第四章 謎の行方 ―ルシフェル編―
「ところでみゆり、こんなところで何してたんだ?」
綾子がみゆりに尋ねる。婦警のコスプレで綾子のそっくりさんを追いかけていた、という時点で既におかしすぎるのだが、それをあえて訊く綾子もある意味強者かもしれない。
みゆりはじろりと綾子似の少女を見た。
「この方、綾様の名を語り市民から金品を騙しとっていたのですわ!他の方は騙せてもこの私は騙せませんわよ!」
「……自分で見ても同じ顔に見えるんだけど、どこが違うんだ?」
綾子はさっぱり解らないと唸った。
「何って、オーラが違いますわよ」
どこの霊能力者だおまえは、とルシフェルは心の中で突っ込みを入れた。
「オーラねぇ…。それは真似出来ないな、さすがに」
少女は赤髪の少年の姿になった。
「ああっ、おまえチェイニー!?」
「なんでこんなところにいるの!?」
彼とは転移させてくれた時に別れたはずだが。
「…な、なんなんですのあなたは!?い、いきなり変身なんかして…!!」
一番驚いたのは他ならぬみゆりだった。まぁ、目の前で変化の術を見せられればいやでも驚くだろうが。それはさておきみゆりの暴走癖は彼女を“驚いた”だけにはしてくれなかった。
「…解りましたわ。あなたはあの変装が十八番の大泥棒、アルセーヌルパンの孫なのですね!?そして綾様とは永遠のライバル!!なんて素敵な関係でしょう!けれどいくら綾様に勝てないからって逆恨みはいけませんわ。綾様に化けて市民の小遣い銭をちまちま巻き上げるなんて、あまりにも惨めだと思いません?お祖父様もきっと嘆いておられますわ。大泥棒としてのプライドと名にかけて、正々堂々もっと大金を盗まなければ!」
「……」
この女のぶっ飛んだ思考回路はどうしたものだろう…。
「…とりあえず犯罪勧めるなよ」
「殺人教唆で捕まるんでしょ」
リーナは難しい言葉を知っているが意味をまるでわかってない。
「殺人は違うだろ!つーか捕まるからとか以前に道徳的にだめだろーが!」
「何よ、ちょっと言ってみたかっただけじゃない!天野君も、なんでそんな笑ってんのよ!」
到はツボに入ったらしく、腹を抱えてヒィヒィ言っている。
「…ルパンの孫でも何でもいいけどさ。本題入らせろよ」
チェイニーは説明するのも面倒だと思ったらしい。実際自分もそう思った。どうやらみゆりもかなり強烈な人間らしい。今更(誰とは言わないが)変人が一人増えたところでどうってことない気もするが。むしろどうにでもなれというカンジだ。変人の扱いに慣れていく自分に多少凹むことは確実だが。
チェイニーは持っている大きめの鞄からブーツを取り出した。黒の布地に銀の金具がついている。 「これを届けに来たんだよ。雪天使達に、ちゃんと洞窟に行ってきたって伝えたら、お礼にってさ。綾子にだと思うけど」
綾子は礼を言って受け取ると早速履き替えた。
「あとこれとこれ」
チェイニーは真由美にナックルを、到に濃紫色の小さな石を手渡した。
「ナックルはオレが魔法で造ったんだ。結構うまくいったから使えると思うよ。到に渡したのは光玉から作り出した魔石。何かの役に立つかもしれないから持っとけ」
魔石…か。到が聖戦士なら使い道はあるかもしれない。
「おっ、ブーツなのになんか軽い」
履き終えた綾子は嬉しそうだ。
「風の魔法がかかってるからな。早く渡そうと思ったのにおまえらがなかなか捕まんなくてさ。もうとっくに中にいるかと思ったのに、こんな入り口で何やってたんだよ?」
「あのねっ、カボチャのスープ食べるんだよっ。歌も歌うのっ!」
「……は?」
今の友美の説明で、理解しろという方が無理な話だ。
「シンデレラの馬車カボチャっ、カボチャっ♪」
「歌わんでええっつの!」
いきなり歌い出した友美にすかさず真由美がツッコミを入れる。
「いろいろあって、遅れてしまったんですよ。でもどうして黒崎さんの姿に?」
「いやぁ、赤髪って目立つからさ。これなら到あたりオレが変化してるって気付いてくれるかなって。けど逆に目立ちすぎたみたいでさ。そこの、変な恰好の女…みゆりだっけ?に追いかけられるし、もう最悪」
チェイニーのやれやれという顔に、みゆりも黙ってはいなかった。
「私の趣味にケチ付ける気ですの!?」
「趣味なのか!?」
「危ない趣味ですね」
「人のこと言えるの天野君」
「そうですわっ、貴方みたいなインチキ学者を絵に描いたような人に言われたくありませんわよ!どうせその眼鏡も伊達なのでしょう!?」
………なんでわかったんだろう。やっぱり霊能力者なのか?いや、チェイニーをルパン三世と間違えたくらいだし…たまたま…か?
「みゆりさん…やはり貴方とはいいライバルになれそうです…」
到が不敵な笑みで返す。みゆりの個性に特に動じる様子もなく、状況を楽しんでるかのようだ。そういうところが食えないのだが、他人を犠牲にしてまで何かをしようとする人間じゃない分安心はしてる。現にライラ戦の時、一人で逃げることも出来たのに、一か八かに賭けてくれた。
だが兄は違った。誰も殺してないとか、そういう問題じゃない。兄は仲間の炎天使を襲わせた。“世界のため”に他人を犠牲にした。それが許せない。他にも方法はあったはずだ。オレが導士になることにしたって、兄が生きているのならオレがなる必要はなかったんじゃないのか?――一体何考えてやがる。
「残念ながら、私の当面のライバルはルパン三世ですわ。詐欺まがいのことをして綾様の名を汚すなんてファンとして許せません!即刻警察に突き出してくれますわ!」
みゆりは到を相手にせず、くるりとチェイニーの方を向いてビシッと言っていた。ギャーギャーうるさいみゆりのおかげで、おちおち感傷にも浸れない。
「そんなの、綾子いつもやってるよねぇ?」
リーナが水を差した。
「そうそう、大体あいつらから寄って来たんぜ?変に断って綾子の評判落とすわけにいかねーし。ちゃんとファンサービスしてきたし、いいだろ?」
チェイニーも調子に乗って自分の都合のいいように言い訳する。
「ファンサービス?」
「体で払ってきたんだよん」
「てめ、人の体で何やったー!?」
今まであまり気にしていなかった綾子も、本気で焦る。
「あっはは。ジョークジョーク。じゃ、用も済んだしもう帰るよ。バーイ☆」
無邪気に笑うと、彼は光と共に消えて去った。
「閃光弾で逃げましたわね!?さすがルパン三世!相手に不足はありませんわ!今度遭ったが百年目、絶対に逃がしませんことよっ!!」
神を相手にするにはかなり無謀な気もするが。
「認めない…。あれが神だなんて、私は絶対認めないぞ!」
憤慨する綾子。気持ちはよくわかる。現実全てが何かの間違いであってほしい。
「そうですわ、良かったら皆さん、今日は私の家にお泊まりください。今までのこととかもお聞きしたいですし…」
「そうだな。じゃあ頼むよ」
一行はみゆりの家に向かって歩き出した。