魔法、使ってみました。
なんでも出来るけどその凄さを理解してない子ってちょっと面白い。
依頼の為、お茶会を早々に切り上げ、明後日の準備をしようと思いながらシルヴィーは馬車の窓から外を見ていると、道の端で蹲っている人の姿が見えた。
気分が悪くなったのか?
「レミ、馬車を止めて」
気になったから馬車を止めてその人の元に走っていった。
「大丈夫ですか?」
相手からは返事が無い。
でも、側によればムッとする程の血の臭い。
怪我をしているのだろう。薬は持ってないけど、周りを見ればポーションの材料になる野草が他の草に隠れる様に生えている。
「ちょっと素材が足らないけど、無いよりましかな」
急いで野草を摘むと手のひらに乗せ、ポーションを錬成しようと魔力を手のひらに集中させた。
この世界では強弱は有るけど誰もが魔法を使える。
シルヴィーは自分の魔力のレベルを知らないが、勉強はしているから多分強いだろう、と思っている。
「本当ならポーションよりエリクサーの方がいいけど、あれ、素材が面倒なんだよね」
魔術書にも書いてあるが、ポーションは傷を治す薬で、エリクサーは死んでなければ怪我でも病気でも何でも治す薬。
ゲームでも、現実でも見た事ないけど、知識はある。
「錬成」
兎に角、エリクサーがいいけど、傷を治す薬であればなんでもいい、と思って魔力を注ぎ込むと野草は光の粒になり、次第に固まり始めた。
コロン、とサファイアの様な綺麗な薬が出来て、ホッとした。
良かった。私の力は使える様だ。
「大した効果は無いかもしれないけど、血止めにはなるから飲んで」
フードで口元しか見えない人に差し出すと驚いた様に顔を上げかけるけど、痛みのせいかすぐに俯いた。
「口、開けてて」
相手の確認も取らず、僅かに開いた口に今作ったばかりの薬を放り込んだ。
効いてちょうだい。
願う様に口元から手を離すと俯いていた人が驚いた様に自分の体を触り始める。
良し、大丈夫そうだ。
「良かった。効いたみたいですね。では」
「あの、お名前を」
私の手を掴むとフードの人ははっきりした声で名前を教えて欲しい、と言う。
大した事して無いし、お金も掛かって無いから気にしなくてもいい、と言うつもりで笑ってみせるとフードの人は泣きそうな声で
「お名前を教えてください。命の恩人である貴女様の」
律儀な人だ。
「シルヴィー、です」
家名を教えるのはちょっとやめとこ。
もう会う事もない人だし。
「シルヴィー様」
侍女のレミが心配そうに名前を呼ぶからシルヴィーはフードの人に手を振って馬車に戻った。
乗り込む時ちょっと振り返ると、フードの人は深く頭を下げているので顔は最後まで分からなかったが、自分より年上の男の人だとなんとなく分かった。
その日の夜はウィリアム殿下の依頼を確実なものにする為、色々書き物をしていたが、あまりにも使えない羽ペンに腹を立てていた。
「本当、見た目は良いけど使えない」
ポイっと羽ペンを投げ捨てると水の入ったコップを手に取り、クイっと飲み干し空になったコップを手のひらに乗せ前世で見たことがあるガラスペンを思い出した。
「錬成」
綺麗で繊細だけど実用的だったガラスペンを頭の中で思い描いた。
この世界では無いものだけど、ガラスがあるのだから、と安易に考えていたが、シルヴィーの手のひらのコップが光の粒となり、前世で見たことがあるガラスペンが出来上がった。
「出来た」
驚くより使えるものかを確かめないと、と慌ててガラスペンをインク壺に差し込むと綺麗な螺旋状の溝にインクが吸われ、文字も滑らかに書ける。
書けるならついでにこれからの為にも魅了魔法と服従魔法の解除魔法陣を試しに描いてみた。
幾つもの魔法陣を重ね書きしているせいか、かなり複雑なものになったが、どうにかなると思う。
「試しだからまずは効果を見るのも良いかな?」
我が家には数ヶ月前から長いことシングルファーザーであったお父様が迎えた、根性悪の義母と義姉にそいつらの腰巾着の執事がいる。
そして、気味が悪い程お父様は、あいつらが私に何をしても全く反対しない。
この状況が魅了魔法や服従魔法の所為ならば少しはマシな状況になるかも、とシルヴィーは深く考えずに描きあげた魔法陣を発動させてみた。
パァーッと水色の光が四方に拡がったが特に何も起こらなかった。
「失敗かぁ」
本業ではないものが描いた魔法陣はやはりたいして役に立たない様だ、と諦めたがまぁ、あいつらが魔法を使ってなかっただけなのだろう、と言う気持ちにもなった。
「お嬢様、夕食の準備が整いました」
メイド長のサラが呼びに来てくれたので部屋を出て食堂に向かうとありえない光景が目の前にある。
お父様が主人席に着いているのはいいが……。
「遅くなりましたか?」
「いや、時間通りだ」
「では何故、用意が2人分なのでしょうか?」
「今のロードライト伯爵家は私達、2人だけだからだよ」
確かに5歳年上の兄のハロルドは魔術学園の寮に居るから間違いでは無い。だけど、一応、義母と義姉が居るはずだが。
シルヴィーが困惑した顔で父親のレイモンド・ロードライト伯爵を見ると、自分と同じガーネットの様な赤紫の瞳を和ませ、柔かな笑みで
「私に愚かにも魅了魔法と服従魔法を掛けていた痴れ者を追い出したからな」
ダブルで掛けていたとは思いませんでした。
「お二人はどうなさいました?」
「腰巾着の執事と喚いていたが、もうこの家には居ない」
父親の言葉にシルヴィーは思わず眉間に手を当てた。
「執事は魅了魔法とかに掛けられていた被害者ではないのですか?」
「どうだか。魔法が解除されてもあいつらに寄り添ってたから同罪だ」
もともとうちに居た執事は魅了魔法の所為であの女達に媚びていたわけでは無い様だ。
「執事が居なくなっては家の仕事に支障が出ませんか?」
「侍従長が替わりに立ってくれているが、いい人材がいれば雇うとしよう」
当主であるレイモンドの言葉に食堂に集まっているメイドや侍従達が頷いている。
どうやら魅了魔法や服従魔法に掛けられていたお父様に意見が言えなくて困っていたようだ。
「お父様、少し確認したいことがあります。あの人たちが持っていたものでピンクや黒の宝石は有りましたか?」
スチルで見た魅了魔法のアイテムはピンクの宝石。服従魔法のアイテムは黒かった記憶がある。
「食事の後、侍従長に持ってこさせよう」
レイモンドの一言で食事がゆったりとした雰囲気で始まった。
あの人たちが来てからの数ヶ月は食事もまともに食べていなかったから久々にお腹いっぱいになったよ。
食事の後に侍従長が元義母達が持っていた宝飾品を持ってきてくれた。
「数ヶ月でこれ、とは」
膨大な数の豪華な宝飾品にシルヴィーは深く溜息を吐いたが一つ一つ確認をして行くと割れたピンクの宝石と砕けた黒い石を見つけた。
ピンクの宝石を手に乗せ、解析、と呟くと宝石からさまざまな情報が読み取れる。
「此方が服従魔法のアイテムだとは思わなかったです」
「アイテムの情報を読み取れるのか」
「はい。かなり高価な素材が使われているので、強力な物ですね」
レイモンドが驚いた顔でシルヴィーを見ていたが、気が付いていないシルヴィーはサラが持ってきてくれたガラスペンでスラスラと読み取ったアイテムのレシピを書き出していく。
「これだけ高価な素材を使っているのに私が描いたちゃちな魔法陣で解除されるとなると、発動者の力も効果に影響するのかもしれません」
アイテムは素材が高価であればあるほど誰が使っても強い力を出す物だ、と思っていたがどうやら違う様だ。
正確なレシピが読み取れたのだからウィリアム殿下に頼んでいた人物なら此方の希望の品を作る事も可能だ。
ならば明後日のウィリアム殿下との面会の事もレイモンドに話しておいた方が良い、と判断したシルヴィーは情報を書き終えると顔を上げた。
「お父様、荒唐無稽な話だと思われると思いますが、今日お会いしたウィリアム殿下と私は共通の予知夢を見ました」
そう切り出されシルヴィーが語った予知夢にレイモンドは一瞬戸惑いの色を見せたが、シルヴィーの強く膨大な魔力は言葉に信憑性を与える。
「確かにシルヴィー、君以外が語ったら馬鹿げた話だ、と言われるだろうが今の君なら多くの者が信じるだろう」
何故今の自分なら、と言われるのかは分からないが一定の理解を得てシルヴィーはホッとした。
兎に角、明日は頼み事をする身なのだから正確な情報やレシピを用意しようと思うので我が家の書斎に籠るつもりだ。
「では、お父様。明日は書斎を使っても宜しいでしょうか?」
「魔術書は図書室の方が良いだろう」
流石、有能な人は違う。
シルヴィーははい、と微笑みながら頷いた。
「それよりシルヴィー。そのガラスのペンのような物はどうした?」
レイモンドが繁々とシルヴィーの持っているガラスペンを見ている。
「作りました。羽ペンは使いにくいので」
「作った?」
「はい。コップがあれば直ぐにでも作れますし、現物があればガラス職人なら同じ物を作れる筈です」
かなり腕が良い職人でないと難しいとは思いますが、と一応付け加えておいた。
「私にも一つ作ってくれるか?」
「喜んで」
シルヴィーは笑顔で頷くと手近にあった未使用のグラスを手に乗せ。魔力を込めた。
縁に金細工があったグラスは金が綺麗な螺旋を描くガラスペンへと替わり、シルヴィーは出来の良さに頷いてからレイモンドに渡した。
「これは素晴らしい」
書き心地の良さにレイモンドは唸っていたが、シルヴィーは何故そこまで唸るのかまでは理解していなかった。
だけど、軍事顧問のお父様も使えない羽ペンに嫌気がさしていたのかもしれない。
1日一本、更新できたら嬉しいな。