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6話‐1

「こんなところにいたのかい? 連絡に出てくれないから、随分と探す羽目になったよ」


 病院外のベンチで一人腰掛けていると、何故かこの場にいる多田さんに声をかけられる。


「……返事をする暇もなかった」


 ……昨晩、スコーピオの毒に蝕まれた叔父さんに声をかけ続けていた俺は、救急車のサイレン音が聞こえてきたところで、音切によって倉庫から連れ出される。

 その後、憔悴しきった様子の叔母さんからの電話を受け、何も知らない振りをしながら勉叔父さんの運び込まれた病院まで足を運ぶ事になった。

 流石に今日は学校を休む事になり、そのまま病院で夕方になるまで過ごしている。


「……そうか。それなら仕方ない」


 多田さんは一言そう言うと、俺の隣に腰掛けた。

 暫くの間、互いに何も言う事なく時間だけが過ぎていく。


「……多田さんは、何でここに?」


 沈黙に耐えきれなくなった俺は、何となく疑問に思った事を口に出す。


「一条君から頼まれたんだ。彼は調べものをしたいそうだから、代わりにボクが様子を見てきてほしいって」


 二郎が調べものか。

 ニュースで事件の事はもう知っているだろうし、スコーピオがどこに現れるか情報を集めておいてほしいと連絡しておいたから、きっとそれだろう。


「 ……あと、ボクも君の事が心配だった。ボクは兎も角、一条君にも連絡一回だけ寄こしてそれきりっていうのは、相当に参っているんじゃないかと思ったわけだ」


 多田さんは俺の事を案じるように、そう口にする。

 ……普段は俺の事を良く思っていない多田さんにまで、心配させてしまったか。


「ありがたいけど、大丈夫。多田さんに心配される程、俺はやわじゃない」


「本当にそう? 目の下に隈が出来ているけど、昨日はちゃんと寝たのかい?」


 ……大丈夫だと言っているのに、しつこいな。


「寝れる訳無いだろ。スコーピオの奴がいつ現れるかわからないから、寝てなんていられない。早く倒さないと叔父さんが死んでしまうかもしれない。……それに、あの野郎はこの手で叩きのめさないと気が済まねえ」


「やっぱり寝てないんじゃないか。その様子だと、食事も採ってないんじゃ? 君が苛立つのはよくわかるが、そんなんじゃ身体が持たないよ」


 心配そうな素振りで多田さんは声をかけてくるが、今の俺にとっては鬱陶しいだけ。

 ……一人にしておいてほしいって、察しろよ。


「様子を見たんなら、用事はもう済んだだろ? 見ての通り平気だから、帰ってくれて大丈夫だ」


 早く一人になりたいから立ち去るように促すが、面倒な事に多田さんは首を横に振る。

 ……何で言う事を聞いてくれないんだよ。


「そういう訳にいかない。君を止める気は無いが、せめて休息はしてくれ。君の気持ちはわかるが、そんなんじゃまともに戦える訳――」


「いい加減にしてくれ。さっきからうるさいんだよ」


 長々とお説教を始めようとする多田さんを遮り、睨み付けて黙らせる。


「……俺の気持ちがわかる? 多田さんに何がわかるっていうんだ! 俺の事を大して知りもしないくせに!」


 そして自分の中に渦巻く苛立ちを、何の非も無い多田さんに怒鳴りつけることで、吐き出す。


「……そうだね。一条君から君に何があったのか……両親の事や、ヒーローとしてどんな活躍をしていたのか聞かせてもらってわかった気になっていたけど、そう簡単な話じゃないか。ごめん、ボクが悪かったよ」


 一瞬だけビクリと怯えた様子を見せた多田さんだったが、怯む事なく再び口を開き、謝罪の言葉を紡いでいく。

 ……余計な事を言った二郎にも苛立つが、それ以上に怒りを抱いてしまう奴がいる。

 今のは間違いなく、俺が理不尽に怒っただけなのに、彼女に謝らせてしまうなんて。

 情けない自分に、余計に腹が立ってしまうじゃないか。


「……俺はな、治療室の前で泣いてる叔母さんを、慰める事もできない。……だって、叔父さんがこんな事になったのは俺のせいだからな。今の俺にできるのはスコーピオを倒す事、ただそれだけ。だから、もう放っておいてくれ!」

 とにかく、今は一人になりたい。

 その為に情けない胸の内をさらけ出してまで、多田さんにいなくなるように訴えかけるが、彼女が動く気配は無い。


「わかった。これ以上、君に何か言うつもりはないけど、心配なのには変わりないからね。近くにはいさせてもらうよ」


 多田さんはそう言うとそれっきり黙ってしまい、再び沈黙が場を支配する。

 多分、俺が何を言ってもこの場を離れる事は無い。

 ……何で彼女は、人の話を聞いてくれないんだ。


「いい加減にしてくれ! どうして一人にさせてくれないんだ! 大体、何でそこまで俺の事を気にかける? 大きなお世話なんだよ!」


 再び声を荒げた俺だが、多田さんはもう、先程のように臆する素振りを見せない……というか、何故か挙動不審になった。


「そんなの、君の事が心配だからに決まってるだろ。それにだ、ボクは君を、その……あー、うー……」


 何故かゴニョゴニョと口ごもると、そのまま黙って俯いてしまう。

 ……何でそこで黙るんだ?

 言いたい事があるんなら、はっきり言えよ!


「ボクが君を……火走君の事を気にかける理由。それはだな――」


 暫しの沈黙の後、多田さんが顔を上げ、理由を語ろうとした正にその瞬間、電子音が鳴り響いたことで遮られる。


「……もしもし」


 スマホを取り出し、画面の通話ボタンを押して応答する。


『ショウか? 手短に用件を伝えるぞ。スコーピオが現れた』


 電話の相手は二郎。

 いつになく真剣な様子の二郎から紡がれた言葉に、俺もまた意識を戦いへと向ける。


「場所は?」


『そう言うと思って、もうメールで送ってある……お前が今、どんな気持ちなのか俺にはわからない。ただ俺から言えるのは、無茶をするなって事……なんだけど、言っても聞かないだろうな。だけど言っておく、無茶すんなよ』


 二郎も俺を心配してか、いつも以上に言葉をかけてくれる。

 正直、今は黙って送り出してくれた方が有難いんだけどな。


「心配するな。それよりも、余計な事を言った自分の事を心配しておけ。後で話は聞かせてもらうから、首を洗って待ってろ」


『ま、待て待て! 相談しなかったのは悪いと思ってるけど、話しておいた方が――』


 弁明する二郎を無視して通話を切ると、ベンチから立ち上がり、バイクを取り出す。


「待つんだ、火走君。勝算はあるのか? もし無かったら――」


「勝算なんて無い。だけど、勝つ。だから、余計な心配はしなくていい」


 バイクの圧縮を解除して跨がり、エンジンを回しながら二郎から送られてきたメールに目を通す。


「そうか。……何も策が無いのなら、少しだけでもボクの話を聞いてーーま、待ってくれ!」


 何やら話しかけてくる多田さんを無視し、スコーピオの元へとバイクを走らせる。

 もはや俺の頭の中には、スコーピオを倒す事以外、眼中に無かった。



 オレが引っ越してきたこの街には、巨大な電波塔がある。

 電波塔の上層には展望台も設けられていて毎日多くの客で賑わっており、この街のシンボルとして住民から親しまれているらしい。

 だが、今は逃げ惑う人達の悲鳴や叫び声が響き渡っていた。


「だ、誰か! 助け――ぐわっ!?」


 逃げ遅れた一人の男性の背中に、触手から飛び出た針が刺さり、男性がその場に倒れると同時に針が抜ける。

 そして、男性は痛みに悶えて苦しみだした。

 ……苦しんでいるのは男性一人だけではない。

 既に何人もの人々が、あのクソヤロウの餌食となってしまっていた。


「ほら、逃げろ逃げろ! 早く逃げないと、毒で苦しんで死んじまうぞ!」


 自身の力を試すのが余程楽しいのか、嬉々としながら次の獲物を探すスコーピオ。

 事件発生の報を聞いてすぐに駆けつけたが、既にこの惨状。

 これ以上奴の好き勝手にさせないため、オレはスコーピオの行く手に立ちはだかるように飛び出した。


「待てよ、蟹野郎! このソニックライダーが来たからには、お前はもうおしまいだ!」


「ソニックライダー、音切我威亜か! お前にも借りがあるし、ここで返させてもらうぞ!」


 オレの事を見とがめたスコーピオは、ガチンガチンとハサミを鳴らしながら、腕を振るってくる。


「借りがあるのは、お互い様だ!」


 振るわれた腕を受け止め、払い除けながら懐に潜り込んで蹴りつける。

 相変わらず硬い甲殻に思わず顔をしかめるがヒーローたる者、これくらいで負けるわけにはいかない。


「お前に借りだと? 全然覚えがねえよ!」


 腕を伸ばして、オレを挟み込もうとしてくるスコーピオ。

 即座に飛び退き、攻撃をかわす。


「オレの引っ越してきたこの街を悪意で汚し、罪の無い人達を傷付けてる!」


「それがどうした? お前自身には関係の無い話だ! それとも、俺が襲った奴らに知り合いでもいたのか?」


 一進一退の攻防を繰り返しながら、オレ達は問答を続けていく。

 スコーピオの攻撃を避ける事こそできているが、オレの攻撃は甲殻に阻まれ致命傷にはなりえない。

 だが、それでもオレにはスコーピオを倒す理由がある。

 昨日、オレが先輩の元に駆けつけた時、先輩は倒れている警察官を抱えながら、叔父さんと呼びかけていたのを見て、すぐに理解した。

 ブレイズライダー……オレの憧れていたヒーローの正体が、クラスメイトの火走ショウだという事を。


「よくわかってるじゃねえか! オレの友達を傷付けたテメエを、ぶっ飛ばしてやるよ!」


 クラスメイトが憧れのヒーローだった事にはかなり驚かされたが、いま大事なのはそこではない。

 目の前にいるこの男が、オレの友人を傷付けたということ。

 それが一番大事!


「やれるものならやってみろ。この甲殻を貫けるのなら……尤も、毒に侵されて苦しむのが先かもな!」


 オレを挑発しながら、後頭部の触手を伸ばすスコーピオ。


「おっと、それは無理だな! オレのスピードには、お前じゃついてこれないからよ!」


 迫る触手を音速で動いてかわし、そのまま攻撃を仕掛ける。

 まずは一撃、音速で拳を叩き込むが甲殻には、先ほどと同じように傷一つ付かない。

 だが、そうなるのは織り込み済みだ。

 スコーピオが殴られた事に気付くよりも早く、二度三度と拳を叩き込む。


「ぐおっ!?」


 傷は付かなくても衝撃は伝わり、呻き声を上げて姿勢を崩したスコーピオ。

 その隙を逃さずに、飛び蹴りをお見舞いしてやる。


「どうした? 立てよ! オレに毒を喰らわせるんじゃなかったのか?」


 倒れこんだまま起き上がろうとしないスコーピオに、立ち上がるように促す。


「追い討ちをかければよかったものを。何故そうしなかった?」


 立ち上がったスコーピオは、不思議そうに問いかけてくる。

 確かにあのままとどめを刺しておけばいいと思うかもしれない。


「何故かって? オレはヒーローだぜ。抵抗できない相手をなぶるのは、ヒーローらしくないだろ!」


 そう、オレはヒーロー。

 モテたいとかチヤホヤされたいという理由も勿論あるが、根本的にオレはオレの理想とする正義のヒーローであるが為に、戦っているのだ。


「そうか。……馬鹿なヒーローめ」


「何? オレが馬鹿――ぐえっ!?」


 スコーピオの言葉に疑問を抱いた瞬間、背中に強い衝撃を感じ、痛みに呻きながらその場に崩れ落ちてしまう。


「ヒヒッ、ざまあないな、ソニックライダー!」


 声のした方に視線を向けるとそこには、昨日見かけたトカゲの化け物の姿があった。

今回の話を読んでいただきありがとうございます。

ブクマ・ポイント・感想をもらえれば筆者のモチベーションが上がるので非常にありがたいです。

次回は来週日曜日の昼十二時投稿なので、読んでもらえたら励みになります。

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