第四章 謎の行方 ―真由美編―
「え…な…に?なにがどうなって…」
真由美は混乱していた。召喚獣シヴァ。神ノエルの配下が何故自分達を襲うのか。そして友美の正体とは何なのか。疑問ばかりが頭を巡る。
チェイニーが真由美に回復呪文をかけてくれている時、友美が突然前のめりになった。傍にいた到が間一髪で彼女の体を支える。
「おい、大丈夫か!?」
「ええ…。眠っています」
「また寝たの!?」
ハッキリ言って、友美は旅をしている時以外はほとんど寝ている。昨日もしっかり半日は寝たはずだが。
「そうか…。まだ戻らないんだな」
チェイニーだけが驚きもせず落胆した。
「?何が戻らないの?」
聞き返したが、彼は手当てを終えて話題を変えた。
「何でもないよ。そうだ、おまえらにこれやるよ」
天使二人にベビーチョコを二〜三粒渡す。何で神の彼がそんなものを持っているのか甚だ疑問だ。まさか天界に売ってるわけじゃあるまいし、わざわざ買いに行ったのか。大体何故にチョコ。
「ちょっと!こんな時にチョコなんて」
「ん?おまえらの分もあるぞ?」
「リーナと一緒にしないでよ!そういうこと言ってんじゃないわよ!」
こっちは真剣なのに、大事なことは何一つ教えてくれない。はぐらかされてる気がする。
「何よ、失礼ね。私そんなにがっついてないわよ!」
絶対嘘だ、と真由美は思った。一体どの口が言うんだか。
「まぁ、いーんじゃん?甘いものは体にいいって言うし。私は食べないけど」
綾子も真由美が休憩を反対したと思ったらしい。それにしても、旅を共にして思ったのだが、綾子は結構流されやすい。
「黒崎さん、甘いものが疲れに効くって言うのは嘘なんですよ。甘いものは糖分が高いから胃に負担がかかるし、逆に疲労感が溜まってしまうんです。精神的にという意味では効果はありますが、それも一時的なものですし、第一チョコには食物麻薬と呼ばれるように常習性があって、中毒にかかる恐れが…」
でた。到の長話が。真由美のこめかみに青筋が浮かぶ。
断っておくがその怒りは到の長話のせいではない。
「とか言いながら食べるなーー!!」
到がうんちくを言いながらも左腕で友美を抱え、右手でチェイニーからもらったチョコを食べているからだ。
「いやぁ、懐かしいなぁと思って。ベビーチョコ。それにそんなこと言ってたら食べられるものなんかなくなってしまいますよ」
「だったら余計なこと言わないでよ!!」
「僕はあくまで知識として…」
「知らない方が幸せなこともあるのーー!!」
口論になりかけた時、チェイニーが話を遮った。
「おまえら、次はどこへ行くつもりだ?ついでだし転移させてやるよ」
「そうですね。友美さんを早く休ませてあげないと」
「リーナ達も魔力ないしな」
綾子の言葉にチェイニーが疑問符を浮かべた。
「?何言ってんだ?もう回復しただろが」
――へ?
「知らないのか?天使の魔力回復にはチョコが効くんだよ」
「は!?聞いてないよそんなこと!!」
リーナがチョコに興味があるのは知ってたが、そんな効果があるなんて夢にも思わなかった。
「あ、そうなの?じゃあ綾子、今度町に着いたらいっぱい買っといて」
チョコを買ってもらえる大義名分が出来たリーナは全く遠慮しなかった。
「……。しょうがねぇな」
リーナのチョコへの執着心に半ば呆れながら承諾する綾子。いつも振り回されて可哀想だなと少し同情する。
「てゆーかよくそれでやってこれたな。念のため持ってけよ」
チェイニーからチョコを受け取り、次の目的地、西国の五大都市近くの森に転移させてもらう。その時既に動く影があると知らずに。
☆☆☆
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった。彼らの様子は?」
部屋に現れたシヴァにルーファウスが問う。シヴァは微笑をもらした。
「もうすぐ…かと。ミカエル様も我らの本当の目的には気付いておられないようです」
「そうか。それさえうまくいけばあとは何の問題もない。だがぐずぐずしている暇はない。計画の進行が遅れている。一度で完遂出来るとは思っていなかったが、彼らが私の元に辿り着く前になんとかしなければ」
誰にも計画の邪魔はさせない。友美の中に眠るラファエルの記憶を、必ず甦らせてみせる。それが、あの娘を目覚めさせるために必要なことだから。
「ええ。それなんですが、彼らは先ほど五大都市付近の森に転移しています。もう一度私が行って来ましょうか?」
シヴァが指示を仰ぐと、雷獣ライラが現れた。
「ルーファウス様、今度は私に行かせて。私だって楽しみにしてるのよ。あの娘が目覚めるのを。封印が解けた時、聞かせてあげられる武勇伝の一つくらいなきゃ、つまらないじゃない」
胸が痛む。確かに私達は誰もがあの娘の目覚めを望んでいる。だがあの娘は違う。あの娘はあの暗い部屋で、眠り続けることを選ぶだろう。たとえ幾千の昼を越え、幾万の夜が流れても。何もない白い夢をみながら、この世に在り続けるだろう。そんな彼女を目覚めさせることは単なる自分のエゴでしかない。
「でも…、あなたは好戦的だから手加減できるか心配だわ」
「えーっ。手加減しなきゃダメなの?」
ルーファウスは二人に解らぬように小さく首を振った。
――しっかりしなければ。誰かを犠牲にしてでもあの娘を甦らせる。そう誓ったのだから。今の自分が存在するよりもっとずっと以前から、それは定められたことだったのだから。そして自分はその為に生まれてきたのだから。既に後戻りのできないところまで来ている。今更引き返せないのだ。
「…いいだろう。ライラ、行って来なさい。シヴァは少し休んでいるんだ」
シヴァの言う通りライラは好戦的ではあるが、同時に引き際もわきまえている。それに少しくらい本気を出した方が、ラファエルの記憶も戻るかもしれない。
「やった!じゃ、行って来んね♪」
ライラが行った後、シヴァが不安そうに訊いてきた。
「ライラが気に障ることを言ったのでは?」
「…何故そう思う?」
「辛そうに見えます」
シヴァに嘘はつけない。長く傍にいた分、すぐに見抜かれてしまう。
「…ライラのせいというのは違うよ。ただ、自分の汚さを思い知っただけさ。もう、純粋に平和を望んでいたあの頃には戻れないということを」
シヴァは何も言わなかった。