第七章 決戦①
真由美はシェルと、光の塔で呪文の契約を済ませた。
てっきり相当難しい試練でもあるのかと思っていたが、呪文に見合うだけの精神力が備わっていれば、魔方陣が光の力を授けてくれるというものだった。
集合場所のクリスタルタワーに着いたのは自分達が最後だった。綾子と兄はチェイニーに綻びた剣を直してもらっている。その隣でみゆりがやっと(?)幸広に会えて顔を輝かせていた。あんな表情でいたらバレバレだと思うのだが、超絶鈍感な幸広はまるで気づかない。
「いいか、これからが本当の戦いだ。そして最後の戦いでもある。各自気を引き締め、それに伴い荷物整理も怠るな。特に到」
ラファエルが皆に呼び掛け、そしてこんな時にでも機械の改良に余念のない到をジト目で見た。
「僕ですか?」
「その機械の山なんとかしろ…」
到の大きなリュックサックは、飴一つも入らないんじゃないかというくらいパンパンに膨れていた。それも中身がほとんど発明品の類だというのだから、いつもながら呆れてしまう。
「えーーっ。でも備えあれば憂いなしって言うじゃないですか」
「あればいいというものでもないだろう」
「第一、コンピューターは充電する場所がないんじゃない?」
真由美の指摘にも到は余裕で、
「ソーラーエネルギーや蓄電石を使用しているので大丈夫です。僕のモットーは環境的かつ便利になんです!」
「おまえのモットーなぞ知るか。大体今これから魔物の本拠地に行くというのに、何のんびり発明などと…。魔術書があれば充分だろう」
仕舞いには幸広まで、ラファエルと同じような口調で怒り出すので、到は口を尖らせた。
「違いますー。これは君用です」
「私の?」
「そのロッドって、それ自体に攻撃力があるわけじゃなくて、聖玉部分に気を溜めて突く武器でしょう?それだと体力に加えて精神力も消耗が激しいでしょうから、少しでも負担を減らせればって。即興ですけど威力も上げたんで、良かったら使ってください」
(そうだった。この男は昔からこういうことには良く気がつくんだった)
幸広は到の気遣いに感謝した。
「そうだったのか。怒って悪かったな。ありがたく使わせてもらう」
「いえいえ。僕の方こそ、皆さんの言うように邪魔になっても困りますし、少し荷物を減らしてみますね」
そんな二人の様子を、面白くなさそうに見ている者がいた。
他ならぬみゆりである。
(何ですの!?あの親しげな空気はっ!?いくらご学友だからって、あれでは私が望月さんにお話に行けないではありませんの!!)
実際二人は親しげにしているつもりなど全くない。単に到が他人の面倒見がいいだけで、以前友美に銃を渡したのと同じことをしたに過ぎない。そもそも彼らの場合、友人ましてや親友という表現よりも、幼なじみや腐れ縁と言った方が正しいのだ。
が、みゆりは到が友美に銃を渡したことを知らないし、到のことを胡散臭いと信じて疑わないので、そう見えたのだ。
(頭に来ますわ!チェイニーさんもといルパン三世を相手にしている暇はありませんわね。私も望月さんに近づけるように何か作戦を立てませんと…。やはり真のライバルは天野さんでしたわ!)
キュッと唇を結んで到の背中を見ていると、彼は視線に気づいたのか、幸広との会話を中断し振り向くと、肩をすくめてみせた。みゆりは顔をしかめたが、幸広も到に釣られてみゆりを見て、
「どうしたんだ、そんな怖い顔して」
と声をかけたものだから、今度はそんなに怖い顔だったかとショックを受けた。
しょんぼりするみゆりに、
「まるで百面相だな」
とラファエルが笑う。しかし中身はラファエルだが、外見が少女に笑われたことがおかしくて笑ってしまった。
「何がおかしいんだ?」
ラファエルの問いにみゆりはまた笑った。
「何でもありませんわ」
☆ ☆ ☆
一方。クロウは闇の塔の最上階にいた。
「……フッ。やっと…、やっと闇の力を手に入れた…。全てを呑み込む力…!!」
右手を挙げて負の力を集める。
「目覚よ…。我が下僕達…」
言葉と共に、床からスケルトンやゾンビが次々と生まれてくる。クロウは満足気に笑った。
「待っているぞ、シェル…。この大群を打ち破れるかな…?」
☆ ☆ ☆
『おい、女!聞こえてんのか!?テメーいい加減にここから出しやがれっ!』
「………は?」
綾子は誰かにそう言われた気がして、思わず声を返した。けれど本当に言われたわけではないことくらい、もう感覚で解っていた。なぜなら声がしないのだから。
耳で音という認識で捉えているのではない。頭の中に、その言葉が響くのだ。あたかも誰かに言われているかのように。それは今までにも度々あったが、これだけはっきり聞こえたのは初めてだった。
「どしたの?綾子」
「や、別に…」
「ふーん?」
平静を装うが、声を聞く時はいつも決まって胸が苦しくなる。
(ったく…なんだってんだ…)
綾子は胸のクロスペンダントをきつく握り締めた。
その手の中から漏れる光に気付いていたのは、ラファエルと幸広だけではなかった。