第六章 想いを胸に ―ルシフェル編―
『伝えたいことがある』 なんて言うつもりはなかったけど、勝ち気な彼女が自分のことで泣いてくれたのを見て、たまらなく愛しかったから、言葉に出てしまった。
(つーか…あんな言い方したら何言うかなんてバレバレだし…っ。くっそ、だんだんハズくなってきた…)
ラファエルに回復呪文をかけてもらいながら、ルシフェルは思った。それに追い討ちをかけるように
「いやぁ、息子が初めて彼女を連れてきた時って、こんな気持ちなんですね、きっと」
「…到、おまえじじくさいぞ」
「でも何となくわかるよ。妹が嫁に行く、みたいな?」
などと勝手なことを言う到と綾子。
「ちょっと、話飛躍しすぎよ!何で嫁…っ」
「なりたくないんだ?」
「そりゃなりたいけど…じゃなくて!」
「はいはい、ごちそーさま」
綾子がリーナをからかう。リーナの口からなりたいと聞いて、今更ながらに実感が湧いてきた。
(そうだよな…。正天使になるって事は、他人を愛するって事で…つまり…わーーっ)
顔から火が出るとは正にこのことを言うのだろう。
それにしても。彼女が正天使になったのは、自分を好きでいてくれているということだから嬉しい。けれど悔しくもある。男としてはやっぱり守る立場でいたかったのだが、正天使になり新たな力を手に入れた今、自分より彼女の方が強いだろう。後もう少し早く生まれていればと思うが、こればっかりはどうしようもない。
一行は再び歩き出し、魔物を倒しながら橋を渡りきる。島に足を踏み入れるが、晴天であるにも関わらず島には濃霧が発生している。何とも奇妙な場所だ。
「不気味なところですね…」
到が一歩前へ進む。と、霧の中から男が吹き飛んできた。到は男とぶつかり下敷きにされてしまった。
「あー、ビビった。こんな所に人がいるとは」
飛んできた男はケロリと立ち上がるが、反対に到は痛そうにのろのろと起き上がった。
「僕だって、まさか人が吹き飛んでくるなんて思いませんでしたよ」
到がしかめっ面をした。よほど痛かったのだろう。
「お兄ちゃん!」
「博さん!」
真由美とみゆりが同時に叫ぶ。
「ええっ!?じゃあこの方が博さん?!」
確かに真由美やみゆりから聞いていた通り、首にはフューカと思われるものを下げ、腰には大剣をさしている。長身で、黒と赤を基調にした戦闘服やマントをしていた。年も到や幸広と同じくらいで、真由美より少し年上といった印象だった。
が。本当に兄弟か?と思うほど、二人は全く似ていなかった。
髪の色からして、真由美の派手な茶髪に対し、博は黒髪なのだ。真由美の髪は地毛で、両親共茶髪だと聞いていたのだが。
「隔世遺伝でも起きたんでしょうか…」
到が博と真由美を見比べると、博は自分のトサカのような髪を引っ張った。
「ああ、これか?俺、髪染めてるから」
「はぁ!?」
黒髪から茶髪はともかく、茶髪から黒髪に染めるなんて聞いたことがない。
「前人未到の地を行く男なんだ」
「変人なだけでしょ…っ」
真由美が怒る。しかし真面目に聞く様子は微塵もない。
「おー、真由美。元気だったか?ゆっきーにみゆも。久しぶりじゃけんのー」
「その呼び方やめろ…っ」
「え?だめ?クッキーみたいでかわいくね?」
「なんでお菓子と一緒にするんだ…っ」
「大体、じゃけんのーって何ですの?」
「知らねーのか?方言だよ。今マイブームでさぁ。これが俺流の挨拶だ!」
「そんな挨拶、せんでええわ!!」
ツッコミどころ満載の博にペースを狂わされる。
「つーか真由美、こんなとこで何してんだよ」
「お兄ちゃんを探しに来たに決まってんでしょ!?三年も戻ってこないし…、私とお母さんがどれだけ心配したか、わかってんの?!」
「ふっ。真由美、俺がそんな簡単に死ぬように見えるのか?」
「そんなカッコつけたって、飛竜に乗ったら気絶するくせに」
真由美が飛竜と言った途端、博の顔が青ざめた。
「うわぁーっ、やめてくれーっ。俺は飛竜が大っキライなんだー!!」
「なんだコイツ…」
「PTSDか?」
「望月さんにカウンセリングを頼んだ方が良いのでは…」
博はまだみっともなく騒いでいる。
「畜生親父め!一人じゃ寂しいからって、俺をあの世に連れてくつもりだな?!ああ、俺はもうダメだー」
「勝手に殺すなー!!」
「それよりおまえ…なんでいきなり吹っ飛んできた?」
「お。よくぞ聞いてくれた」
幸広が話題を変えると、先ほどまでの騒ぎがウソのように自慢気に語り出す。
「実はな…、さっきまでラスボスと戦ってたんだよ。いやー、さすがラスボスだけあってなかなか強…」
「なにーっ!?」
「どーしてそれを早く言わないのよ!?」
今この場にクロウがいる。全員(博以外)の緊張が高まる中、霧の奥から何者かが近付いてきた。そしてはっきり見える位置まで来ると、こちらにじろりと視線を送った。
「これはこれは。暇つぶしのつもりがまさか聖戦士まで集まるとは。いいだろう。まとめて相手をしてくれる!」
その人物こそクロウだった。彼は黒の髪と瞳を持つ美少年で、どことなく綾子に似ていた。綾子に弟がいたらこんな容姿をしていたかもしれない。
クロウは大きな黒い翼を広げると、博に向かって言った。
「まずはおまえからだ。私の攻撃を、いつまでもかわせると思うなよ」
「あっちゃー。しゃーねぇな。本気だすか」
面倒臭そうに剣を構える博。
「ふざけやがって…」
クロウは両手で闇のエネルギー体を作り出した。しかしそれは次の瞬間忽然と消えた。
「?!何…!?」
クロウの手元を凝視していると、
「うぉっ!?」
という声がした。地中から現れた闇が、博を包み込んでいる。
「お兄ちゃん!」
「くそっ!!」
せっかく出会えたのに、目の前でやられてしまうなんて。
「ふはは。意外にあっけなかったな。所詮人間とはこんなもの」
誰もが博は死んだと思ったその時。
「どこ狙ってんだ?」
博はクロウの背後にいた。心臓を大剣で突き刺して。
「がはっ!き…貴様…ッ!」
「言っただろ?本気出すってよ」
「…ちっ」
クロウは息も絶え絶えに転移魔法を唱えた。
「これで勝ったと思うなよ…っ」
そう言い捨てると、何処かへ去ってしまった。