第七章 決戦④
「いっけー、ウインドカッター!!」
リーナが放った風の刃がマミーを切り刻み死に至らしめる。
「らくしょー、らくしょー」
得意気に綾子に向かってVサインをしてみせるリーナに、綾子は違和感を覚えた。
「……なーんか、いつもとちがくね?」
「え?何が?」
「なんつーか、空元気っつーか、無理してるような…」
「そ、そんなことないわよ」
「大方ルシフェルのことでも気になるんだろう。人を好きになるというのはそういうものだ」
ラファエルの言葉にリーナはいきり立った。
「ちょっと、あいつの話しなんかしないでよ!せっかく考えないようにしてたのに、会いたくって泣けてくるじゃない!」
「え、図星?ラファエル様もわかってるんなら同じチームにしてあげれば良かったのに」
「このチームが一番バランスがいいんだ。戦闘に不利な戦略を立てて恋人を亡くしでもしたら、今よりもっと悲しい思いをすることになるんだ、辛いだろうが耐えなさい」
綾子にはラファエルが恋愛に理解があって少し意外だった。普段どことなく他人と距離を置いているような感じだが、生前距離を置かない相手でもいたのだろうか。
「う〜〜。わかってるけどぉ〜〜……って、うわっ、何あれ気持ち悪ーい」
リーナの目に留まったのは、腐敗した肉片や内臓の集合体だった。うえっ、と顔をしかめつつ、リーナはすぐに魔法を唱える。
「トルネード!」
竜巻を起こし敵に大ダメージを与える。綾子も剣を抜くが、またもあの声に遮られた。
『早く、闇の導きを言えっつってんだよ!テメェはもう手に入れてるだろ!』
(はぁ!?何言ってんだ?闇の導き?)
綾子が声に気を取られていると、今度はラファエルが
「……そろそろ力の制御が可能か」
と、手に持った魔石を握りしめる。すると、溢れんばかりの白き光が塔内を包んだ。
「まぶし…っ」
綾子が精一杯薄目を開けていると、下僕が光に飲まれて滅していくのが見えた。
「この身体を使いこなせるようになったからには、無用な戦闘は避ける。下級魔物を一々相手にしてられないからな。この聖気で塔内の魔物はあらかた一掃した。それに聖気が充満しているせいでしばらくはクロウも下僕を召喚できまい。今の内に一気に最上階へ駆け上がるぞ」
ラファエルの言葉通りに階段を駆け上がる三人。登りきったところで正面に巨大な扉が見えた。おそらくは長の部屋だったのだろう。
しかし妙なことに、繋がっているはずの左右の通路が見当たらない。代わりにいかにも頑丈そうな壁があった。
「ゴーレムでも使って道を塞いだか。まあいい。今はとにかくクロウが闇の力を手に入れるのを阻止しなければ。行くぞ」
「え、でもせめて真由美がいないと……」
突然三人で乗り込むことになり困惑するリーナ。だがラファエルは自信有り気に言った。
「心配するな。彼らはすぐに到着する」
そして眼前の扉を開く。果たしてクロウはそこにいた。
「…よく来たな。貴様が転生することだけが、俺の唯一の計算違いだった」
玉座に座っていた彼は、忌々しげにそう言った。
「だが貴様の記憶の戻りが遅かったことに感謝だな。それがもう少しでも早かったなら、この闇の力を得ることはなかっただろう」
右手に禍々しい魔力を集めるクロウ。
「まずは、邪魔な貴様からだ!」
クロウが右手を振りかざしたその時だった。派手な爆発音と爆風が起きたのは。
「な、なに!?」
煙が去った後に見えたのは、大きな穴の空いた壁と、そこから入ってきた到達の姿だった。
みゆりとルシフェルが壁の向こうでゲホゲホ咳をしている。二人とも見事にすすけているのだが、到だけ何故か無傷だった。
「成功成功」
「てめ、到ーーっ!」
ルシフェルがむせながら到を睨む。
「な、何なのよ。どーしたのルシフェル」
「こいつ、爆弾仕掛けたのはいいけど、オレ達まで巻き込みやがったんだ!」
階段を上りきり行き止まりに行き当たった到は、荷物をあさり道具を出して物凄い勢いで爆弾を作ったのだ。爆弾作りは彼の十八番で、別名三分クッキングとも呼ばれている。そしてその爆弾を壁の前にセットすると、魔術書で炎呪文を唱えて爆破したのだ。
「僕のモットーは『即席的かつ強力に』なんですよ」
「前は『環境的かつ便利に』って言ってなかったか」
「大体、なんであんただけ無傷なんだ」
得意げに語る到に幸広と真由美が口々にツッコミを入れる。
………ん?幸広と真由美?
周りを見渡すと、左の道を進んだはずの三人がそこにいた。
「甘い。甘いな。干した果物を砂糖に漬けて十日寝かせたものより甘い!」
博が到を見ていった。
「壁なんか壊さなくても、オレのこの壁抜けの術で一発だぜ!」
「忍法?」
博が実は忍者だと知らない天使二人と、到が怪訝そうな顔をする。
「……普通の人間には無理だと思うんだが」
「人間やれば出来る!」
「できるかー!!」
到と博の変人ぶりは相変わらずだが、二人のお陰で全員合流することが出来た。これで万全体勢で臨める。
「さて…無駄話はこれくらいにして、今度こそ決着をつけるとするか…」
「ヴァイスの敵…討たせてもらうわ!」
ラファエルとシェルがクロウを真っ直ぐに見つめた。
「愚かな…。いくら数がいたとて、そう簡単には俺は負けん!」
クロウは再び手に魔力を集め、闇の渦から数多の下僕を呼び覚ました。
「…私も甘く見られたものだ」
ラファエルがいざ下僕を消滅せんと聖気を出す直前、クロウは立て続けに闇魔法ノスフェラートを唱えた。
「うぐ…っ」
不意を突かれたラファエルはダメージを受ける。腹部からの出血が酷い。
「ヒール」
急いで幸広がロッドの魔力で回復を行うが、クロウは攻撃の手を緩めない。
「ゲスペンスト!」
闇の沼気が辺りを包む。バリアを張る時間がない。
(くそっ、このままでは…)
幸広が焦りだしたその時、
「アルジローレ!」
真由美の魔法が闇の沼気を振り払い、下僕さえも消し去った。
「くっ。光魔法…か」
クロウは悔しそうに歯噛みした。
「だが、これならどうだ!」
彼は闇の最高位魔法アポカリプスを発動させる。真由美もすかさず光の最高位魔法ルーチェで応戦しようとするが、間に合わない。
ギリギリでラファエルと幸広がバリアを張ってなんとか防ぐ。しかしこのままでは防戦一方だ。到やみゆり達は次々と現れる下僕達に苦戦している。このまま戦いが長引けばそれだけ不利になる。
「どうした?そんな程度ではこの俺は倒せんぞ!」
クロウの放った闇の塊が幸広に牙をむく。
「ぐっ……!」
それはバリアを突き抜け幸広を地にひれ伏した。幸広はそれからピクリとも動かない。
「いやあーーっっ!」
「良くも望月君の命を…!こうなったら僕が仇を!」
「…勝手に殺すな」
幸広がむくりと起き上がる。先ほど受けた魔法の傷がなぜか見当たらない。
「も、望月さん…?良かった…!無事だったんですね!?」
みゆりが半泣きで幸広に駆け寄る。
「ああ…。それより気を抜くな!まだ戦いは終わってない」
「フン、何故生き返ったのか知らんが、貴様一人生きたところで何も変わらん!」
クロウが右手に魔力を集める。だがその時突然綾子が苦しそうに片膝を付いた。魔物にやられた様子はない。
(もしや…)
綾子の十字架の赤い宝玉が微かに光った。
ラファエルと幸広は期待をかけずにいられなかった。