第五章 五大都市 ―ルーファウス編―
あの日王女を助けたのは偶然だった。勿論セラフィと会ったのも。
王に呼ばれ、褒美に何が欲しいか聞かれたとき、セラフィは言った。
『褒美など何も望みません。ですがもし、王様が少しでも私達の存在を認めてくださるなら…私達の身の安全を保証して下さい』
彼女の意志を讃えた眼差しは、リズとよく似ていた。だからなのか。思い出してしまった。あの時のこと。
「…引き留めては、くれないのね」
リズの、藤色の緩やかに流れる髪が、風をまといふわりと揺れた。だがそれは消えそうなほど小さく、微かで。
「…引き留めて欲しかったのか?」
私がそう返すと、彼女は寂しげな顔を見せた。
「…意地悪な人ね。あなたって」
その寂しさは、誰に向けられたものだったのか。彼女自身?私?それとも。
「……ス様。ルーファウス様?」
シヴァの声で現実に引き戻された。
「どうかされましたか?」
「いや…。昔を思い出していた。いくら思い出したところで、あの頃には戻れないのにな」
「そりゃそうだ」
いつの間に来たのか、時天使のネサラが壁によしかかって立っていた。紺色の髪に黒い翼、表情の読み取りづらい細い目が特徴の男だ。
「いきなり現れるとは、趣味が良くないな」
「何を今更。オレはそんなことを言われるためにここに来たわけじゃねぇぜ。用件はわかってるな?」
そう言うと、男にしては少し長めの髪をかきあげ、不敵に笑った。
「…もうすぐだ。既に闇の封印も導きも、彼らの手元にある」
「ハッ。あんな雑魚相手にそれが必要とはな。お笑いだぜ」
ネサラが嘲弄した。シヴァと共に話を聞いていたライラが眉根を寄せる。
「雑魚って?」
ライラはクロウと面識はない。あの頃私に仕えていたのは彼女の祖父のラムウだった。
「あんな奴、俺なら二秒で消せるぜ?ラファエルやシェルが倒せなかったのは、変に負い目を感じちまったからさ」
「優しすぎたってこと?」
「優しい?フン、くだらねぇ。そんなモンで世界が救えるか?愚かしいにもほどがあるぜ。そんなんだから、なーんも知らずに死んじまうのさ」
ネサラの言うとおり、彼らは何も知らない。だが知らないことで道を繋げることが出来る。だからこそ、ラファエルに真実を知らせることは出来ない。
「…史書を持つ幸広が、うまく事を運んでくれるだろう。あれには大方の真実と計画が書かれている。おまえもそのうち会いに行ったらどうだ?」
「おい、そりゃ嫌味か?俺があいつが気に食わないの、知ってたと思ったんだが」
眉間に皺を寄せるネサラ。
「君が気に食わないのはスルーフであって、幸広ではないだろう。スルーフだって良かれと思ってしたことなんだ。あまり嫌っては可哀想だよ」
「ふん。昔からアイツをひいきしてたおまえに言われたくねぇな」
ネサラはますますふてくされた。しかしこればかりはしようがない。彼のスルーフに対するムカつきは逆恨みですらない。にも関わらず、嫌がらせをされているスルーフの肩を持つのは当然だ。そもそも、昔からスルーフをひいきしてきたつもりもない。
「まぁいい。おまえの弟がもうすぐ着くぜ。俺はもう帰るから。せいぜいがんばんな」
彼は私を一瞥し、過去に帰っていった。
ライラがシヴァに詳しい説明を求めている。その二人をぼーっと眺めながら、よくネサラをたしなめていた女の姿を思い出した。