3話‐2
……そういえばこいつ、二人がヒーロー好きと教えられたと言っていたな。
「ちょっと待て? 俺もヒーローが好きって事になってるのか?」
「ああそうだ。確か、火走だっけ? それはお前の分のサインだ。ありがたく受け取れ」
本当はクラスメイトに対してキレたいところだがそういう訳にもいかず、俺は黙って色紙を手に取り眺める。
……サイン、結構上手いな。
「誰から吹き込まれたか知らないけど、俺はヒーローが好きって訳じゃない。まあ、折角だからサインは貰っておくよ」
クラスメイトによって音切に植え付けられた、俺がヒーローを好きだという誤解を解きつつ、鞄にサインを仕舞う。
「そうなのか? でも、すぐにオレのファンになるから関係ないな。さて、他のクラスの奴等にもオレの事を知らしめにいかないといけないから、この辺で失礼させてもらうぜ。じゃあな!」
音切は渋い顔をしている俺を気にする素振りも見せず、次の瞬間には目の前から消え去っていた。
……さっきは気にかけておこうかと思っていたけど、学校で超能力を使うような奴と一緒に活動するのは無理かもしれない。
「ぜ、全然見えなかった。強力な超能力だし、味方になってくれるなら心強いんじゃないか?」
二郎は音切が開けた教室の扉を眺め、俺だけに聞こえるようにぼやく。
「……俺としては邪魔にならなければそれでいい。他にもやることがあるからアイツにばかりかまっていられないしな」
音切の件は確かに大事かもしれないけど、他にも悩みは多い。
シャイマーの強さはかなりのものだし、他の犯罪者だってガイストバックルを使って怪人となり立ち塞がってくるかもしれない。
それに、昨日から抱えているちょっとした悩みもある。
「それはそうとして二郎。俺、何か忘れてるような気がするんだけど、心当たりがあったりしないか?」
昨日、シャイマーとの戦いを終えてから何かを忘れてるようなモヤモヤが、頭の片隅にあるのだ。
「何か忘れてるだって? そんなの、俺に聞くなよ……いつ頃から忘れてるんだ?」
二郎は『何を言ってるんだこいつは』とでも言いたげな表情をしながらも、何を忘れているのか思い出すのに協力してくれる。
「昨日の晩から何か忘れているような気がするんだけどな、どうしても思い出せないんだよ。とりあえずお前に聞いてみたんだけど――」
「ほう、何か忘れているのかい? それじゃあ、思い出してもらおうか、火走君?」
二郎に事を説明している俺の言葉は、少女の声によって遮られる。
そして声の主の方に視線を移して小柄な少女の姿が視界に映った瞬間、俺は何を忘れていたのか思い出す。
昨日、多田さんを置いて事件現場に駆けつけた後、彼女に一切連絡をとって無かったことを。
「多田さん、どうしたんだ? まさか、ショウが何を忘れてるか心当たりが?」
心当たりどころか、忘れていた事そのものだ。
二郎が多田さんに何事か訪ねるなか、俺は気まずさゆえに二人から目を反らす。
いろいろあったとはいえ、彼女の事をすっかり忘れてしまっていた。
「この男、昨日ボクとお茶している最中に急に飛び出して、そのまま帰ってこなかったんだよ。コーヒー代も払わなかったんだ」
多田さんは笑いながらそう言うが、目は全然笑っていない。
当然というべきか、ものすごくご立腹らしい。
「ご、ごめん。コーヒー代は払うから――」
「別に構わないよ。ボクはお金には困ってないからね。それよりも、無事なら無事と連絡の一つでも欲しかったかな」
財布を取り出そうとする俺を、彼女は表情を変えずに制する。
……俺の事を心配してくれていたのか。
「ごめん。今度からは気をつけるって言いたいけど、多田さんの連絡先知らなかったから……」
俺は多田さんに謝りながらも、バツの悪さから思わず言い訳してしまう。
通信機を貰っていたから彼女に連絡をとる事もできたのだが、それはブレイズライダーとしての話だ。
火走ショウとしては彼女と連絡をとる手段が一切無い以上、連絡できなかったのは仕方ない事だろう。
「それなら、登校した後で少しでもボクのクラスに顔を出してくれればよかったじゃないか」
多田さんは少しムッとしたような表情で、俺の事をじとっとした目で見つめながらぼやく。
……全くもって彼女の言う通り。
何も言い返す事ができない。
「ショウ、話を聞いた限りお前が全面的に悪いから諦めろ。それよりも、多田さんと二人で遊んでたって本当か? 随分と仲が良いじゃないか」
彼女に対して何も言えないであろう俺をみかねたのか、黙っていた二郎が口を開く。
二郎の言う通り、俺が悪いというのは確かだし異論はない。
だが、後半部分を聞き逃すわけにはいかない。
「い、一条君!? とと突然なにを言っているんだい!? 君が何を考えているのわからないが、多分思っている様なこととは違うぞ!」
案の定、多田さんは顔を真っ赤にし、慌てるような素振りで二郎の言葉を否定する。
「そうだ。多田さんとは偶々街中で会っただけ。お前が考えているような事は一切無いから、勘違いするなよ。というか、迷惑だからやめろ」
俺個人としては別にどう思われようが構わないのが、多田さんはそうじゃない筈だ。
多田さんの事を忘れてしまっている俺にあまり良い感情は抱いてないだろうし、これ以上彼女に嫌な思いをさせないよう、二郎に釘を刺す。
……それはそうと、あんなに必死に否定されるのは少し傷付くな。
「わ、悪かった。軽い冗談のつもりだったけど、まさかそこまで否定してくるなんて……た、多田さん、どうした?」
俺と多田さんの返事に、二郎は困惑した様子を見せながら謝ってくるがその最中に怪訝そうに多田さんへと声をかける。
何事かと思って多田さんへと視線を移すと、彼女は俯きわなわなと震えていた。
「た、多田さん? だ、大丈夫?」
声をかけながら多田さんの様子を確かめるべく顔を覗き込もうとした瞬間、彼女はスッと顔を上げる。
「そうか、君はそういうふうに思っていたんだな。声をかけて悪かったね」
多田さんはニッコリ笑いながらそう言うが、目は全然笑ってない。
突然の変化にどうすればいいかわからないでいる俺を一瞥すると、彼女は踵を返し立ち去っていく。
「い、いきなりどうしたんだ? 訳がわからない」
「……そういう事か。おいショウ、色々聞きたい事はあるけど、まずはすぐに彼女を追いかけて謝ってこい」
多田さんの背中を見ながらぼやく俺に、二郎が命令してくる。
「えっ? 何で――」
「俺がからかったのが迷惑だって、お前言っただろ。多分、多田さんはそれがショックだったんだよ」
疑問を口にしようとする俺を遮った二郎は、いつになく真面目な様子だ。
……ああ、そうか。
多田さんは、俺が迷惑だって言った意味を勘違いしたんだな。
「わかった。ちょっと行って――うわっ!?」
すぐに彼女を追いかけようと立ち上がり、教室を出ようとした瞬間、俺の目の前に人影が急に現れ、思わず驚き尻餅をついてしまう。
「おいおい、大丈夫か? 急に飛び出してくると危ないぜ」
人影の正体である音切が、呆れた様子でそう言いながら俺に手を差し伸べる。
「わ、悪かった。次からは気をつける……待て、急に飛び出したのはお前だろ!」
俺は音切の手をとり起き上がりながら謝罪するが、途中で飛び出したのは音切の方だと気付く。
危うくこいつのペースに流されるところだった。
「お、おい、どこに行くんだ?」
横を通り抜けて教室の外へと出ようとする俺を、音切が呼び止める。
「悪いけど、今はお前の相手をしていられないんだ。用事があるんだ」
「そうか。だけど、もうすぐ昼休みは終わるぜ」
音切がそう言い終わると同時に、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響く。
……どうにも、上手くいかないものだな。
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