電話
「…そろそろ行くか。」
二限を早く終えた学生たちがぞろぞろと学食に集まってきた頃、俺たちは三限の講義室に向かおうと支度を始めた。その時、俺のスマホが鳴った。
確認すると画面には父の名前があった。
「おっ、父さんからだ、珍しいな。」
過保護な母とは対照的に放任主義ともいえる父は普段、電話どころかメールすらしてこない。
母曰く、父はすごい忙しく大変な仕事を平日休日問わず、日々こなしている、とか何とか。そのため小さいころから休みの日でも父に遊んでもらったことはほとんどなく、家族旅行など大きなイベントの時でしか父との思い出はない。そして成長した今でも二人で過ごすことは全くと言っていいほどない。
そんな父からの突然の着信に俺は少し不思議に思いながらも電話に出た。
「もしもし、父さん。急にどうしたの。」
「輝…」
この一言だけでも父の様子がおかしいことがわかった。
声は電話越しでも分かるほど震えていた。
「輝…、母さんが…死んだ。」
「…え?」
俺は一瞬で頭の中が真っ白になって言葉が出なくなった。
「父さんは会社から、母さんが運ばれた中央病院へ向かうから。輝も来れるようなら来なさい。」
そう言うと返事も聞かずに電話を切った。
父も今混乱しているのだろう。俺は父の言葉をようやく理解すると、息も漏れない口を開き、早まる鼓動を抑えながら必死に声帯を震わせた。
「一ノ瀬…俺、帰る…」
「えっ、どうしたんだよ急に。」
「…かっ母さんが…死んだ…」
どうしてか俺の目から涙がひとつこぼれていた。