3話‐5
「な、なんだぁ!? あれ!?」
その様子を見て驚く音切だが、それも仕方ない。
なにせ奴の両手がサメの頭に変化し、右手のサメの鼻先にはチェーンソー。
左手のサメの鼻先にはハンマーが付いているという、珍妙極まりない姿になったのだから。
「ノコギリザメアームにハンマーヘッドシャークアーム! この力で貴様らをまとめて叩きのめしてやる!」
「……お、おかしい! 飛んだり分身出したり、挙げ句の果てにはその姿! サメの力って言ってるけど、もうほとんどこじつけだろ!」
音切より早く我に返った俺は、シャイマーのあまりの荒唐無稽さに突っ込みを入れてしまう。
「例えそれが事実だったとしても、俺が考えたサメの方が強いシャーク! それが受け入れられないのなら、黙ってノワールガイストに従うサメ!」
「く、来るぞ! ソニックライダー!」
滅茶苦茶な事を口走りながら突撃を仕掛けてきたシャイマーを見て、呆然としていたままの音切に声をかけつつ、その場から飛び退く。
「勿体ない奴め! そんな面白おかしい力があるんなら、オレのように超カッコいいヒーローになればいいのにな!」
音切も俺の言葉に正気を取り戻して叫ぶと、その場から高速で移動し、振り下ろされたチェーンソーを避ける。
……音切の奴も大概面白おかしい奴だと思うけど、今は気にしている暇は無い。
それにシャイマーの言っている事は最早反論する気もおきない無茶苦茶な言い分だが、気になったのは奴が、最後に放った台詞。
「ノワールガイストに従え? ひょっとしてお前、奴等の居場所を知ってるのか?」
まるで自身がノワールガイストの一員であるかのような言葉を、聞き逃しはしない。
もしシャイマーが情報を持っているのだとしたら、何としてでも聞き出す必要がある。
「ノワールガイストな忠誠を誓った俺が、そんな事喋るわけないシャーク! 知りたいのなら、俺を倒してみせろサメ。まあ、そんな事は無理だがな!」
突撃を仕掛けてきたシャイマーの攻撃を躱しながら、奴の変貌について考える。
見た目が化け物になっているし語尾がおかしいのは勿論だが、それと同じくらい内面も変化していないか?
昨日まではノワールガイストへの忠誠なんて、口にしていなかった筈。
「おいシャイマー! いつからノワールガイストに忠誠を誓った? それだけのなにかがあったのか?」
昨日の今日でノワールガイストへの忠誠を誓うようになり、変な語尾を話すようになるなんて普通では考えられない。
シャイマーの気を散らす目的も込みで、奴の真意を探るべく質問してみる。
「そんなの、昨日ガイストバックルを使った時からに決まってるサメ! ……うん? 何でそんな事で忠誠を……うぐぐぐ」
シャイマーは攻撃の手を止め、頭を抱えて呻きはじめる。
どうやら、ガイストバックルにはノワールガイストへの忠誠心を植え付け、洗脳する効果もあるみたいだ。
……厄介な物を作りやがって。
「何だかよくわからないけど、隙ありだぜ!」
シャイマーの様子を好機と見た音切が、攻撃を仕掛けるべく近づいていく。
その時、シャイマーの目がギラリと赤く光ったのを見て、俺の背筋に悪寒が走った。
「離れろ! 何かおかしい!」
直感に従い叫ぶと同時に、シャイマーが音切目掛けて両手を振るう。
「うおっと! 危ねえな、おい!」
間一髪のところで飛び退き、攻撃を躱す音切。
シャイマーの攻撃は空を切るが、振り下ろされたハンマーは地面を割り、チェーンソーは建物の壁を粉砕する。
まともに当たっては、ひとたまりも無い。
「だ、黙れ! 貴様らが何と言おうと、ノワールガイストは絶対サメ! 逆らう者はぶっ潰す!」
瞳を赤く光らせたシャイマーは、唸るように叫ぶと俺達目掛けて突撃を仕掛けてきた。
俺達はシャイマーの攻撃を何とかかわすが、その度に街が破壊されていく。
これは、早く何とかしないと不味いな。
「ソニックライダー、止めはお前にくれてやる。俺が奴を引き付けるから、その間に何とかできるか?」
暴走するシャイマーから一度距離をとりながら、音切に問いかける。
音切を囮にしてもいいのだが、戦闘経験の多い俺の方が隙を作れるだろうという判断。
……頼むから、この判断を後悔させてくれるなよ、音切。
「オーケー! 他ならぬ先輩の頼みだし、断るわけないでしょ! そういう訳だからシャイマー、お前の命運も尽きたな!」
即了承するのはありがたいのだが、どうして態々挑発する?
……普段挑発して、敵の隙を作ろうとしている俺が言えた義理でもないか。
「サメサメサメ! 命運尽きたのはどちらなのか、教えてやるシャーク!」
挑発に乗せられたシャイマーが叫ぶと同時にその身体から黒いもやが吹き出し、影分身を形作る。
「余計な事を言いやがって……まあいい。俺が合図したら、臆せず突っ込んでこいよ!」
一言だけ愚痴った後、自らの役割を果たすべく駆け出すが、同時に影分身たちも動き出し、俺の行く手を阻んでくる。
「邪魔するのなら――何!?」
一番最初に近寄ってきた影分身を殴り飛ばそうとした瞬間、俺の背後から放たれた光弾が影分身を撃ち抜いた。
「ソニックライダー! 余計な真似はしなくていいから、自分の役割に集中してろ!」
「そうは言われても、ただ待ってるだけつていうのは性に合わないんでね。雑魚散らしはオレに任せときな!」
咎める俺を無視し、エナジーピストル片手に影分身へと突っ込んでいく音切。
どうせ俺が何を言っても聞かないだろうし、仕方ない。
「勝手にしろ! ただ、ヘマしたら恨むからな!」
影分身は音切に任せる事にして、両手に炎を宿すとシャイマー目掛けて飛びかかる。
「くっ……不用意に近づいてきて、いい的だサメ!」
炎の拳を受けて多少は怯むシャイマーだったがすぐに気を取り直し、大きな音で唸るチェーンソーの付いた右腕を振り回す。
「おっと、そいつを喰らう訳にはいかないな」
チェーンソーなんてまともに受けたらミンチより酷いことになるが、警戒して攻撃を仕掛けなければどうしようもないのもまた事実。
幸いな事にシャイマーの動きは大振りだ。
攻撃の隙をついて拳を叩き込み、そして蹴り飛ばしながらチャンスを伺う。
「ちょこまかと癪に障る奴め!」
シャイマーはハンマーの付いた左手を掲げながら苛立たし気に叫び、俺を潰さんと振り下ろそうとする。
「……そいつを待っていた」
振り下ろされたハンマー目掛けて両手を伸ばし、掴んで受け止める。
ハンマーの破壊力は絶大だが、勢いがつく前に受け止めてしまえば何てことはない。
「お、おのれ! だが、ハンマーを掴んでいれば身動きがとれまい! チェーンソーで切り刻んで――あっつい!?」
シャイマーはチェーンソーを俺に向けようとするが、そうはさせない。
ハンマーを掴んだ両手から炎を放ち、自身の腕ごとシャイマーを燃やして怯ませる。
「はいそうですかと、黙ってやられるわけねえだろ。今だ、ソニックライダー!」
「任せとけ!」
合図を聞いた音切はそう言うと、自身を取り囲んでいた影分身を蹴散らしその姿を消す。
次の瞬間、音切が俺達の側に現れ、燃え盛る炎に臆することなくシャイマーを殴り付けた。
炎に巻かれるシャイマーは反撃を試みようもするも、片腕を俺に掴まれてる以上、それもままならない。
その間にも音切は連続で攻撃を仕掛け、シャイマーを傷つけていく。
「先輩! 離れてろ!」
音切は叫ぶと同時に、腰を深く落とし気合いを入れる。
ヒーローとしての後輩に指図されるのは少しだけ癪だが、そんな事を気にしている余裕は無い。
音切の言葉に従い飛び退きつつ、シャイマーに牽制の炎を放っておこう。
「お、おのれヒーローども! 二対一は卑怯――」
ボロボロになりながら恨み言を吐き出すシャイマーだが、音切の蹴りをくらった事で中断される。
「最初に影分身を何体もけしかけてきたのはそっちだろうが、鮫野郎!」
音切はシャイマーの戯言に反論しながらも、一瞬の間に幾度にも渡って蹴りを浴びせかける。
「これでフィニッシュだ!」
俺が合図を出してから十秒が経過すると同時に飛び上がった音切は、とどめの宣言と共にシャイマーへと飛び蹴りを放った。
俺の妨害と音切の猛攻によってグロッキー状態のシャイマーに最後の一撃を避ける余力は既になく、蹴りを受けて勢いよく吹き飛ばされる。
しかし、一度地面に倒れ込んだシャイマーは、フラフラとだが起き上がってきた。
「ま、まだやるつもりか!?」
とどめを刺せたと思っていたらしく構えを解いていた音切が、再び戦闘態勢に入りながらも驚きの声をあげる。
「……慌てるな。あいつもかなり消耗してる筈だし、二人なら負けは無い」
音切を落ち着かせるべく、冷静を装いながら声をかけてやるが、正直俺もそんなに余裕は残ってない。
シャイマーは、そんな俺達二人を無視して両手を広げると、天を仰ぐ。
……腰に付けているヒビだらけのガイストバックルから、火花を散らしながら。
「の、ノワールガイストに、栄光あれ!!」
断末魔の叫びと共にガイストバックルが爆発し、シャイマーは爆炎に呑まれる。
俺たちはただ呆然と、目の前の爆発が収まるのを眺める他なかった。
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