第四章 謎の行方 ―綾子編―
一行は五大都市へ向かっていた。
あの後すぐにラファエルは友美に戻った。
『今回のことで、私の記憶は完全なものとなった。だが友美が認めない限り、これからも二つの人格が交わることはない。無論、有事の際にはおまえ達を助けるが、主人格は友美だ。私が表に出ることは出来ない』
そう言ってうなだれるラファエル。彼自身、今の人格である友美に辛い思いをさせたくないという気持ちと、いつまでも二つの人格で生きるわけにはいかないという、二つの葛藤で苦しんでいるのだろう。どうするのが正しい選択なのか、綾子にもわからない。
「ぎゃー!ちょっとあれ!」
「?」
後ろにいた真由美が叫ぶ。振り向くと、後方に数体魔物が迫ってきている。反射的に剣を抜くが、到がそれを制した。
「放っといても大丈夫ですよ」
「?どういう…」
その刹那、巨大な光の矢が無数に飛来し、魔獣を絶命させていく。
「なっ…」
倒れている魔獣は一体二体ではない。消えていく光の矢を見て綾子は目を丸くした。
「なんなんだ…?」
「対魔物用戦闘兵器ですよ。学術都市の誇る科学技術の結晶です」
そう言えば前に到が言っていたな。それに綾子も学術都市の古代兵器の存在は知っている。それにしてもこんな強力な兵器を復活させるなんて。自分が旅に出ていた間に随分変わってしまった。
「わーいっ。街だぁ、街ー!!」
友美がニコニコしながら駆けてゆく。しかし街に入る直前、何かにゴツンと体をぶつけ泣き出した。
「うえぇんっ。痛いよぉっ」
「おまえ…何とぶつかったんだよ」
近寄ってみるが特に怪しいものはない。
「何にもないよねぇ…?」
真由美も首を傾げる。
「皆さん、よく見てくださいよ」
到がコンコンと空を叩いた。綾子は目を瞬いた。なんで何もないのに音が鳴る?
目を凝らしてよく見ると、透明な壁がドームのように五大都市全体を包んでいた。
「な、なんだありゃ!?」
「あれも対魔物用の侵入防止装置、バリアフィールドシステム、通称BFSです」
「へー。それでどうやって中に入るの?」
「今パスワード入力しますから、ちょっと待ってください」
到は鞄から小さなパソコンを取り出した。
「それで調べんのか?」
「学者の場合、交付される特殊コンピューターである程度の国家機密情報を閲覧できるんです。このパスワードも一般人は見れないんですよ」
「?じゃあ一般の奴は中に入れねぇのか?」
「元々中にいた人なら自由に行き来できるんですよ。僕らは外の人間ですから」
到の説明によると、このBFSは街から外へ出る人間がいなければ解除する必要はないのだが、こんなご時世でも外へ出る人間がいるのだそうだ。そしてその多くは学者と商人なんだとか。
学者は国に研究の成果を報告する義務があり、国は研究助成のため、彼らに様々な権利を与える。今回のパスワードを知る権利もそうだ。
だが一般人はそういうわけにもいかない。ある程度国が出国に関して管理しなければならないのだ。彼らの場合は市役所で出国手続きをしなければならない。これがまた面倒臭い。保証人は必要だし、パスワードを記した紙をもらっても、そのパスワードは3ヶ月に一度は更新される。つまり、その間に戻ってきて新しいパスワードをもらわないと、五大都市内には入れなくなるのだ。
「僕が仲間にいて良かったでしょう?」
得意気な顔をして、パソコンをいじる手を止める。
「えーと。今回のパスワードは“かぼちゃのスープ”です」
「はぁ?誰が考えたんだよ」
まるで子どもが好きな食べ物で決めたような言葉だ。
「一応パスワードは学者が順番で決めてるんですけど…。あ、コメントがありますね。『今回のコンセプトは、自分の大好きなかぼちゃのスープをもっと世に広めようという野望のため!!人民よ!歌いながらかぼちゃのスープを食すべし!チャッチャッチャッチャッ、かぼちゃのスープ♪――以下略』」
「………。あのさぁ、このパスワードって外に出る奴しか知らないんだろ?しかもほとんど学者。どーやったら世に広まるんだよ?」
本当に好きな食べ物で決めていたとは。この学者の精神年齢は相当低いに違いない。
「チャッチャッチャッチャッ、かぼちゃのスープ♪」
友美がニコニコと歌い出す。しかしお世辞にも上手いとは言えない。
「歌わんでええっつの!まったく、誰がつけたのよ、こんなふざけたパスワード…。一度でいいから顔を見てみたいよ」
真由美の言葉で到は更にページをスクロールさせる。そして手を止め、言いにくそうに口を開く。
「……真由美さん、これ決めたのあなたのお父さんみたいですよ」
真由美はよろけて倒れそうになった。
「……あいつかーー!!確かに破天荒な性格してたけど、有り得ないっつのーー!!」
喚く真由美の横で、到はバリアの壁に指で長方形を書く。するとそこにパスワード入力画面が現れた。
「まぁまぁ、いいじゃないですか簡単で。中にはもっと難しいのをつける人もいますからね」
「例えばおまえとか?」
綾子は冗談半分で聞いてみた。
「そうでもありませんよ。僕が以前やったのは[AP=#^jkd@`*:l<・sz]。かぼちゃのスープよりは難しいですけど、覚えられなくはないですから」
到は操作をしながら大真面目に言った。
「覚えられるかーー!!」
「おまえ何考えてんだよ!!」
「よくそんなの覚えてるわね」
みんなが口々に言う。勿論綾子も絶対覚えられないと思う。
「そうですか…。そういうものなんですか…」
到はカルチャーショックを受けたようだ。
「はぁ。こんな時に望月君がいたら少しは話せるのに」
そうぼやくと、さっさとパスワードを打ってバリアを解除した。彼の言う望月とは一体誰なのだろう?
「さ、これで中に入れますよ」
そうだ。そんなことより自分のことだ。[次に帰ったら父と会う]と決めたのだから。
街の中に入ると、すぐにバリアが復活した。どうやら数秒で元に戻るようになっているらしい。
「とりあえず今日は泊まるだけにしない?シヴァとライラの連戦で疲れたし、もう夕方になるもん」
ここは情報都市だ。父にも会えるしちょうどいい。
「ああ、そうだ…」
「こらーー!!止まりなさい、そこの詐欺師ーーっ!!」
耳をつんざく叫び声で、綾子は言葉を呑み込んだ。何か聞き覚えのある声だ。綾子は前方を注意してみた。そしてそのあまりにもおかしな光景に、我が目を疑った。
鏡で映したように自分そっくりな少女と、それを追いかける婦警の格好をした少女がいる。
「な…なんだぁ!?」
呆気に取られていると、二人が同時にこちらに気付き、
「綾子!」
「綾様!」
と叫んだのだった。