1話‐2
博士からサインを頼まれた時、どうするか少しだけ悩んだ。
二郎にもサインをせがまれた事が何度かあるが、ずっと断ってきてたのもあり、ここでサインした事がバレたら面倒な事になる。
……しかし、よく考えてみれば博士と二郎が顔を合わせるような事は多分無いだろう。
つまりは俺が黙っていれば、サインした事は二郎にバレる事はない。
その結論に至った俺は、多田博士の渡してきたカードにサインをしてあげた。
色々やってもらってたし、これくらいのサービスはしてあげるべきだろう。
……誤算だったのは、その二人が顔を合わせないという前提があっさりと崩れた事だ。
「やあ。二人とも、暑い中よく来てくれたね。立ち話も何だし、家に上がってくれ」
二郎から勉強に誘われて付いてきたのだが、たどり着いた先の一軒家から現れたのは多田博士その人。
以前、二郎が学校一の天才から勉強を教えてもらったと言っていたが、まさか多田博士だったとは。
「どうしたショウ? 早く上がろうぜ?」
博士に言われるがまま家の中に入ろうとした二郎が振り返り、門の前で立ったままの俺を怪訝そうに見ながら問いかけてくる。
「あ、ああ。今行く」
このまま呆けていると、怪しまれてしまうな。
我に返った俺は二郎の後に続いて家に上がると、博士にリビングへと案内される。
「とりあえず適当な場所に座ってくれ。今、飲み物を持ってくるから」
博士はそういうとキッチンへと向かい、俺と二郎は彼女の言葉に従って部屋の中心に置いてある机を囲むように配されているソファーに座る。
机の上には、空のグラスが四つ置いてあった。
……二郎に俺のサインが記されてるカードを見られたら、きっと煩くなるはず。
この状況、どう切り抜けたものか。
「とりあえず麦茶を持ってきたけど、大丈夫かい?」
博士が台所から戻ってくると彼女の手には麦茶の入ったペットボトルが握られており、グラスの一つに麦茶を注ぎながら俺達に問いかけてくる。
「俺は大丈夫。ショウも構わないよな?」
「……は、はい。大丈夫です」
二郎と俺の返事を聞き、博士は二つのグラスに麦茶を注ぎ始める。
「……大丈夫か? さっきから少し、様子がおかしいぞ?」
「今日は暑かったから、ひょっとしたら熱中症かもしれないな。ショウ君、気分が悪かったりしないか?」
俺の様子を不審に思った二郎の言葉により、博士も体調を気遣いだす。
「だ、大丈夫。少し考え事をしてただけだから。それよりも、グラスがもう一個あるけど他に誰か来るのか?」
慌てて言い訳し、追求から逃れるために話題を反らすべく、一つ多いグラスに注目する。
「ああ、君達のクラスメートの鳥野さんにも声をかけておいた。ボクは彼女と友人なんだ」
「そういえば、ショウには言うのを忘れてたな」
……何とか俺から話題を変える事ができたか。
とりあえず、一度落ち着こう。
少なくとも、今はまだ博士が二郎に俺のカードを見せてない。
早いところ勉強に移ってしまえば、カードどころじゃなくなる筈だ。
「そ、そうか。それじゃあ、そろそろ勉強を始めようか。とりあえず俺は宿題でもやるけど、二人はどうする?」
「ほう、最初に勉強を教えていた時とはえらい違いだ。ボクの教育の効いているみたいだな。……まあ、鳥野さんが来てから始めても遅くはないさ。それよりも一条君、これを見てくれ」
博士はそう言うとポケットから一枚のカードを取り出し、オレが止める間も無く机に置いてしまう。
「何々――おいショウ、いきなりどうした?」
覗き込むようにカードを見ようとした二郎の横からカードをかっさらい、二郎の視界にカードが入らないようにする。
「あ、ああ。ちょっとよく見たかったんだよ。俺、彼のファンだから」
「……ふーん、そうか、君はそういう趣味か。というか、彼? 君は何を言ってるんだ?」
俺の言葉を聞いた博士が、何故かジト目で此方を見ながら妙な事を言ってくる。
……彼女?
「おっ? ストームガールのレアカードか! 俺も欲しかったけど、当たらなかったんだよ!」
二郎の台詞に手元のカードへ視線を移すと、そこに写っていたのは俺ではなくストームガールだった。
「最近引き当てたんだ。一条君なら驚くと思ってたけど、まさかショウ君の方が食いついてくるとはね」
俺は黙って二郎にカードを渡す。
畜生、とんだ恥を晒してしまった。
……それはそうと、先ほどから博士の言動に少し違和感を感じる。
大したことじゃないと思うのだが、一体どこなのだろうか?
「それだけじゃないぞ、本命はこっちだ」
「……ん? そ、それは!?」
「ああ、勉強教えてもらう代わりにあげたブレイズライダーのカード――」
違和感の正体に考えていた所為で、俺が止めるよりも早く多田さんがもう一枚のカードを取り出し机に置き、二郎が俺のサインしたカードを目にする。
「どうだ? 驚いて声も出ないだろう。ブレイズライダーに会って、サインして貰ったんだ。……二人とも、どうかしたのか?」
嬉しそうに話していたが、俺達の様子を見て不思議そうな顔をする博士。
硬直した二郎に、ただ天井を見上げる事しかできない俺。
沈黙が場を支配する中、電子音が鳴り響いた。
博士は電子音の発信源である自分のスマホを手に取ると、顔に近づける。
「もしもし、鳥野さんかい? ……うん、わかった。今から迎えに行くよ。それじゃあ」
博士は通話を終えてスマホを仕舞うと、こちらに向き直る。
「鳥野さんがうちまでの道のりがわからないらしいから、駅まで迎えに行ってくる。悪いけど二人は少しだけ待っていてくれ」
「ひ、一人で大丈夫? 俺も一緒に――」
「わかったよ。丁度ショウと話したい事ができたんだ」
二郎と二人になりたくないが為に博士に同行しようとするが、俺の言葉を遮って二郎が勝手に返事をする。
「……心配してくれるのは有り難いけど、子供じゃないんだから一人で大丈夫だ。それじゃあ行ってくるよ」
博士は一瞬きょとんとした様子を見せるが、すぐさま我に返ってそう言うとそそくさとリビングから出ていく。
玄関の扉が閉まる音が聞こえると同時に、二郎が俺の肩をガシリと掴んできた。
「それで? どういう事か説明してもらおうか。何でブレイズライダー……お前の直筆サインカードを多田さんが持ってるんだ?」
「……ここに来る途中で説明した通り、彼女には色々と世話になったんだよ。お礼にサインしてほしいと頼まれて断れなかった。それだけだ」
俺は諦めて二郎に隠していた事を話すが、二郎は納得していない様子だ。
「そっちの理由はわかったけど、何で俺にその話をしなかったんだよ」
……そっちの理由も聞いてくるよな。
「面倒臭い事になるのがわかりきってたから。お前と彼女が知り合いだってわかってたら、ちゃんと話してた」
「へー、そうかい。つまりだ、俺は面倒な奴だって事か。まあ、自覚はあったけどさ」
二郎は俺の返事を聞くと、いじけた様にそっぽを向くが、何かを期待するように俺の方をチラチラと見てくる。
「気持ち悪いからチラ見するのをやめろ。そういうところが面倒臭いって行ってるんだ。……後でサインしてやるから、博士が帰ってくる前に機嫌を直せよ」
俺が折れて譲歩すると同時に、二郎がガッツポーズをとる。
「流石親友、話がわかるぜ! これでようやくブレイズライダーのサインゲットって訳だ」
「盛り上がってるところ悪いんだけど、質問いいか? 何でブレイズライダーがここにいるわけ?」
背後から突然声をかけられる。
振り返るとそこには、俺達とそんなに変わらないであろう年頃の男子がリビングの入口に立って俺達の事を眺めていた。
……どこかで見たような気がするが、そんなことはどうでもいい。
今の話が聞かれてしまったということは、俺がブレイズライダーだということがバレてしまった!?
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