると同時に彼女を引き寄せると、そのまま抱え込む。

 ……まだ、危機は去っていない!


「しっかり掴まってろ!」


 刻一刻と地面が迫るなか、姿勢を変えて直立し、再びジェット噴射で落下の勢いを殺す。

 ……やがて、俺と多田さんは地面にゆっくりと降り立った。


「あ、ありがとう、ショウ君。でも、スコーピオは大丈夫なのか? ボクのせいで奴を逃がす事になっちゃうんじゃ……」


 腕の中で申し訳なさそうにする多田さんを降ろすと、電波塔へと視線を向ける。


「……奴に最後の引導を渡すのは、俺じゃない。多田さんが言ってたのを思い出したんだ。もうすぐ警察が来るって」


 電波塔は既に警察によって包囲されており、俺たちは包囲の外に着地していた。

 彼らも叔父さん……同僚をやられたのだから、なんとしてでもスコーピオを捕まえるだろう。


「……あー、その件か。ごめん、実は警察が来ているなんて知らなかった。君を助けようと出任せを言ったんだよ」


 ……えぇ。

 文句の一つでも言いたいところだけど、多田さんのお陰で助かったのは事実だし、責めるのはやめておこう。

 それよりも、まだやることがある。


「気にしなくていいよ。それよりも、これ以上面倒なことに巻き込まれない内に早く帰った方がいい。俺も、病院に戻って叔父さんの――」

 多田さんへ帰るように促し、病院へ向かおうとした瞬間、目の前の景色が急に変わり、視界には地面しか映らない。


「しょ、ショウ君!? どうしたんだ!? ねえ! ショウ君!」


 ……どうやら、疲れが溜まり過ぎていたらしい。

 多田さんが俺の身体を揺すり必死に声をかける中、大丈夫だと返事をする前に俺の意識は闇に沈んでいった。

今回の話を読んでいただきありがとうございます。

エピローグも投稿してあるので、最後までお楽しみください。

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