第二章 回り出した歯車 ―到編―
到はルシフェルの言うローグを、興味深いと思う反面ばかばかしいとも感じていた。
自分は世界を魔物から守るとか、そんなものに人生を賭けるつもりはない。正義だのなんだの、興味がない。
いつだってそうだ。自分の行動の基準は興味があるか否か。その二つしかない。
今回の旅も純粋に真由美に協力するつもりだったわけじゃない。ルシフェルが全てを語っていないからだ。その謎とされるものが到の知的好奇心に火をつける。目の前に真実を知る手段があるのに、放っておけるはずがない。そもそも、故郷を魔物に襲われ逃げてきたルシフェルを助けたのも、興味本位と研究のためだったのだ。同居するうち情が移って、妖精の存在について尋ねづらくなっていたけれど。
森の中をただひたすらに歩く。いくら歩いても木々しか見えない。二年前、ここに住み始めた頃はよく迷ったものだ。西国には年に数回行くくらいだが、現在魔物の状況はどうなっているのだろう。先月行った時はまだ抑えきれたが。
西国から来たという綾子に尋ねようとした時、綾子がふと足を止めた。
「おい…何だアレ!?」
彼女の視線の先に目をやると、樹の陰でよくは見えなかったが、少し遠くに人がうつぶせで倒れていた。まさか息がないってわけじゃないだろうな、と恐る恐る近づいてみる。
倒れていたのは長い金髪ウェーブを持つ、白フリル付きの赤いワンピースを着た子供だった。
「おい。おい!?」
綾子がすぐ傍まで行き声をかける。するとその子供はむくりと起き上がり大きな欠伸をした。
「んーー、よく寝たぁ」
それを見た真由美は口をあんぐりと開ける。
「寝た!?こんなところで!?うつぶせで!?」
「んー―…ともねぇ、あんまり寝相良くないんだよねぇ。あ、そおだ。お姉ちゃん達、ここどこかわかる??」
真由美を含め、皆開いた口が塞がらなかった。
「寝相の問題かよ!?」
「つーか、もしかして迷ったわけ!?」
「呆れて物も言えないわね」
ツッコミまくりの周囲をよそに、子供は澄んだ蒼い瞳で到の顔を覗き込んだ。
「ねー、お兄ちゃん達はどこに行くの??」
「ああ、僕達は西国に…」
「サイゴク??何ソレ、おもしろそう!!ともも連れてって」
その子供は無邪気に笑って言った。到はなぜか、彼女を知っているような、奇妙な感覚にとらわれた。
「何言ってんの!?あなたいくつ?」
「じゅーいち」
「ダメだって。危険すぎる」
「おうちまで送ってあげるから」
綾子と真由美は反対するが、二人は何も感じないのだろうか。
「連れて行きましょう」
「バッ、何言い出すんだよ!?」
「…彼女、なんか匂うんですよ」
到は本人に気づかれないよう小声で言った。しかし突然そんなことを言っても不審に思われるだけかもしれない。
だが意外にも
「同感だな」
ルシフェルがその子供を見て眉根を寄せた。
「あの子のまとってる風、なんか違うしね」
リーナまで頷いたので、二人はその子供の同行を認めざるを得なかった。
「わかったよ。じゃあ君、名前は?」
「友美ってゆーのっ。よろしくねっ」
新たに仲間を加え一行は再び歩きだした。
だが一つ問題があった。友美の戦闘能力だ。どう考えてもこんな子供にあるとは思えない。
「魔物が現れたらこれを使ってください」
小型銃を渡すと友美はきょとんとした。
「…何コレ??」
「引き金を引くとレーザー光線が出るんです。ソーラーエネルギーを利用しているので便利ですよ」
友美は笑顔でありがとうと言った。
「良かったな、友美。思ったよりまともそうで」
「うん!!」
綾子がじいっと銃を見る。
「失礼な!皆さん僕を何だと思ってるんですか!?」
「何って…」
「マッドサイエンティスト?」
真由美とリーナが顔を見合わせる。
「おかしいな…。爽やか学者を演じているのに」
「それが胡散臭いってことにそろそろ気付けよ」
ルシフェルにまで言われてしまった。自覚はないのだが、そう見えるのだろうか。
「それより、到君の武器がなくなるんじゃない?」
「いーんだよ。到は持ち物にはほとんど仕掛けしてあるんだから」
「そうそう。見えないところに隠し持ってるわけです」
「やっぱマッドじゃん」
「違いますっ!いいですか。僕はこう見えてもまともなんです!」
「こう見えてもって何だよ…」
一応(?)到はこの中では最年長なのだが、年下にボロクソ言われて形無しだ。まぁこれから一緒に旅をする分にはこのぐらいがちょうどいいのだろうが。
「ねぇ、ともお腹空いたーー」
「あんたねぇ…」
友美は言動だけ見ているととても十一歳には見えない。まるで赤ん坊だ。さっきまで寝ていたにも関わらず、きっと次はこう言うんだろう。「ふぁぁ。眠いよぉ」と。
「じゃあこの辺で野宿するか?そろそろ暗くなってきたし、交代で見張りして寝よう」
綾子の案で、子供の友美を除いた五人で二時間ずつ見張りをすることになった。到は女性を差し置いて楽な時間を取るのは気が引けたので、中間の時間を希望した。
「到君って優しいんだね。じゃああたし最後がいいなっ」
明るく主張するリーナにルシフェルは呆れ顔だ。
「おまえって、よくも悪くも自分に正直なのな」
「ちょっとそれどーいう意味!?」
リーナを無視してルシフェルが言った。
「オレ、到の次でいいよ」
「そっか。じゃ、真由美最初やんなよ。野宿なんて慣れてないだろうしさ」
話し合い(?)の末、見張りの順番は真由美・綾子・到・ルシフェル・リーナとなった。