第七章 決戦②
チェイニーに留守を頼み、真由美達は北東にある闇の塔へ歩き出した。
気分が優れないのか、蒼い顔をするシェル。
「大丈夫?具合悪いの?」
「いいえ…違うの…。ただ、闇の塔からとてつもない負の気が…」
確かに、禍々しい雰囲気が塔に近づくにつれ増してゆく。自分はまだ僅かに感じるだけだが、生まれながらに光の力を持つシェルは敏感なのだろう。身体までカタカタ震えている。
「クロウが下僕を呼び出したせいだな…」
「下僕…ですか?」
ちっと舌打ちしたラファエルに、到が聞き返す。
「死者に闇の力を与えて、スケルトンやゾンビに魔物化させた存在です。千年前、そのほとんどを私達が倒したんだけれど…」
「今回も同じ方法で呼び寄せたわけか…」
幸広が立ち止まって腕を組んだ。
「そうだ、奴らには聖と光の力以外はあまり効かない。多少はてこずるだろうな」
「だからって、そんなことで怖じ気づくわけにいかねぇけどな」
「そうだよ!悪い奴なんてあたしの風魔法でぶっ飛ばしちゃうんだから!」
強気の発言をする綾子とリーナを見て、シェルは驚きつつ微笑を浮かべた。
「そうね。怖じ気づいてばかりいられないわね」
綾子もリーナもクロウやその下僕に有効な攻撃手段を持ってはいない。それでも決して敵に臆さない彼女達の強い精神に、シェルは感服した。
(そうよ…。今は亡き光天使の長として、私はクロウに唯一有効な光の力を真由美に伝え、導かなければならないのに…。その私が弱気になっちゃいけないわよね…)
少しは彼女達を見習って、気を強く持たないと。今のままではきっと、以前と同じことを繰り返してしまう。
フューカの宝玉に眠り続けていた故に、あの時からシェルの時間は止まったままだ。今だって、狂ったように泣き叫びたい衝動を抑えるのに必死で。
どうしてヴァイスがクロウに乗っ取られていると、もっと早くに気付いてあげられなかったのか。一番近くにいたのに。いつだって、微笑って傍にいてくれたのに。どんなに彼が弱い人か解っていたのに。
僅か十二歳で種族の頂点に立ち、誰にも弱みを見せぬよう、気を許さぬよう生きなければならなかった彼の辛苦を、同じ境遇の私が一番。
彼は誰にも負けなかったけれど、自分の心に負けてしまった。私では、彼の心の闇を照らせなかった。それどころか、彼を解放することさえも。
あの戦いの時、既にヴァイスの魂は消えていたけれど、クロウが自分の身体で世界を破滅に追いやることを、彼も望んでなんていなかった。だから長の彼の力に対抗出来る自分が、彼の身体ごと邪念クロウを浄化し、滅ぼさなければならなかったのに。
なのに、できなかった。消し去ることが出来なかった。彼への想いを。彼の存在を。
だけど今度こそ。ヴァイスの身体をクロウの支配から解放してみせる。悲しいけれど、それが彼に出来るたった一つの、最後のことだから。
「あ〜。前方に下僕と思しき魔物発見〜」
「へ?」
おびただしい下僕の大群が、闇の塔からこちらにやってくる。博は相変わらず気の抜けた喋り方だが、どう考えても気を抜いている場合じゃない。
「だから、どうしてあんたはそう緊張感がないわけ!?」
「えー。だって俺絶対死なない自信あるし」
真由美は一体どこからそんな根拠のない自信が出てくるのか教えてもらいたいぐらいだった。兄の剣の腕と悪運の強さは保証するが、人間死ぬときゃ死ぬのだ。
「お兄ちゃん…、死んだらバカが直るよ、多分」
冷ややかな態度の真由美に、博はまたトンチンカンなことを言った。
「だってそう思うんだからしょーがねーじゃん。てゆーか俺バカじゃないしー。バカと天才は紙一重なんだぞ!」
「それってつまり天才かもしれないけどバカかもしれないってことですわよね…?」
「やっぱバカなんじゃん」
「…あれ?」
みゆりと真由美の口撃で、博も何を言いたいのか解らなくなった。うんうん唸る博を無視して、真由美は習得したばかりの光魔法を唱える。魔物に対して使うのは初めてだ。上手く発動するといいけど。なにしろそれがクロウを倒せるかどうかにかかっているのだから。
「シャイン!」
スケルトンを一条の光が貫く。
「やった!」
成功して一安心の真由美に、綾子が「すごいじゃん」と絶賛した。
彼女達もまた、剣や銃、魔法で立ち向かう。皆体力を温存しながらであるにもかかわらず、下僕達を圧倒しなぎ倒す。真由美は彼らの戦いぶりを見てこれならいけると確信した。
そして。胸に手を当て再び希望の光を放つのだった。
☆ ☆ ☆
(……ありえませんわ。なんっでまた望月さんと別行動なんですの!?)
みゆりは湧き上がる怒りにふるふると震えた。
遡ること数刻前。みゆり達が闇の塔に入った時のことだった。
塔の内部は、闇天使の聖域だっただけはあり神聖な雰囲気はあるが、それに不似合いな禍々しい気で充満していた。一階は左右中央の三つに道が分かれており、どの道を通ってもクロウのいるであろう最上階の長の部屋に行ける、とラファエルが言った。しかし九人の大所帯で一つの道を進むのは逆に面倒であるし、クロウが何か罠を張っているおそれもあるので、三人ずつ三組に分かれて進むことになった。その結果ラファエルがチーム決めをし、右の道を進むことになったのだが。
(その上、ルシフェルはまだいいとして、何故私と到さんが一緒なんですのっ!?)
幸広とも綾子とも離れ離れになった上に、何が悲しくて一番ムカつく男と同じチーム。ここまで来るともうラファエルの嫌がらせとしか思えない。せっかく祠で真髄に近付き新技を体得しても、守りたい人に使えないのなら結局は無意味だ。自分だけ生き残りたいとは思わないから。
(これでは何のために試練を受けたのかわかりませんわっ)
せいぜい祠の主から前世のことを聞けたくらいだ。それも、みゆりは到のように千年前のことに興味があるわけではないから、はっきりいってどうでもいい。前世は前世。今の私には関係ない。私が生まれる前のことなんか知る必要もない。けれど。
(…懐かしいと、思うものなのかしら。あの男の人も、祠の主も)
主は自分を『似ている』と言った。前世の自分――デイジーに。彼女もまた、大事な二人を守りたくてここへ来たのだ、と。
「……どうでもいいけどさぁ、到、ラファエルに注意されたのにまた変な発明品持ってきただろ」
みゆりの隣でルシフェルがまたかという顔をする。到のリュックは出発前と同じくパンパンだった。
「これでも減らしたんですよ!!」
「逆ギレ…?」
「みゆりさんまでっ」
到がプリプリと怒り出す。といっても彼は二人がからかい半分なのを知っているので、趣味にケチを付けられても意に介さないことにしている。まして本気で怒るなどそれこそ筋違いだ。まぁ、ラファエルや幸広がからかい半分なのかは微妙なところだが。
(望月君にラファエル様…別行動になってしまいましたね)
みゆりのことは嫌いではないし、幸広に憧れる彼女を見るのは普通に微笑ましい。だが、真実を知る幸広に話を聞こうとすると、みゆりが幸広といるのを邪魔することになる。そういった意味では彼女とライバルになるのかもしれない。時々ちくちく刺さるような視線が痛かった。
(でもまー、しょうがないですよね…。消された歴史を知る手がかりは、今のところ望月君くらいですし)
さすがに直接ラファエルに聞く勇気はない。また以前のように泣きそうな顔をさせてしまうかもしれないから。しかしそうなると、何故マリクは自分に史書を残せなかったのか気にかかる。
彼は洞窟であった時、『 残さなかった』のではなく『現実的に出来ない』と言った。そして出来たとしても残さなかった、自分の意に反することは全部スルーフがしてくれて助かると。
彼は何故残したくなかったのだろう。それに、意に反することは全部と言うことは、他にも二人の間で意見の対立があったのだろうか。彼らが現世に来る時に協力したネサラとは誰なのだろう。魔導学校の教師から神に仕える司祭になった経緯とはなんだったのだろう。それからノエル――今はルーファウスの思惑は?
ラファエルをクロウと戦わせるために記憶を甦らせる必要があった?
違う。
本当にクロウと戦う戦力のためなら、ルーファウス自身が戦った方がよっぽど強いはずだ。カケラを持ち、召喚獣を従え結界をも張ることが出来るのだから。ラファエルの創造と封印など、戦においては畑違いの能力である。
(他に、ラファエル様の記憶を甦らせなきゃいけない理由が?)
一人思考を巡らせていると、眼鏡型コンピューターがピーピー鳴った。近くに魔物がいると反応するシステムだ。
「気をつけてください。魔物が来ます!」
そう言った矢先に現れたのは、クロヒョウの魔物クアールだった。さっきまでのアンデッドよりはどろどろした腐敗や臭気にあてられないのでマシではあるが、それでも強いことに変わりない。
ルシフェルが先制攻撃を仕掛け、炎球を放つ。
長の宝具のおかげで傍目に解るほど威力が増している。だがクアールはその炎球をひらりとかわした。
「ちっ、こいつ思ったより早いぞ」
やっぱりか、と到は思った。大体が獣牙族は動きが素早い。クアールもその類に漏れずと言ったところだろう。
クアールは炎球をかわしたその足でみゆりに牙を剥いてきた。
「危ない!!」
到は眼鏡で照準を合わせ、レンズからレーザーを発射する。しかしそれもかすっただけだ。
足に負った傷など構わず、クアールは猛然と突っ込んでくる。
「炎魔壁!」
間一髪。ルシフェルがみゆりとクアールの前に炎の壁を創る。防御系反撃呪文なので、下手に直接魔法を放つより命中する。壁に衝突した途端、クアールの身体を灼く。これにはさすがの下僕も怯む。そしてその隙を突いて、みゆりが剣を一閃する。
「乱れ雪月花!」
雪のように静かに斬り下ろし、三日月のように弓なりに斬りつけ、花を舞い散らせるが如く華麗に胴を払う。その様は恐ろしくも美しい。
「テンペストボルト!」
その直後に魔術書を開いた到が呪文を発動させた。唸る轟音と共に、激しい落雷がクアールを黒焦げにする。到は後に残った骸をみて、
「何とか倒せたようですね」
と一息つく。なんだかんだやってても、結構いいチームかもしれない。
ルシフェルも多少無茶してでも腕輪を借りて良かったと心底思った。下僕がこんなに強いとは。もし腕輪がなかったらと思うとぞっとする。
「さて、じゃあ新手が出ないうちに進みましょうか」
「おう」