第二章 回り出した歯車 ―リーナ編―
(うーん…確かにこっちだと思ったんだけど……)
リーナは夕方、到に連れられ部屋に戻ってから気になることがあった。
風だ。風が、呼んでいるような気がしたのだ。
だから綾子達が寝静まった後、こっそり窓から外へ抜け出した。
しかし町中の大きな噴水広場の前で、風の気配が途切れてしまった。
「おい!何やってんだよ!?」
突然小声で怒鳴られた。いつの間にか隣にルシフェルがいる。
「…びっくりしたぁ。あんたこそ何やってんのよ」
「あのな、おまえが外に出てくのが見えたから、心配してきたんだろ!」
また怒られた。リーナはなんだか自分が悪いことをしているような後ろめたさを感じた。
「あ、あたしは…、風の様子が変だったから……。それで調べに…」
「だったら他のヤツは無理でもせめてオレくらい起こせよ。いざって時のために窓少し開けてたろ?」
それはそうなのだが、昨日見張りに付き合わせたばかりなので起こしづらかったのだ。
もっとも、リーナの場合気を遣う所を計り違えているが。
「だって、昨日あんまり寝てないでしょ?だから…」
「図書館で昼寝したし、オレは到の徹夜にしょっちゅう付き合ってるからいいんだよ!余計な気遣うんじゃねぇ!おまえ女なんだぞ!?何かあったらどうすんだよ!?」
ルシフェルはものすごい剣幕で怒っている。
「べ…別に何もないわよ」
「…綾子から聞いた。おまえ、狩りに狙われてたんだってな。またそんな目に遭ったら今度こそどうなるかわかんねえぞ。妖精は女の方が買い手が多いっていうし…」
それは初耳だ。それに確かに、狩りに狙われ捕まると思った時の恐怖感は半端じゃない。
「お…脅かさないでよ」
「脅しじゃねーよ!とにかく、これからは単独行動は厳禁だからな!」
やっとルシフェルが一息ついた。彼は本当に自分の身を案じてくれていたのだろう。
それにしても、だ。見張りの時といい、彼に頼ってばかりな気がする。自分の方が大人のはずなのだが。ルシフェルはしっかりしているし、男の子はそんなものなのだろうか。
彼は優しさも賢さも持ち合わせている。導士として選ばれたのもわかる気がするし、相棒が彼で良かったとも思う。
ただ気のせいか、彼は時々無理して背伸びをしているように見える。
「…あんまり、無理しないでよ」
「…?なんだよいきなり」
「なんでもなーい。…ありがと。来てくれて」
「…別に」
ルシフェルは照れくさそうにボソリと言った。そんな彼がなんだか愛しく感じた。
「……っく。…ひぃっく…うぇ…」
「!?何…?」
微かだがしゃくり声が聞こえる。
「こっちだわ」
リーナは時計回りで噴水を調べる。すると噴水の石壁によしかかって、白髪の少女妖精が座っていた。
「う…。ひっく…ふぇ…」
「ねぇ、どうしたの?」
リーナは少女の顔を見て我が目を疑った。
「あ…、あんた、シルヴィア!?」
「うっ…リーナお姉ちゃ…」
後を付いてきたルシフェルが軽く目を見張る。
「こいつ…雪天使じゃねーか。ここは居住区域じゃねーはずだけど…」
「わ…私お母さんとはぐれて…」
シルヴィアはまだ半泣き状態だ。困ったことになった。進路を変更しなければ。
「急いで戻ろう。綾子達に相談しないと」
リーナは二人を連れてホテルへと引き返した。