酔い
あなた、コーラを飲んだら歯が溶けるって、そういうことを真剣に考えて生きてるタイプでしょう? そう聞かれた僕はテーブルに置いていたグラスを口に付けた。ウイスキーの入っているグラス。ほんの少しだけ口に含んで、元の場所に戻す。僕は女の顔を見た。僕のことを一つのタイプに当てはめた女の顔。目が大きい、僕より五歳は年下だろう、彼氏はきっと色が黒くて短く刈り込んだ髪型をしている、おい、僕はこんなことを考えるためにここに座っているのか? またグラスを手に取る。口に付ける、少し口に含んで、元に戻す。ねぇ、飲んでる? 女が僕に聞いてくる。この女はこれまでの人生で、飲んでる? と何回聞いたことがあるのだろう。僕は、ああ、と答える。ここはなんて退屈な場所なんだと思いながら。
周りの人間は楽しそうに女と喋っている。もしもここに家族がいても同じ顔ができるのだろうか? 僕は真面目すぎるのかもしれない。
なぁ君のことが好きだ今度家に行っていいかな、僕はそう言ってみた。女の顔が少しだけこわばった。一回ヤらせてくれよ、なぁ、何か不都合があるなら言ってくれ、と僕は続けて言った。僕はこういうことを言ってみたかったのだろうか?
あんまりよく知らない人間と後腐れのない関係を結ぶ、なんだか面白くないか? と言いながら、僕は本当に面白くなってきて、言葉を続ける。今日は店は何時まで? 待ってるよ、ファミレスかどこかで。女が席を立とうとする。僕はその腕を掴んだ。細い腕だった。どこにも行かないで欲しい、なぜか僕はそんなことを思う。ほんの冗談だろう? と。人生なんて冗談で生きていけばいいだろう? と。
店員がやってきて、僕から女を引き離した。この店員は女の彼氏だろうか? 僕は嫉妬しているのかもしれない。僕はグラスを手に取り、口に付けて、少し口に含んで、元に戻した。こんなことに、なんの意味もない。できれば意味のないことはやめたい。僕は、本当に申し訳ありませんでした、ほんの冗談だったんです、と店員と女に対して謝った。店のドアを出るまで、おかしいな普段はこんなことないんです、今日は飲みすぎていたのかな、本当にすみません、と言い続けた。
店を出た僕は、通りすがりの女に声を掛けた。あの、好きです。言ってから、僕は自分がどこか引き返せない場所にいるような気がした。