よかったらここ座ってもいいですか?
警察署から出た時、雨は止んでいた。結果的に、僕は逮捕されなかった。それは当然のことにも思えたし、逮捕されるべきだったのではないかとも思った。こんなことを思うのは、心に余裕があるからに違いない。もしもここが北極なら、僕は寒さを凌ぐことだけを考えるだろう。けれど、ここは北極じゃない。だとしたら、僕は何を考えるべきなのだろうか。スマートフォンが振動したと感じて、ポケットからスマートフォンを出したけれど、なんの通知も来ていなかった。今日は木曜日だった。
警察署の前に立っていても仕方がないと思い、歩き始めた。マックでチーズバーガーを頼んで、そこでバイトをしている女の子に声を掛けて、彼女のバイトが終わる時間まで待って、それから彼女は自転車を押しながら、僕は両手をぶらぶらさせながら歩いて、彼女の家に行って、自分じゃ買わないようなシャンプーを使って髪を洗って、浴室から出ると、柔軟剤の効いたタオルが置いてあって、それで体を拭いて、女の機嫌が良くなるような言葉をたくさん言って、それから明日の予定を聞こう、と僕は歩きながら考えた。そして、その考えは、今から家に帰るよりもいい考えだと思った。
マックは数百メートル先で、看板を光らせていた。その看板を見たから、僕は考えを思いついたのかもしれなかった。僕はその店に男しかいなかったらどうしようと不安になり、早く行かなければと駆け足になった。ランニングシューズを履いていれば、もっと早く走れるはずだった。
店に着いた時、僕はワクワクしていた。だから、男の店員が、ご注文はお決まりでしょうか、と聞いてきた時、この男はふざけているのだろうか、と思った。けれど、男は何も間違ったことを言っていなかった。僕はカウンターの奥のほうを見ながら、チーズバーガーを頼んだ。以上でよろしいでしょうか、と言われ、コーラ、ナゲット、アップルパイ、フィッシュバーガー、チーズバーガーを追加で頼んだ。僕は朝から何も食べていなかったから、これくらい頼んでも食べきれるだろう。だが、カウンターの奥に女の姿は見えず、頼んだものを食べ終わった後はどうすればいいのか、よくわからなかった。番号札を渡され、僕は自分の座る場所を探した。
お久しぶりですね、と僕はソファ席に座っていた女に声を掛けた。女は怪訝そうに僕を見上げた。僕と女は初対面で、お久しぶりではなかったから、こういう風に見上げるのだろうと思った。よかったらここ座ってもいいですか? と僕は聞いた。