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第五章 五大都市 ―到編―

図書館や市役所の建ち並ぶ街の一等地に、学校と見違えるほど大きくて立派な建物があった。みゆりはそこを指していた。

「…なんの冗談だよ」

みゆりの家はもっと街から離れた住宅街にあっただろう?と綾子が言った。

「冗談なんかじゃありませんわ。事業が成功したので新築しましたの」

到は彼女がマスコミ関係の仕事だと言っていたことを思い出した。

「一階が出版社、二階が事務所、三階が自宅ですわ」

自宅を別にしなかったのは、この辺の売地がここしかなくて、自宅だけ住宅街だと往来に不便だからと答えた。また、泊まり込みで仕事をする社員も珍しくないので、彼らのために三階の半分をホテル風の造りにし、無料で利用出来るようしているとも。自宅とは内部から仕切って分けているので、同じ階でも入り口が違い、通り抜けは出来ないらしい。今回は社員用の部屋を使ってくれとのことだったが、男の自分からすれば適切な対応だと思う。

「お部屋に案内する前に、お父様にお会いになってください」

彼女の父ということは社長なのだろうが、この奇妙な建物の考案者だと思うと会いたくないような気もしてくる。よくいえば斬新なのかもしれないが。

玄関に入ろうとしたところで数人の女性に呼び止められた。

「ねぇ、ちょっと。あなた、偽綾様追っかけてた子でしょ?そこにいる偽物処分、どうなったの?」

「それが、偽物は取り逃がしてしまいまして…。ですがこちらのご本人に会うことが出来ました」

「その人が本物?じゃあとりあえずサインもらえるかしら」

おそらく二十代後半の女性が、すかさずバッグから手帳を取り出す。

「ちょ、ちょっとまっ…、なんでサイン?!」

「?有名人のサイン欲しがるのは普通でしょ?」

「有名人!?」

綾子は目を剥いた。彼女が女性をナンパするのはいつものことだが、何故見知らぬ女性が綾子を知っているのか?

「雑誌によく出てるじゃない」

「あら、うちの雑誌をご愛読いただいて光栄ですわ」

“うちの雑誌”ということは。

「元凶はおまえか…」

綾子は声を震わせ言った。




みゆりの説明をまとめるとこうなる。

まず綾子が旅に出てすぐ、科学者の研究により、擬似エネルギーを使ったBFS機能制度が確立された。その時、制度の公布から施行まで時間があったにもかかわらず、綾子は一度も五大都市へ戻らなかったため、バリアの解除パスワードを知らぬまま外の人間扱いされてしまった。つまり綾子がいつか戻りたいと思っても、簡単には戻れなくなってしまったのだ。

そのことを心配したみゆりは、取材で外に出る記者に定期的に綾子の行方を追わせ、ここに戻る素振りを見せたらパスワードを教えるようにと頼んでおいたのだ。

だが綾子には全く戻る気配はなく、記者に撮らせていた綾子の追跡証拠写真が手元に溜まる一方だった。それも山のように。

余談になるが、綾子の強さと美しさを敬愛していたみゆりが、暇さえあればその写真を見つめ、顔を赤らめて溜息をつき、周りの人間から本気で同性愛の疑いをかけられたのは言うまでもない。


それはさておき。事の発端はその写真だった。みゆりはその写真を綾子の父にも見せていたのだが、ある時雑誌の企画で彼を――黒崎巧剣術師範を取材する機会に恵まれた。彼の弟子でもあったみゆりはその時の取材にも同行していたのだが、その時彼はこう言ったのだ。

『私の写真を使うのなら、みゆりちゃんがよく見せてくれる、綾子の写真も一緒に載せてくれないかな?親子揃って美人で強いと絵になるしね。その分私の株も上がるというものだよ』

みゆりとしては、本人の承諾もなく、しかも盗み撮りした写真を勝手に掲載するのはどうかと思った。

思ったのだが。

彼の言い分がもっとも過ぎて反論出来なかった。というより反対する気が失せてしまったのである。

けれど絵になったその二人の写真が、どれだけ読者に影響をもたらすか考えていなかった。まさかHPアクセス数が一万件を超え、編集部への電話が鳴り止まない日が来るなどとは。

以後、読者からの要望で二人の写真を定期的に掲載し、あまつさえポスターやら写真集なども販売しているとのこと。


ここまで来ると肖像権どころの話じゃないな、と到は思った。

当の本人の綾子は頭を抱えて『あのくそ親父ーーっっ!!』と喚いている。

みゆりにも問題があるにせよ、事実とはいえ自身を美しく強いと断言した挙げ句、株をあげるために娘を使った父もすごい。いや、あるいは他に理由があるのかもしれないが。到は二年前まで学術都市に住んでいたが、そこでも情報都市の彼の高名さが聞こえてくるほどだった。だからこそ不思議に思う。どこにそれ以上名を売る必要があるのだろうかと。


綾子はわらわらと集まりだした十数名の女性にせがまれ、サインを書いていた。彼女の性格からすると、断ることも出来ずにかなりやけくそでだろうが。そんな綾子を見ながら到は頭をひねった。

何故彼女は旅に出たのだろう。今まで剣術修行のためかと思っていたが、あの高名な父の元を離れてまで外に出る必要があったとは思えない。


綾子がサインを書き終えて、ようやくみゆりの自宅?に入る。

到は好奇心から綾子に旅に出た理由を尋ねたが、返ってきた『父を超えるため』という返事に呆れ果てた。

「そんなに強いの?お父さん」

真由美が問う。東国出の彼女は知らないのだろう。

「そりゃあね。剣術の神様と呼ばれる人ですから。黒崎流剣術を確立し、武術都市で開かれる武術大会では毎年必ず優勝。その美貌と相まって多くの女性を魅了していて、彼目当てで道場に通う女性も少なくないとか」

「有段者のお弟子さんが十人がかりでかすり傷一つつけられませんでしたし」

「僕も観てました。あの剣裁きはなかなかみれませんよ」

だからこそ、彼の剣術を吸収してからでないと『超える』のは難しいと思うのだが。

「……黒崎さんのお父さんって、大物だったんだね」

真由美が自分の父を棚に上げて感心していた。というか多分彼女は自分の父を大物と考えていないのだろう。

入って右の突き当たりにあるエレベーターで二階に上がる。二つ先の部屋――社長室でみゆりが足を止めノックをした。『入りなさい』との返事を受け、みゆりを先頭に全員が入室する。

先客が二人、社長らしき男性とテーブルを挟み向かい合ってソファに座っている。先客の方は自分たちに背を向けていたので顔はわからなかったが、談笑しているところをみると仕事相手というわけではなさそうだ。

社長とおぼしき男性が立ち上がり、みゆりに『お客様かい?』と尋ねた。そしてこちらを見て目をしぱしぱさせた。初めは外に出ていた妖精二人に驚いたのかと思ったが、彼の目は明らかに綾子に向けられていた。

並んで座っていた二人の先客は、

「じゃあ、僕たちはそろそろお暇するよ。結構長居しちゃったし」

「今度は是非みゆりちゃんとうちに来てくださいね」

といって部屋を出ようとこちらを振り返った。そしてやっぱり綾子を見て目をしぱしぱさせた。

綾子はというと、まるで見てはいけないものを見てしまったとばかりに、思い切り目を逸らす。

「あら、巧さんに優さん。来てらしたのですね。ちょうど良かったですわ」

そこにいたのは黒崎巧――綾子の父親と、黒崎優――綾子の母親だった。

巧は二年前に見た時と同じ美貌を誇っていた。黒髪を長めに伸ばし、穏やかそうな黒い瞳を向けて微笑む姿は、綾子とよく似ていた。

整った目鼻立ちで端正な顔をしている。それだけだと一見優男風に見えるのだが、意外に広い肩幅とゴツゴツした手がどことなく強さを感じさせる。上着の上からではよくわからないが、鍛え抜かれて引き締まった身体をしているのだろう。巧に人気があるのも頷ける。

隣にいる優は少し垂れ目だ。綾子の目は母親譲りらしい。長い茶髪を太い三つ編みにしている。二人とも三十代だろうがともすれば二十代にも見える若々しさだ。

「……なんっでおまえがここにいる!!」

綾子がげっ、と顔をしかめた。

「なんでって、僕とみゆりちゃんのおじさんが幼なじみだって知ってるだろう?ちょっと遊びに来たんだよ。まさか二年離れてる間にそんなことまで忘れちゃったのかい?頼むから父さんより先にボケないでくれよ」

「そうじゃねぇ!こっちにだって心の準備ってもんがあんだよ!」

「僕だってそうだよ。綾ちゃんに会ったら一番最初にハグしてあげるって決めてたのに、タイミング逃しちゃったじゃないか〜」

「要らねーよ!」

「また照れちゃって〜。いいよ、いいよ。今からでも遅くないから僕の胸に飛び込んでおいで」

巧は綾子の前に両手をいっぱいに広げた。

「殺すぞテメェ」

「おーこわ…。聞いた?優。綾ちゃんがイジメるよ」

「綾ちゃん、お父さんをイジメちゃダメでしょ?お父さんはね、本気で心配してたのよ。綾ちゃんがボケてお父さんのことを忘れちゃったんじゃないかって」

心配することがかなり間違っている。しかも大真面目に言ってる辺りどうかと思う。

「だから、なんでそーなるんだよ」

「だって、一度も家に戻ってくれなかった…」

しょんぼりする巧はただの親バカだ。二年前、『私の剣は誰にも負けない』と言ってのけた姿は微塵も感じられない。

「可愛い子には旅をさせよっていうから何も言わなかったけど、本当は辛かったんだぞ。だからせめて紙の上だけでも一緒にと思って、みゆりちゃんに写真を…」

なるほど、娘の写真を一緒に掲載させたのはそんな理由があったのか。

「え…?だから引き留めなかったのか?じゃあなんで母さんの時は…」

「引き留めるも何も…。それが優の長年の夢だったんだ。今まで優が僕の剣の道を支えてくれたように、今度は僕が応援してあげたいって思うのは当然のことだろう?」

「巧…」

夫婦は熱い視線で見つめあった。

「あの〜…。もしもーし…」

真由美の呼びかけでハッとした優が慌ててまくしたてる。

「そ、そうなのよ!武闘の教室を開くのが学生の頃からの夢だったの!本当はもっと綾ちゃんが大きくなるまで待ちたかったんだけど、武術は体力がついていかなくなったら終わりだし…」

「聞いてねーよ、そんな話!」

「あれ?そうだったか?」

「そうだよ!つーか、だったらなんで母さんちに連れてってくれなかったんだよ!?」

「?綾ちゃん連れてってくれって言ったっけ?」

「…言ってねーけど」

「優ってばさ、同じ情報都市だと商売敵になるから嫌だって、武術都市に住んじゃうんだもん。今みたいにトランスポートが使えない頃だったから、魔物のうじゃうじゃいる外を通らなきゃいけなかったんだよ!?」

「子連れで戦うのは危険ですもんね」

「違うよ!綾ちゃんのことを守りきれる自信はあったけど…、十にも満たない綾ちゃんに、魔物の首を切り裂くシーンを見せたくないだろぉ!」

「そ…、そんな理由…、何も言わなかった…。私がどんだけ…」

泣き顔で精一杯言葉を紡ぐ綾子。

「綾ちゃん…。寂しかったのね。ごめんね…」

「今からでも遅くないから、さぁ、僕の胸に…」

巧はまたも両手をいっぱいに広げる。

「嫌だよ!みんな見てんだろ!つーかお前の頭はソレしかねーのか!」

「わかった。じゃあ後でこっそり…」

「誰がするか!」

(寂しい、か…)

到は、一人家に残った妹を思う。旅に出てそんなに時が経ったわけではないが、それでもただ一つの心残りだ。

それにしても。妹とは三年しか一緒に住んでいない。それでもこうして愛情を注げるとは。肉親の情とは奥が深い。綾子も多少誤解があったようだが、両親に愛されていて心から良かったと思う。

「ですが何故社長室に?いつもなら自宅の部屋にいらっしゃいますのに」

みゆりの問いに巧が嬉しげに話す。

「ほら、例の企画の件」

「まぁ、そうでしたの」

「なになに、何の話?」

思わずリーナが身を乗り出す。

「綾様を歌手デビューさせようという話が出ておりまして。巧さんにも監修を…」

「何勝手に話進めてんだよ!?」

「まぁまぁ。もう曲も出来てるんだよ。一般公募したんだけど、これが結構集まったんだ」

みゆりの父もあっけらかんと言った。

「公募ってことは全国公認ですか」

「そうそう。この件に関しては向こうの芸プロと提携してるんだ」

「何てことしてくれたんだ!!」

さすが社長。抜け目がない。

「契約金はいくらがいい?百万ゴールドが妥当だと思うんだが」

「百万ゴールドぉ!?嘘だろ!?」

これには到も仰天した。百万ゴールドといえば、小さな家なら一軒建つ額だ。

「黒崎さん、これはやるべきですよ!百万ゴールドあったら最新式ECP装置が買え…」

「誰がテメェにやるか!」

「金のことは別にしても、やってもいいんじゃねーか?どうせしばらくここにいるんだし」

「望月君に会うんだっけ」

「…わかったよ。もう公認してるならしょうがねーしな」

綾子が承諾すると、社長がニコニコして彼女を見た。

「それじゃあ、早速明日から歌撮りだ。今日はゆっくりして明日に備えなさい」

「私達も帰らないと。あ、そうだ。綾ちゃんにこれあげる」

優は首から下げていた十字架のネックレスを外し、綾子に渡した。

「これは?」

「うちに代々伝わるものなの。お守り代わりに持っていって」

「ありがとう」

綾子が首に付けたとき、中央の緑の宝玉が一瞬光を放ったのを到は見逃さなかった。

(なんだ?宝石そのものの光とは違う…。あの輝きは…?)

「じゃあまたね、綾ちゃん」

巧は去り際に綾子のおでこにキスをした。

「またね~みんな」

とっとと退出する二人。綾子はしばし呆然としていたが、我に返り叫ぶのだった。

「あんのくそ親父ーー!!」

どうやら綾子の口説き癖は父親譲りらしい、と到は思った。


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