3話‐3
「それで、ボクに話しかけられると迷惑な君が、わざわざ何の用事だい?」
キッチンカーの近くにいくつか並べられたテーブルの一つを挟み、俺と向かい合うように座っている多田さんが仏頂面でそう言い放つ。
……放課後になった途端に、ヒーロータイムの始まりだと叫び、いの一番に飛び出していった音切に続いて教室を出た俺は、多田さんのクラスへと向かい彼女に声をかけた。
かなり怒っていたようだが、それでも俺の誘いに乗ってくれたのは正直予想外。
まあ、かなり渋々といった様子ではあったけど。
とりあえず立ち話も何だからということで、駅前のドーナツ屋まで移動したという訳だ。
「多田さんが勘違いしてるから、それを正したいだけだ。二郎の奴が変な事を言うことで、君に嫌な思いをさせたくないから迷惑だって言ったんだよ。俺が多田さんと話すのが迷惑だっていう意味じゃない」
態々前置きを入れる必要も無いし、単刀直入に用件を話す。
俺からしてみれば、自称元友人が理不尽に怒ってきてるようなものだし、放置してもいいのではないかと考えた事も何度かあった。
しかし、俺が多田さんの事を忘れていても、彼女の方は今でも俺を友人だと思ってくれていたみたいだし、俺の発言を誤解してショックを受けたのだからその誤解が解けるように努力するべきなのだろう。
「そ、そうか。ボクの誤解……いや、それなら昨日、君が嘘を言ってまで突然飛び出したのは何で? ボクを怒らせると面倒臭そうだから、適当な事を言って誤魔化そうとしてるんじゃないだろうな?」
一瞬ほっとしたような顔を見せたのも束の間。
多田さんはすぐに険しそうな顔を見せると、疑いの目を俺に向ける。
「あ、あー。それには深い事情があって――」
「深い事情? 例えば、君がボクの顔を見るのも嫌だったりするのかい? それとも、ボクを怒らせると面倒だっていうのが深い事情かな?」
上手い言い訳が思い浮かばず言い淀む俺を、多田さんは容赦なく詰めてきた。
面倒なのは確かにそうだけど、それは彼女を怒らせる事じゃなく、納得させる嘘を考える事なんだよ。
ヒーローとして戦うために抜け出しましたと本当の事を言う訳にもいかないし、どうしたものか。
……よく考えてみれば、俺に原因があるとはいえ多田さんの方から突っかかってきてるのに、何でこっちばかり配慮しなくちゃいけないんだ?
……だんだん腹が立ってきたぞ。
「黙っちゃったけど、図星だったかい? 他に言う事が無ければ帰らせてもらうけど、構わないね」
多田さんは勝ち誇ったようにそう言うと席を立つが、このまま帰しては腹の虫が収まらない。
「言いたい事? あるに決まってるだろ」
今までは此方に負い目がある以上、彼女が何を言っても怒らないようにしてきた。
しかし、今は多田さんがショックを受けていると思って、彼女の為に誤解を解こうとしたのだけなのにこの言い種。
流石に、堪忍袋の緒が切れた。
「ほう、それじゃあ君の言い訳を聞かせて――」
「多田さんが言うように君の事を嫌ってる訳じゃないけど、正直苦手だ。怒ってなくても面倒臭いし」
自身の言葉を遮り放たれた俺の言葉に、多田さんは呆けた様子で目をぱちくりとさせるが、すぐに我に帰る。
「苦手って、一体何で――」
「多田さんの事を忘れてる俺も悪いけど、だからといって何度も突っかかってこられたら誰だって嫌になるだろ。大体、いくら昔の友人だったからといって何でしつこく突っかかってくるんだよ。理由でもあるのか?」
何やら喚こうとしている多田さんの言葉を遮り、何故彼女の事を苦手に思っているのか教えてあげる親切な俺。
ついでに、言いたかった事を全部ぶちまけてしまう。
多田さんは黙って席に座ると、そのまま顎に手を当て考え込んでしまう。
……つい勢いに任せて内に溜め込んでた事を言ってしまったが、冷静に考えてみれば必要以上に言い過ぎやしなかったか?
「……ごめん、少し言い過ぎた――」
「いや、構わないよ。というか、ボクの方こそ悪かった」
今度は多田さんが俺の言葉を遮り、一度ペコリと頭を下げて、謝罪を口にする。
「思い返してみれば、ボクとした事が全然冷静じゃなかった。火走君に当たっても仕方ないのに、本当にごめんよ」
今までの反応からして余計に怒らせてしまうか、ショックで立ち去るかと思っていたから、素直に謝られるのは予想外だ。
「い、いや、謝らなくても大丈夫。俺が多田さんの事を忘れてるっていうのが原因だ。まあ、理不尽に怒るのは勘弁してほしいけど」
「理不尽に怒っていたつもりはないけど、善処するよ。ところで、さっき言ってた深い事情って何だい? もし相談してくれれば、ボクでよければ力になるよ」
俺の言葉に多田さんは苦笑しながら返事をした後、一転して心配そうな表情で問いかけてきた。
……ブレイズドライバーを貰い、JDFに便宜を図って貰った時点で随分と助けられてるのだが、だからといって俺の正体を明かしていいわけではない。
「い、いや。これは俺の問題だから、俺一人で――」
「う、うわぁ!? 化け物だ!」
とりあえず誤魔化そうとしたその時、響き渡った叫び声により、返事が遮られてしまう。
辺りを見渡すと、人々が何かから逃げ出しており、彼等がやってきた場所では黒い影……先日戦った影分身が逃げ遅れた人達に襲いかかろうとしていた。
「シャイマー様参上! さあ、恐れおののくがいいシャーク!」
そして、既に鮫の化け物と化しているシャイマーが現れ叫ぶ。
その様子を目の当たりにした俺は、すぐさま助けにむかうべく立ち上がり駆け出そうとするが、腕を多田さんに掴まれてしまい立ち止まる。
……多田さんを引き摺りながら、走る訳にもいかない。
「待つんだ。どこに行こうとしている?」
彼女は俺を見上げながら、訝しげに問いかけてくる。
昨日も同じような状況でいなくなったわけだし、そりゃ止めるよな。
「ちょっとした事情が……ああ、もう、わかったからそんな目で見るな! 逃げ遅れた人を助けにいく!」
最初は誤魔化そうとするが、じっと俺を見つめて無言の圧力をかけてくる多田さんに根負けしてしまい、何をやろうとしているか白状してしまう。
「そうか……いや、馬鹿な事を言ってるんじゃない! 警察やヒーローに任せて――待て!」
多田さんの言う事は至極当然だが、だからといってはいそうですかと言う訳にはいかない。
腕を掴んでいる彼女の手を振り払うと、呼び止めるのも無視して駆け出し、逃げ遅れた人に襲いかかろうとしていた影分身を殴りつける。
「早く逃げろ!」
俺が声をかけると、助けた人は黙って頷き即座に逃げ出す。
さて、ここからどうするかが問題だ。
どうやってこの場から離れて変身しようか考えを巡らせるが、影分身の一体が邪魔者である俺に気付き襲いかかってくる。
しかし、影分身は俺に攻撃を仕掛けるより前に倒れ、消滅していった。
「待てって言っただろ!」
「多田さん、その手に持ってる物は……?」
俺に襲いかかろうとしていた影分身は背後から光弾によって撃ち抜かれた。
そして此方に駆け寄ってくる多田さんの手には、エナジーピストルが握られている。
理解が追い付いてないせいか、俺は思わず答えのわかりきった質問を投げ掛けてしまう。
「護身用の銃! そんな事はどうでいいから、早く逃げるよ! 人助けもできたしもういいだろ!」
「一人で逃げてくれ! 俺は残って他の人を--危ない!」
多田さんに逃げるよう促した俺が目にしたのは、多田さんの背後から迫る影分身。
影分身に近づかれすぎているし、多田さんを助けた上で、攻撃をかわすのは間に合わない。
俺は多田さんだけでも助けるべく彼女の手を掴むと、そのまま庇うように抱き寄せながら、影分身に背を向け攻撃に耐えるべく目を瞑る。
しかし、いつまで経っても影分身が襲いかかってくる事は無い。
目蓋を開いた俺の視界に入ってきたのは、俺たちと影分身の間に割り込んで攻撃を受け止めている音切の姿だった。
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