第六章 想いを胸に ―リーナ編2―
リーナはラファエルと共に風天使の住む神殿に来ていた。風天使でありながら、一度としてきたことのない場所だ。今までにないぐらい緊張する。
「何者!?」
神殿に入ろうとした途端、後ろから風天使に呼び止められ、あっという間に数人に囲まれてしまった。
「えっ、えっと…」
なんと説明すればいいのだろう。いきなり「ここにいる少女は神ラファエルの生まれ変わりで、自分は導士として選ばれた。これからクロウを倒しに行くので、風天使長の宝具であるエルフのマントをお借りしたい」なんて、信じてもらえるかさえ疑わしい。
しかしそんな心配無用だった。
「あなた…、リーナちゃん!?」
女天使の言葉にすぐにはピンとこないリーナ。なんで自分の名前を知ってるのだろう。それにこの人、自分とどことなく似てるような…。あ!
「…お母さん?」
「やっぱり!!どうして人間の子と一緒に?」
「それが…」
母は自分が3つになる前に天界へ行った。だからすぐには思い出せなかったのだが、よく母は自分が娘だとわかったものだ。
ここに来たわけを説明すると、母はあっさり信じてくれた。
「こどものことは信じるのが親ってものよ。さっきはごめんなさいね。最近魔物の出没が多くて警備を強化してるのよ。お詫びといっては何だけど、長様の所へは私が案内するわ。これでも私警備隊長を任されていて、それなりに信頼されているの。私からもお願いしてみるから」
母は副隊長に後を頼むと、長の部屋に案内してくれた。
神殿の中は窮屈さを感じさせない、風と光の入りやすい造りだった。人間界の建物よりも気分が安らぐ。
「そういえばリーナちゃん…。その魔気は正天使になったってことよね?相手の男の人ってどんな人?こどもはいるの?」
ぶしつけに聞かれ、リーナは思わず吹き出した。
「こっ、こどもって…、まだ結婚すらしてないのに」
「……?片思いってこと?」
「…どうなんだろ?」
戦いの後に話があるとは言われたが、まだ何も言われてないことも事実だ。
「大丈夫だ。誰が見ても二人は両思いだから」
「だといいけど」
「…?両思いなら二人とも正天使のはずでしょう?そしてその時点で結婚することが掟で決められているでしょう?」
母は怪訝な顔をした。
「彼、まだ十二歳だから器が足りないみたいなの」
「なんですって!十二歳!?あなたより二つも下じゃないの!あなた本当にその人がいいの?」
「うん…。大好き、なんだ」
彼以上に好きだと思える人にはもう逢えないだろう。それぐらい彼の存在が大きくなっていた。いつの間にか。
「そう…それならいいんだけど」
動揺しながらも、自分を信じてくれることが嬉しい。自分もいつか、彼女のような母親になれるだろうか。
「ここが長様のお部屋です」
母は巨大な扉の前で立ち止まった。
「失礼します」
軽く叩音して扉を開けると、室に立派な椅子に座った男の姿があった。彼は立ち上がり会釈した。
「こんにちは、友美さんにリーナ。あなたたちのことは風が教えてくれました。エルフのマントをご所望なのですよね?」
「これは話が早い」
ラファエルが長をまっすぐに仰ぎ見る。
「長様、私からもお願いします」
「安心しなさい、イリス。元よりそのつもりだから」
「左様でございますか、ありがとうございます。良かったわねリーナ」
彼は身に付けていたマントを外し、リーナに渡した。あんまりすんなり貸してくれたので、リーナは疑心暗鬼でマントを眺める。
「疑ってるのかい?安心しなさい、ちゃんと本物だよ。君は導士だ。聖戦士を導く役目がある。協力しないわけにはいかないだろう。それより問題は炎天使だな」
「ルシフェルのこと!?」
彼も宝具の炎の腕輪を借りるため、チェイニーと炎の神殿に向かったのだ。
「こう言ってはなんだが…炎天使の長はちょっと融通が利かないところがあってね。彼が長と対等或いはそれ以上の力を持っていると示さない限り、借りるのは至難の業だよ」
「そんな無茶な…!」
正天使でさえない彼に長と同等の力などあるわけがない。宝具が無ければそれだけクロウとの対決で不利になる。
「ルシフェル…」
今頃どうしているだろうか。早く会いたい。リーナはそんな想いを募らせた。