第四章 謎の行方 ―到編―
ライラと名乗る召喚獣は右手を前に突き出した。
バリバリバリッ。
荒れ狂う稲妻が仲間達を襲う。
「………ッ」
「…くっ」
例によって魔法耐性のない綾子と真由美は、かなりのダメージを受けた。 到は空気中の電流を集める性質の石を持っている。今の雷もその石が吸収してくれたので無傷で済んだ。しかしこれ以上大きな雷が来ると、さすがに集めきれないかもしれない。
(まぁ、万一そうなったとしても他に手はあるんですけどね…)
「なめんな!」
綾子が傷ついた体でライラに走り寄る。本当に怪我をしているのかと思わせるほど、素早い動きで剣を振るう。
「残念でした☆」
ライラは綾子の剣に雷球をぶつける。そして刃が粉々になったのを確認する間もなく第二撃を放ってきた。腹部に感電による火傷を負い倒れる綾子。
「綾子!」
「うそ…」
リーナと真由美は真っ青になって震えていた。
――無意味な抵抗をするからこういうことになるんだ。ノエルの目的は僕らではないのに。
彼らの目的は、友美の中に眠る“ラファエル”の記憶を呼び覚ますこと。カケラを持っている事を隠していたのに、今回一瞬でもその魔気を放出したのは、自分の存在をチェイニーに気付かせるため。そうすれば必ずチェイニーは僕らと洞窟へ来ると予測していた。そうしてシヴァの攻撃から僕らを守っていたんだ。いくらラファエルの記憶を取り戻すために友美を叩いても、僕達を殺すわけにいかないから。そうしてまんまとラファエルの人格を呼び出した。目的を果たしたシヴァはその場を退いた。
だがラファエルの人格は完全に戻ってはいなかった。だからライラを仕掛けてきたんだろう。
今回チェイニーがいなくても来たところをみると、前回ラファエルの人格が現れたことで余裕が出来たのかもしれない。「あと少し叩けば完全に戻るだろう。わざわざチェイニーという護衛をつけなくても」と。それに「時間がない」と言っていたことも関係しているのかもしれない。
とりあえずは、反撃しなければライラもそれなりにしか攻撃してこないだろう。それにラファエルの人格についても興味がある。
ノエルがなぜそれを必要としているのかは見当もつかない。彼の都合に自分が巻き込まれたことに対する不満も少なからずある。だがそれ以上に知的好奇心の方が勝るのだ。
ラファエルがどんな人間だったのか。本当に世界を創造する力があったのか。千年前とはどんな時代だったのか。彼の人格が戻ればその全てが明らかになる。そう思うと気分が高揚してくる。少しくらい怪我をしたとして、そんなことは全く問題にならない。真実を知る代償としてはむしろ安いくらいだ。
(ま、追い払うことも出来るんですけど…もう少し茶番に付き合うとするか。久々に面白いモノがみれそうだし)
怪我をしている仲間がいるのに不謹慎だがそう思った。
そして実際ライラは予想外の言葉を口にした。
「あーあっ、全然弱っちいじゃん。つまんなーい。人間はともかく、天使二人には期待してたんだけどなー。ルーファウス様の弟っていっても大したことないんだね。こんな電撃で手こずるようじゃ」
「何…だって?」
ルシフェルがどうもくする。
「兄さんと…知り合いなのか!?」
肩の傷口を押さえながら、ライラに問う。
「知ってるも何も、この計画の発案者は彼だもの」
ライラから聞かされた驚愕の事実に、ルシフェルは「嘘だ」と叫んだ。
「だって兄さんは」
「生きてるわよ?ていうかそもそもあの襲撃も、私達が仕組んだものだったのよ」
「…!?…兄貴がそんなことする必要があったとでも?」
話が怪しくなってきた。ルシフェルは故郷を魔物に襲われ逃げてきたと言っていた。だがそれすらも、この一連の事件と関係しているというのか。
「だって、計画を実行するのに周りに人がいたらやりづらいでしょ?だから出てってもらったの。安心して。誰も殺さなかったから」
その言葉に天使二人がキレた。
「ふざけんなよ…。殺さなきゃ、何してもいいって思ってんのかよ!?」
「そうよ!黙って聞いてりゃ、あんた何様のつもり!?」
二人の合体魔法が発動した。リーナの風がルシフェルの炎に加速を付ける。あの速度なら避けることは無理だろうが、彼女も相殺くらいには持ち込んでくるだろう。
「文句ならルーファウス様に言ってよー」
到の予想が的中した。いや、それよりもっと最悪だ。ライラは綾子に放った時と比べものにならない大きさの雷球を投げつけてきたのだ。それは、留まるところを知らない勢いでこちらに突進してきた。
――とはいえ、あれだけ質量があると移動にも負荷がかかる。回避は可能。少なくとも自分と天使二人は。問題は倒れている綾子と腰を抜かしている真由美。
到は一瞬で情報をまとめ、白衣のポケットから銃を取り出す。引き金を引き、雷球に向けてエネルギー砲を撃ち込んでやった。するとそれに呼応するかのように、白い光の矢が同時に雷球を貫いた。
何が起きたのかはすぐに察しがついた。こんな事が出来るのは友美しかいない。
「…いい加減にして欲しいな」
友美が冷たく響く声で言った。
「あなたの記憶が一度で戻れば済む話だったのよ。今度こそ、ちゃんと戻ったんでしょうね?」
「おかげでな。他に用もないだろう?おまえはもう還るんだ」
やはり彼らの目的はラファエルの記憶…。しかし何か腑に落ちない。
「言われなくても還るわよ。ところで弟君。私達の期待を裏切らないように頑張ってね」
それだけ告げると、ライラはいやにあっさり還ってしまった。
「…大丈夫か?」
友美――いやラファエルは、綾子の傍に駆け寄った。酷い出血と火傷の跡を見て、彼は蒼くなった。
「動くなよ。今すぐ回復を…」
彼が呪文を唱えると、綾子の体は光に包まれあっという間に傷が塞がった。今まで息も絶え絶えだったのが嘘のようだ。
「はぁ。助かったよ。にしてもすげーな、魔法って」
綾子は素直に感想を述べてから、何か考える素振りをした。そして真っ直ぐラファエルの瞳を見つめた。
「なぁ、あんた…誰?あいつらとどんな関係が?」
ラファエルはゆっくりと口を開いた。
「友美はラファエルの生まれ変わりだ。通常魔力や霊力の高い者は、来世でもその力を保持し、同時に前世での記憶を持つ者も多い。だが彼女は前世での記憶を友美自身と切り離し、別人格化してしまった。そのラファエルの記憶を持つ人格が私だ」
「別人格化…って、なんでそんな」
「友美さんが思い出したくないからですか?前世で起きたことを」
言った後で、激しく後悔した。ラファエルは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「…全てが間違いだったんだ。多くの者の人生を狂わせてしまった私の罪は、消えることはない。例えこうして来世を生きても」
「後悔…してるんですか?ヴァイスさんを救えなかったこと」
「……それだけじゃない」
彼は呟くように言った。気にはなったがそれ以上訊くのは躊躇われた。綾子もそう思ったのか、話を変えた。
「あの召喚獣は?あんたの記憶を取り戻そうとしてたみてぇだけど」
「友美はなるべく私を出さないようにしていたからな。だから西国へ来る途中、森の中で友美と代わって…。だが友美の状態でクロウを倒すのは無理だ。だから彼らは…。ルーファウスはおそらくノエルの生まれ変わりだろう」
その名にルシフェルが反応する。
「なんで…故郷を襲ったりなんか…。方法なんて、他にいくらでも…」
「それは、君に導士としての素質を見いだしたからじゃないのか?」
「あんなの、出任せだ!」
「出任せじゃない。ノエルは隠し事をしたことはあっても、嘘をついたことは一度もない。実際に君は立派に務めを果たしている。だが、そういう状況でなければ引き受けなかったんじゃないか?兄の方が適役だ、と」
「それは…」
確かにそういう風にも取れる。しかしそれが全ての真実とは思えない。チェイニーの言うように、自分達は彼の手の上で踊らされているに過ぎない。そう出来るだけの頭脳の持ち主なのだ、彼は。
「世界を救うために導士の存在は必須だ。彼も沢山悩んでの結論だったんじゃないか?」
「………」
「そうだよ!自分のお兄ちゃんなんだもん、信じようよ!」
「うんうん、そんで会ったら一発ぶん殴る!」
「えー…殴るんですか?」
「だってー、ルシフェルを悲しませたことに変わりないじゃん」
「…だな。会ったら殴っとくか」
ルシフェルはやっと少し笑った。
確証がないから何も言えないが、ルーファウスには何か他に目的がある気がする。自分はラファエルほど彼を信用出来ない。
――また何か…起こるな。
到はそう思うのだった。