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始まりの前

(あー! ムカつく!!)


 風にそよぐ髪は、磨き上げた新品の銅貨のような明るい、赤銅(あかがね)色。

 絹糸のごとくなめらかに艶をもった、背中の半ばほどの長さの髪の毛は、陽光をはらんで、時折まばゆい金色に輝く。

 前髪は眉のあたりで切りそろえられており、その下に輝く瞳は、上等な翡翠を思わせる、深い色合いの緑色だった。

 新鮮な乳に、南方で採れる高価な豆を炒って抽出した絞り汁(後世で珈琲と呼ばれるようになる)を一滴、二滴たらしたような、象牙色の肌は、きめ細かく瑞々しい。

 艶々とした咲き初めの淡紅色の薔薇の花弁のような唇が、言葉を紡ぐ……が。


(ちょっと! その鳥肌が立つような表現やめてくれない?! どっかの時代錯誤の宮廷詩人じゃないんだから!)

 見目麗しい、と称して差し支えない少女……が口にするには、いささか品のない言葉だった。


(悪かったわね! 品がなくて! あと口にはしてないし!……大体、そんな甘々な喩えで語る場面じゃないでしょ!!)


 その細腕に似つかわしくない武骨な木の棒を振り回しながら、少女は心の中で叫ぶ。


(なーにが! 『後世で珈琲云々』よ! 『咲き初めの薔薇の花弁』よ! 言い回しが古いったら!)


 少女が棒を振り回すたびに、『何か』がポン、ポン、と破裂し、そのたびに棒の先が霧散していく。

『ほら、もうちょっと丁寧にやらないと、打ち洩らしてるよ?』

 飄々とした声に、少女はキッと眦を上げて空をにらむ。


「だーかーらー! いいから、とっとと仕事しろ! この万年常春飛行物体!!」


 少女の咆哮とともに、まばゆい光が、あたり一面に満ち溢れた。



『お疲れさーん! よくできました』

 ぜいぜいと肩で息しながら、地べたにしゃがみ込む少女――レミの脳内に、羽よりも軽い、軽すぎる声が響いた。


(なーにが! よくできましたー、よ!? あんた、いったい何のためにツイてるのよ?)

『うーん? ……実況中継、兼、記録係?』


 思い切り疑問形で、おまけに「はてな?」と首を傾げるイメージまで伝わってきて、レミは一気に脱力する。

(……何のための、記録よ……)

 どうせ聞いてもさらに疲労感が増すとわかっていて、でも思わず訊いてしまう。

『そりゃあ、レミの活躍を、後々冒険譚にまとめる時、色々美化しといた方が、いいかなあって』

(美化……って)

『あ、僕は、レミが十分! かわいいって思ってるから! ……ただ、世間一般には、ちょっと古めかしい言い回しの方が「らしい」じゃない?』

(どうせ! どうせ、私なんて! 黄みがかった半端な赤毛で! 暗い目の色で! 浅黒くって! 美人じゃありませんよー! だ!)

 ……一応、年頃の女の子らしく、自分の容姿は気になるレミである。


 髪色は輝くような金か、もしくは深い赤か黒、鮮明な色。

 瞳は、色は何でもいいが、とにかく透き通るような淡い色。

 肌は白磁。

 ……それが、レミのいる社会での、美人の基本だった。

 濃褐色ならともかく、淡い赤髪というか金茶髪に、影の濃い緑の瞳は、逆美人の組み合わせで。

 その上、日に焼けたのではなく、生まれつき黄みがかった肌は、レミの一番のコンプレックスだった。


(せっかくなら、抜けるような白い肌とかに生まれ変わってみたかったわ)

『そりゃ、ここではあんまり人気のない色だけどさ。国によっては、賞賛の的になるんだよ? 象牙の肌に赤銅の髪、翡翠の瞳、なんて、フェロミナ公国一の美女と言われた公妃フェジーナの代名詞だよ?』

(……そう?)

 少し立ち直りかけたレミが、上目づかいに空を見る、と。

『そうそう。どうせレミはこれから世界中を回るんだから、もてすぎって困っちゃうよ?』

(……それは、困っちゃうなあ)

 私、一応、聖職者だし?

 完全に立ち直ったレミは、エイッと腰を上げて、天に向かって大きく伸びをする。

(さて、とっとと後片付けして、出立の準備しなくっちゃー!)


 るんるん、と鼻歌が聞こえてきそうな勢いで、10歩ほどスキップすると、周りを見渡して近くに落ちていた木の枝を拾い上げた。

(これでいっかなー? 封呪じゃなくて、お浄めだけだしね)

 言いながら、先ほどまでレミが座っていたあたりを中心に、木の枝で地面に線を描き……真円とまではいかないが、大きな円形を描いた。

(さて、ロー、行くよ!)

『りょーかい!』

 相変わらず軽い調子で……しかし、返事より早く、あたりには強烈な『気』が立ち込める。


「……破ッ!」


 レミが気合を込めて声を発すると同時に、握っていた木の枝が、光を帯びる。 

 円の中心に、一瞬、緑がかった人影……男の姿が浮かび上がった。

 その姿を見極める間もなく、円陣の中にまばゆい光があふれ、男の姿は見えなくなる。

 ……やがて、光が消え去る。

 ふう、と大きく息を吐いて、レミが両手を開くと、先ほどまで「木の枝、だったもの」が、砂のように粉々になって、その手から滑り落ちる。

 砂はキラキラと光りながら、地面に着く前に、霧散した。

『あ、勢い余ると肉声(こえ)に出しちゃうのは仕方ないけど、今のくらいにした方がいいよ? さっきのはよくないなぁ』

(はいはい、気を付けますよーだ)

『あと、僕はちゃんと仕事してるからね』

(はいはい、口がすべりました! ローがいなくちゃそもそも私は力が使えませんってことでしょ?!)

『その通り。……でも、木の枝でもいいけど、やっぱり正式な呪具が欲しいよね。レミ、容赦なく力引き出すから、それに耐えられる、純度の高いやつがさ』

(まあ、木性の呪具なんて、耐性弱いのばっかりだしねぇ?)

『大陸に行けば、いい素材が見つかるよ。そしたら、僕が錬成の仕方、教えてあげるから』

(……作るのは、私なのね、やっぱり)

『仕方ないよー。僕が物体化する方が、錬成よりよっぽど大変なんだし?』

(あー、こういう時、使えないんだから! 妖霊って!)


 ……これが、有史に残る最後の、そして、史上最強の退魔師と呼ばれることになる、レミ……レーミ=ナロンの冒険譚の、知られざる序章であった……たぶん。




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