第二章 回りだした歯車 ―ルシフェル編―
ルシフェルは到と交代し見張りについた。
ルシフェルの魔法で点けた焚き火を囲み、服をたくさん着込んで横になる仲間達。彼らの寝顔を見ながら、導士としての自分の役目を考える。
導士とは〈解放する者〉。消された歴史=ローグの真実を。聖戦士の中に眠る力を。だけどまさか本当に兄の言った通りに、自分が導士になるなんて夢にも思わなかった。運命とはなんて皮肉なのだろう。
兄の言葉は今でも鮮明に覚えている。
『よく聞くんだ。君には世界を解放する力がある。導士として君以上の者はいないだろう。だから…私の代わりに星の救済を頼む。私では、もう誰も救えないから』
兄は気丈に振る舞った。自分にはそれがたまらなくいじらしかった。
『神もきっとそれを望んでいるよ。これから君には、辛く苦しい運命が待ち受けているだろう。でも負けないで。仲間を信じなさい。それが全ての力になるから』
世界の解放?導士としての役目?冗談じゃない。そんなもの、勝手に託されてたまるか。オレは、兄さんみたいに強くない。
炎天使の住む砂漠の町に、魔物が侵入してきたあの日。
奴らは炎に強い魔物だった。だから炎天使の力を侮り攻めてきたのだ。
兄は自分一人が囮になり、他の者を必死で逃がした。
兄は本気で自分に世界を託そうとしたわけじゃない。そんなことはわかっている。兄一人を囮になんて出来なくて「オレも残る」と言った自分を逃がす為だったってことくらい。
『君にはまだ生きる意味がある』?
白々しい。よくもそんなことが言えたものだ。たった一人の家族も救えなかったのに。誰も救えないのはオレの方だ。
――ダメだ。つい干渉に浸ってしまった。まだ心の整理がつかない。あれからもう三カ月が経つというのに。
火がパチパチと燃える。それは暖かくて明るいけれど、闇の中ではただ寂しいだけだ。兄のように。
天使は生まれて三年で人間でいう十二歳になる。そしてそれは天使にとって成人を意味するものであり、多くの者はその頃に結婚する。第一子が十歳以上になった夫婦から順に天界へ呼ばれ、天界警護の任に就く。残された子どもは成人まで兄姉や周りの大人に育てられる。
兄は仲間内では一番強かった。だが兄はその力を天界ではなく地上に在る生命のために使うと決めていた。
『天界にいる神がクロウに破れれば、世界の破滅は避けられない。その為の天界警護は必要だ。そのことに反対はしない。だが地上に暮らす子ども達は誰が守る?彼らがいざ魔物と対峙した時、対応出来る力があるのか。私はそれが心配なんだよ』
兄のその憂いは現実のものとなってしまった。自分達だけでは歯が立たなかった。故郷が襲われても、逃げることしかできなかった。それも、兄がいたから助かったようなもので。
性分とはいえ、兄はその生き方で幸せだったのだろうか。地上に残るために、誰も愛さず弟のオレをも遠ざけて、最後まで独りだった。最後まで星の危機を案じていた。
悲しいくらいに孤高な人だった。
兄のために今出来ること。それは兄の意志を継ぎ、導士として世界を守ること。たとえそれがその場しのぎの言葉だったとしても。
それに、逃げて生きるのはもうたくさんだから。
いつの間にか交代の時間になっていた。寝ているリーナを揺すって起こす。
「あー、よく寝た。さて、やるかぁ」
意外とあっさり起きたので驚いた。
「やりたくないってだだこねるかと思った」
「何よ。あたしだってやるときゃやるのよ」
「へぇ。見直したよ」
正直言うと、ただのわがまま女かと思っていたのだが。
「…一応褒め言葉として受け取っておくわ。私もあんたのこと見直したけど」
リーナは照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに言った。どこをどう見直されたのか気になったが、彼女が嫌がりそうなので訊くのはやめた。
「それより、さっさと寝たら?あと二時間で出発よ」
「いーよ。何か目冴えちゃったし…一緒に見張ってやるよ。それにおまえ危なっかしいし」
「何ですってぇ!?」
なんとなく、子供みたいな彼女を放っておけなかった。
(オレの方が年下なんだろうけど…)
あと二時間、旅立つまでの間隣にいたい。なぜか、そう思った。