第五章 五大都市 ―真由美編―
真由美は午前中優に武術の稽古を受けていた。このところ自分の無力さをひしひしと感じていたからだ。
綾子やみゆりは西国一の剣士と名高い巧に剣術を教えられてきたし、友美は普段はともかく、ピンチの時はラファエルと人格が交代するので死ぬことはない。到も攻撃方法は変だが敵を見事に倒してきている。それに比べて自分は誰かに武術を習ったこともなく、一番戦闘能力は低いのだ。
午後になって道場にリーナ達が迎えに来た。望月なる人物に会いに行くためである。未だ手の放せない綾子には事後報告になってしまったが。
優の道場から徒歩で十分とかからずに彼の家に着いた。
真由美は思わず「でかっ」と叫んだ。彼の家に来たことのないというみゆりも口をぽかんと開けている。学生時代何度か彼の家に来たことのあるという到だけが平然としていた。
昨夜到が「彼は武術都市に一人暮らししている」と言っていたので、てっきりマンションかアパートを借りているのかと思っていたのだが、予想に反し彼の自宅は一軒家だった。しかも世間一般の家よりかなりでかい。真由美や到の家の二倍はあるだろう。家に入る前に門があり、レンガ色の壁をしたいかにも上品な造りの家。その周りには立派な大木が数本立っていた。どう見ても一人暮らしには広すぎる。
「この家は元々、彼が家族と住んでいたんですよ。今はみんな地方で働いていていないんですけど」
だったら引き払ってもっと小さい所を借りればいいのに。維持費と掃除が大変そうだ。無駄に広いとはこのことを言うのだろうか。
到がインターホンを押すと、若い男が出てきて門を開けた。
「来たか。とりあえず上がって」
この男が望月(下の名前は幸広というらしい)なのだろう。しかし――自宅もそうだが、彼自身も真由美の想像からかけ離れていた。到より頭が良いと言うから、黒髪眼鏡のいかにもインテリという男かと思ったのだが、髪は明るい茶髪だし、眼鏡もかけていなかった。顔立ちも確かに知性は感じられるが、がり勉には見えない。自分の父は不良?茶髪学者だったが、みゆりが尊敬していることからしてもそう変な人間ではないだろう。
適当に座るように言われ、リビングのソファーに腰掛ける。当然ながら中も広い。一階は吹き抜けで、天井には大きなシャンデリアがある。リビングにある大階段から二階に行けるようになっていて、見上げると部屋が五つほど見えた。社長令嬢のみゆりが自宅として使っているスペースにも勝る規模だ。一体彼の親は何をしている人なのだろう。もしかして、みゆりよりもすごい金持ちの御曹司なのだろうか。
友美は着いてすぐ床に寝転がって眠りについた。時々倒れるように、そして死んだように眠る友美が心配だ。
みゆりはというと、コーヒーを入れにキッチンに行った幸広を手伝っている。それを見て到がニヤニヤした。
「いやー、望月君もやりますよね」
「何がだ?」
幸広がコーヒーを持って現れた。到がわざとらしく何でもないという顔をする。
「いえ、別に。それより博さんのことですが」
「ああ、おまえの電話では妹が来るという話だったが…。君がそうか?」
「えっ?あ、うん、そう」
突然自分に話題を振られ、真由美は慌てて答えた。
「…そうか」
幸広の微妙な沈黙が気になった。だがみゆりが残りのコーヒーを持ってきたことで、その疑問はすぐに頭から消え去ってしまった。
「博さんの行き先をご存知ですの?」
「西の島に行くと言っていたが」
西の島というと千年前天界があったと言われる場所だ。兄はそんな所まで行っているのか。
「ところで望月君。ロッドを持っていると聞いたんですが」
「ああ…。ホーリィロッドか。その存在を知っているということは、おまえが聖戦士であることに間違いないな」
幸広は淡々と話す。
「博さんから聞いたんですか?聖戦士のこと」
「いや。ロッドと共に千年前の歴史を綴った史書が残っていたんだ。私の祖先であり、前世のスルーフが記した物らしいが…。あれほど詳しく書かれている史実はまずないな」
「ええっ!?そんなのがあんの!?」
自分も父からローグの大半は聞いていたが、それよりも詳しい事実を彼は知っているというのか。
「何で教えてくれなかったんですか!君ばっかり知っていてズルイんじゃないんですか!?」
到が憤慨する。真由美でさえ内容が気になったのだから、学者の到は余計なのだろう。怒り方がいつにも増して理不尽な気がする。
「大体、先生方とも調査に行ったそうじゃないですか!同じ聖戦士だっていうなら、何で僕だけ別行動なんですか!?」
そんなこと言われても望月が知るわけないだろうに。―――が、彼はその理由さえも知っているようだった。意味ありげに一言、
「……おまえは、あっち側の人間だからな」
そしてコーヒーを一口飲んだ。
「…“あっち側”?」
「いや…。何でもない。それより旅に出るのなら私もついていこうかと思うんだが…。回復魔法が使えるから、少しは役に立つだろう」
幸広は到にろくな説明もせず、早々に話を切り替えた。
「まあ!それは心強いですわ!」
「今回のことも色々知ってそうだしな」
みゆりとルシフェルは手放しで喜んだが、真由美は彼が何故旅に出ようと思ったのかわからなかった。
「それは嬉しいけど、なんでわざわざ?義務感でなら来ることないよ」
この旅には命がかかっている。だからこそ、義務感で来るのなら良くないと思ったのだ。
だがまたしても彼は意味深なことを言った。
「そうじゃない。理由は色々あるが…、あえて言うなら約束したから…かな」
「約束…?誰と?何の?」
「今はまだ言えない。だがこれは私の意思だ。私は義務感なんかで命を賭けるほど、物分かりは良くないからね」
彼が何をどこまで知っているのかはわからない。けれど彼は信用出来る。それはただの勘かもしれないけれど、それでも彼を信じようと思った自分を信じる。
「私もいいよ」
「僕も勿論OKですよ。消された歴史について、全部教えてもらいますから覚悟してください!」
「…まぁ、ぼちぼちな」
幸広は少し間を置いて答えた。