第五章 五大都市 ―ルシフェル編―
ルシフェルは到、リーナ、みゆりと共に、兄がいるという“赤い月”へ向かった。トランスポートで物質都市へ行く。だんだん緊張が高まってくる。
今、真由美は優にもう一度稽古を付けてもらっているし、幸広は旅に出る前に片付けることがあると言って家に残った。その片付けることがなんなのか、全く思い当たらない。“誰かと約束”して旅に出ることを前から決めていたのなら、今更片付けることなど何もないだろうに。
ただ、彼が仲間になったことは本当に心強いと思う。史書があるのなら、綾子を救う方法がわかるかもしれない。わずかではあるが希望が見えてきた。
「着きましたわ」
多くの店々が並ぶ通りに“赤い月”はあった。外観は一軒家のようだが、人の出入りの激しさからすぐに店だとわかった。
中に入ると、天使とパートナーの人間が一緒に大勢買い物に来ていた。しかしその中に買い物客でない女天使を一人見つけた。
―――あの接客してる女がセラフィか?
紫の髪と瞳。雷天使だ。
「あ、いましたわ。セラフィさん」
みゆりがその女に声をかけた。やはり彼女がそうらしい。
「みゆりちゃん?どうしたの?あ、そこの人たちお友達?」
「紹介しますわ。こちらは望月さんの同級生で、天野到さんです。それから妖精のリーナさんとルシフェル」
「そうなんだぁ。そう言えば千慧ちゃんから聞いたことあるよ、天野君のこと」
「えっ。先生は僕のことなんて?」
先生とは、昨日言っていた大学時代の助教授だろうか。
「えーっと…、いかにも理工学部生といった感じの生徒だったって」
「………。理工学部生は、みんなそうなんじゃないですか?千慧先生の独自の理論や思考は相変わらずみたいですね」
「あははー…。スィフトちゃんもなかなか大変みたいだよ」
セラフィは聞き慣れない名前を口にした。
「スィフトさん?…どなたですか?」
「今千慧ちゃんと住んでる地天使だよ」
「へー…。あの千慧先生が、よく承諾しましたね」
「それがね、尊敬してる人に頼まれたんだって。それによっぽど彼女が気に入ったみたい」
「そうなんですか。僕も今度、久々に千慧先生を訪ねようかな」
「そうだよー。望月君と一緒においでよ」
セラフィが到を見てニコッと笑った。人の良さそうな笑みに性格が滲み出ている。
「望月君とも親しいんですか?」
「うん、私久美と暮らす前、城で王女の話し相手務めてたの。望月君はその頃王女の家庭教師してたから、よく会ってたんだ。久美に紹介してくれたのも彼だしね」
家庭教師?到の話だと精神科医だったはずだが。
「家庭教師、ですか?」
到もきょとんとして聞いた。
「副業みたいなものよ。でも最近じゃあそっちの方が名が売れてきてるみたい。カリスマ家庭教師って。そのうち転職したりしてね」
「…何なんだ、そのカリスマって」
「アイドルじゃあるまいし…。てゆーか、女心わかんないから精神科医に向いてないのかもよ?」
「家庭教師になんてなったら、他の女の子に目を向けてしまうかも…!私が一番お慕いしている自信がありますのにっ!」
「あははっ。望月君がロリコンでもない限り、中学生を相手にするなんて有り得ないですよ。彼、今年で十八なんですよ?」
「まあっ!私が子どもだと言いたいんですの!?」
到とみゆりが言い合いを始めた。みゆりは確か今年で十四と言っていた。それを考えると到の意見ももっともだと思う。
「みゆりちゃん、落ち着いて。何か用があったんじゃないの?」
セラフィが割って入る。みゆりは本来の用件を思い出したようだ。
「そうでしたわ。ルーファウスさんにお会いしたいのですけど…」
「ああ。彼なら二階の部屋にいるよ。案内してあげたいけど、店がこの状況だから…」
「気になさらないでください。私達だけで行きますから、セラさんはどうぞお仕事を続けてくださいな」
セラフィと別れて二階へ上がる。三つある部屋のどこにいるのか迷ったところで、一番左の部屋から兄本人が出てきた。
「やぁ。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「……兄さん……」
「連れの方も中へどうぞ。積もる話もあるだろうから」
兄は微笑んで自分たちを中に招き入れた。部屋に内鍵をかけ、突然人間サイズの姿になった。羽も翼に変わっている。
「な、何ですの!?」
「さっきの姿じゃ、お茶も出せないからね」
天使は天界にいる時やエネルギー源の魔石を持っている時は、人間と同じ大きさになる。そして羽の代わりに翼が生えるのだ。もっとも、兄が本当にノエルの生まれ変わりなら、持っているのは星のカケラかもしれないが。部屋のどこかに隠しているのだろう。
ルシフェルが部屋を見渡す視線に気付いたのか、彼は棚の上からカケラを持ってきた。
「カケラを見たいんだろう?ほら、これがそうだよ。綺麗だろう?まぁ、君たちは見ることしか出来ないけど」
兄の口調は以前と少しも変わらなかった。口調だけじゃない。立てた髪も、伏し目がちなところも何も変わっていなかった。けれど、前とは何かが違っていた。それが何かは解らなかったけれど。
「……やはり、あなたはノエルさんだったんですね…」
「…なんで、洞窟を襲った?」
今、こうして兄が生きていることは嬉しい。それでも、それを仕組んだのは他ならぬ兄だ。
「ライラから聞かなかったかな?計画を実行するためだよ」
「………!!」
ライラの言っていたことは嘘じゃなかったのか。
「計画って…。ラファエルの記憶を戻すことか?」
「それもあるけど他にも…ね」
「他に…?」
解らない。兄が何を考えているのか。
「ここが安全だと思っているのなら、それは間違いだよ。もういくらもしないうちに、それは崩れる」
「どういう意味ですの?」
みゆりが尋ね終わるか否かで、乱暴にドアを叩く音がした。
「ルーファウスさん!大変だよ!三大兵器が全部作動しなくなったみたいなの!」
「なんですって!?」
ばかな。機能停止だって!?誰かの陰謀なのか?…まさか。
「やれやれ…。結局お茶は出せずじまいだったね」
兄は妖精の姿に戻り内鍵を開けた。
「…じゃあ、私は店に結界を張って、セラフィと一緒に住民をここに非難させる。街に入り込んだ魔物の始末は任せるよ」
「待てよ!まだ話は…」
「ルシフェル!人々の救助が先です!早く!」
外からは街人が叫びうろたえる声が聞こえてくる。おそらく彼らには魔物と戦える力はないだろう。
「ちっ。わかってるよ!」
ルシフェルは到の後に続き、外に出た。