序章:めんどくせぇなぁ
ジャンルシャッフル企画の小説です!
日の光もまともに当たらぬ薄暗い部屋で、一人の少年と女が、テーブルを挟んで向かい合う形でソファーに座っている。
女は今にも泣き出しそうなほど、沈痛な面持ちで俯いている。
それとは対称的に、少年は不敵な笑みを浮かべ、両足をテーブルの上に組んで置いている。
「ふむふむ、つまり、復讐の代行をしてくれっつぅことか」
「はい、息子の敵をとってください……」
「んなくだんねぇことのためにわざわざ裏の世界にまできたんか……ご苦労なこった」
「くだらないとはなんですか!?」
女は涙を流しながら憤慨したが、少年は手をひらひらと振ってあしらうように言った。
「あー、はいはい、悪かったから落ち着けや。で、その男の特徴は?」
女は涙をぬぐうと、懐から一枚の写真を取り出して、少年に手渡した。
少年は写真を受取って見るなり、渋面になった。
「こいつは……まためんどくせー野郎やな。こいつはどこぞの組の若頭や。何ていう組みやったかな?」
「三日月組みです」
「そうそう三日月組や。ぷふっ。何や幼稚園にありそうな名前やな、あははははっ」
少年は何が面白いのか、大爆笑し始めた。
女は何か言いたそうだったが、辛抱強く待った。
少年はひとしきり笑ったあと、本題に入った。
「おーけー、おーけー。で、金はいくらあんの?」
女は足元においてあったバッグから、帯封に巻かれた札束を二つ取り出した。
「ここに二百万円あります」
「二百万か。結構結構。じゃあ、依頼成立や。仕事の準備するからもう出て行ってええで」
「わかりました。……どうか、よろしくお願いします」
「おう、任せとけ」
女は立ち上がって、少年に深々と頭を下げた。
少年は立ち上がると、女を見向きもせずに、奥の部屋につながる扉に向かって歩き出した。
扉を開けて部屋に入った少年は、後ろ手に扉を閉め、仕事の準備に取り掛かった。
掛けてあるコートを羽織り、部屋の真ん中にある机に向かって歩きだす。
粗末な机の引き出しから二丁のハンドガンを取り出し、顔をほころばせる。
二丁のハンドガンの片方は光沢のある黒色で、『Destruction』と刻まれており、もう片方は光沢のある銀色で、『Salvation』と刻まれている。
少年は部屋を出ると、まっすぐ外に続く扉に向かった。
外に出て、鍵を閉めたかチェックした後、空を見上げてうんざりしたようにため息をついた。
空はこれ以上ないくらい快晴だが、少年がいるところはほとんど日が当たっていない。
少年の家の周辺は、売春宿やら、いかがわしい商売をしている店やらがギュウギュウに立ち並んでおり、家を出ればすぐに路地、という現状なのだ。
「くっそー、日照権の問題で訴えたろか」
忌々しげに呟いたが、どうせ訴えられないので肩を落として歩き出す。
入り組んだ路地を出て、人の往来が盛んなところへ出ると、ようやく太陽の光が少年を照らし出した。
少年は、いわゆる美少年に入る類で、瞳の色は黒色で、髪は金に近い茶色に染めている。
左耳につけたピアスがキラキラと光り、少年のかっこよさを引き出している。
少年は空を見上げ、顔をほころばせた。
「やっぱ、お天道様の光は気持ちええな〜」
ニコニコと笑ってバス停に向かって歩き出す。
コートのポケットからアイポットを取り出して、イヤホンを耳に当てて起動させる。
少し待っていると、バスが来た。
バスに乗ってお金を払うと、最後尾の席に座って目を瞑り、上機嫌に鼻歌を歌いだした。
一人で鼻歌を歌う姿は、周囲の乗客の注目を一手に引き受けたが、目を瞑っている少年は気付いていない。
少年は上機嫌に鼻歌を歌い続けていたが、突然ドスの聞いた声が聞こえて目を開いた。
見ると、明らかにその筋の人間が、一人の少年に絡んでいた。
「おい、兄ちゃんかっこいい頭してるやんけ」
学ランを着た少年は、金髪でかなり派手な髪形をしており、それがやくざの目に留まってしまったのだろう。
やくざは懐からバリカンを取り出すと、いきなり刈り込み始めた。
学ランを着た少年は恐怖でガタガタと震え、周囲に救いを求めるような視線を送るが、運転手も乗客も見て見ぬふりをしている。
ただ、少年だけは不愉快そうに目の前の事態を見ていた。
学ランの少年が少しずつボ−ズになっていくのを見て、やくざはニヤニヤしながら楽しそうにしている。
「くくく、似合ってんぞ、ガキ、はははははっ」
「うるせぇよ」
今のは、学ランの少年でも、周囲の乗客でもなく、最後尾に座った少年が言ったのだ。
やくざはいかめしい表情になり、怒鳴り声を上げた。
「誰じゃ!? ふざけたことぬかしたやつは!?」
「うるせぇっつってんのが聞こえへんかったんか? ちょっと黙れや」
やくざは、今度は声の出所を見つけだした。
最後尾に座る少年だけが、目を逸らさずにまっすぐに見据えていたからだ。
やくざは睨みつけながら少年の目の前まで来た。
「おんどれかぁ、死にたいやつは?」
「近くでしゃべんなや。息がくせぇ」
やくざは顔が真っ赤になるほど憤慨した。
「このクソガキが!」
やくざは怒号とともに、いきなり顔面を殴りつけてきた。
そして、みぞおちに膝蹴りを放ち、少年が倒れる前に胸倉をつかみ上げ、ナイフを取り出して首元に突きつけた。
少年の瞳がうつろになっているのを見たやくざは、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「人にけんか売るときは相手を見ろや。今やったら、土下座して靴なめたら許してやらんでもないぞ。ぎゃはははっ!」
勝ち誇ったような笑い声がバスに響く。
少年は、ふっと鼻で笑うと、おぞましい冷笑を浮かべてやくざの目を見据えた。
とたん、やくざの背中に冷たいものが走った。
さっきまでの勝ち誇った笑いがうそのように消え、おびえたような表情になった。
だが、自分がナイフを突きつけていることを思い出し、怒鳴りつけた。
「ガキが、何や、その目は!」
ナイフを首筋に当てると、血がナイフを伝ってポタポタと流れ落ちた。
「今すぐ土下座してわびいれろや! そうすれば……」
やくざの語尾が、かすれて消えていった。
やくざはとんでもないことに気付いたというように一瞬驚愕し、戦慄いた。
やくざは恐る恐る口を開く。
「お……お前もしかして、威裏夜か?」
「へぇ、お前みたいな愚鈍なサルでも俺の名前はしっとうようやな」
威裏夜の悪口にもやくざは反応せず、血の気が引いて顔面蒼白になった。
ナイフが手から滑り落ち、床に当たって金属音が響いた。
おびえきった様子で、後ずさりしたが、急に動かなくなった。
まさに、蛇に睨まれた蛙だ。
威裏夜は白眼視しているだけで、静かにたたずんでいる。
だが、それだけのことで、やくざにとっては死神が命を狩らんとしているように見えた。
氷結した時間の中で、扉が開く音がした。
「ここで降りろや」
「へっ?」
恐怖でおびえているところに突然話しかけられ、やくざは素っ頓狂な声を出した。
威裏夜はめんどくさそうに言った。
「聞こえへんかったんか? 目ざわりや。ここで降りろ」
やくざはバスから慌てて出て行った。
それこそ、飛んでいったと表現してもいいくらいのいきおいだった。
威裏夜はまたニコニコと上機嫌に笑い、座りなおした。
刹那、狡猾な笑みを浮かべ、ポツリと呟いた。
「今日は楽しくなりそうや」