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六話:大森林

 

「もうすぐにゃ」


 森の奥に進むに連れて、霧の濃度が濃くなるに連れて、俺たちの口数も徐々に減っていった。まあ、それでもうるさいのはご愛嬌。

 それはもちろん、獣人にしか辿り着けないと言われる半ば伝説の街を、これから自分の目で確認することになるからだ。

 獣人族が閉鎖的とは聞かないが、例えば街に入る前に揉め事があるかも知れない。

 エミリアやアーサーがいるので、あまりに酷い扱いはされないかも知れないが……それでも心配は心配。

 アポイントメントなしで王族がお邪魔するのも、考えてみれば中々に無礼なことだしな。

 一応、エミリアは権力闘争から降りているし、アーサーは王子ではあるが次期皇帝というわけでもない。公的な力はほとんどないが、それでもやはり王族という称号はついて回る。

 場合によっては…………俺や紫苑はそう考え、今のうちから装備の手入れを入念にこなしている。


「そうだグラム、色んな種類の獣人族がいる街なんだろ? なんか注意しておくこととかないのか?」

「んにゃ? 注意……まあ、とくにないにゃ。兎系の獣人が兎を食べていることも、鳥系の獣人が鳥を撃ち落としていることも普通にあるにゃ」

「何それ怖い」


 俺たち人間の感覚だと、それは共食いだと思うんだけど……。


「あ、あと尻尾と耳は基本触っちゃだめにゃ。多くの獣人にとって、この二つは命の次に大切なもの。痴漢ではすまないにゃ」

「…………」


 何人かの生徒が、俺をチラリと見た。

 や、はい。反省してます…………。


「ちなみに犬系にやったら殺されるから気を付けるのにゃよ。お前を奴隷にするって意味ににゃるから。猫系は……まあ、みんな知ってるにゃ」

「「「「…………」」」」


 俺の方を見る人間の数が増えた。

 何度も言いますが、反省はしてるんです…………。

 俺とその隣を歩くエミリアが気まずそうにしていると、ケビンが


「なぁ、それって触ってくれとか触っても良いって言われたらさぁ、つまり結婚申し込まれてるってことになるのか?」

「心配する必要はないと思うにゃ」

「おい待てそれはどういうことだ?」

「ありえにゃい」

「よし決めた! 俺は今からイースト菌の力を見せることする!」


 そう言ってシュタッと構えを取ったケビンだったが、「あのぉ……多分、ケビンくんじゃ無理だと思いますよ……?」とケビンの隣を歩く眼鏡少女にトドメを刺された。

 確か名前は……サラ。戦闘時に限って眼鏡を外すのだが、その時の顔が意外に可愛いと話題。いわゆる隠れ美少女なのだが、大体ケビンと一緒にいる。


「人は…………夢を見て、それを叶えようとする過程で成長していくんだ」

「んー……でもケビンくん、モテようと努力してませんよね? それよりも、美味しいパンの作り方を考えてることが多いような……」


 それは普通に良いことだと思うぞ。

 ケビンといえばいっつもモテたいと言っているイメージがあるんだが…………近くにいるサラさん的には違うんだな。


「パンは裏切らない」


 サラさん、パンのことばっかり考えてるのは結構悲しい理由っぽいよ。


「てか、イースト菌の存在ってこっちの世界でも知られてたんだ……」


 これまで十年間一度も聞いたことがなかったから、イースト菌の存在を知っているのは限られているのかも知れないけど。


「「「「…………」」」」


 また、沈黙だ。

 さっきから、これの繰り返し。

 何人かが盛り上がり、他の奴らはそれを聞いて楽しむのだが、いつの間にかまた静かになっている。

 それもすぐにうるさくなって……また……。


「尻尾を触っても良いって言われた時は、迂闊に触らない方がいいにゃ。街中で胸を揉んで良いって言われて、おまいらは揉むのかにゃ?」

「「「「…………」」」」


 さすがグラム。

 それを言うことに、とくに恥じらいはないらしい。

 そして困ったのが俺たち男性陣。

 元々男子の人数が少ないクラスだと言うのに、そこにレイ先輩とキラ先生までいるのだ。

 グラムの言葉に、『どうなんだ?』とばかりに女子たちから視線の集中砲火を浴びせられる。


 俺にも、横からエミリアの視線が、背中に紫苑の視線が突き刺さっている。

 魔力回復のために俺の身体の中で休んでもらっている雪風に至っては、「どうなんです?」と直接心に聞いてくる。


 ……これは、誰かが代表して言わなきゃ駄目だな……。仕方ない……。


「…………どうなんだ、ケビン」

「シン!? おまっ……!」


 関係ないような顔をして、真横から向けられるサラさんの視線をやり過ごそうとしていたケビンに、俺は綺麗なパスを渡した。

 急にボールが飛んできて慌てるケビンだが……


「では、ケビンが代表で答えることにしよう」

「…………託した」

「パン屋だもんな、街中でパンとか柔らかい物を捏ねたくなる時とかあるよな」

「ありがとケビンくん!」


 次々に、他の男子からもパスを送られて涙目だ。なんなら面白がっている女子からも「頑張れー」と、声援という名の追い込みをかけられている。

 追い詰められた時、人は突破口にアホみたいに突っ込む生き物なんだなぁ……。男子はみんな、ケビンに後を託した。


「…………触らない」


 ケビンは、断言した。

 正直なところ場合による面が大きいと思うが、ケビンはそこまで説明しなかった。

 ただ、触らないと一言。まぁ、ケビンじゃなくてもそう答えただろう。

 さて、この話はおしまい。そう、俺が息をつこうとしたその時、


「シンはどうにゃ?」

「俺!?」


 安全地帯に逃が込んだはずの俺の元に、丁寧に包装された爆弾が送られてきた。

 他の答えが欲しいのかも知れないが、答えはケビンと変わらない。


「ま、まぁ触らないと思うぞ。相手がししょごふっ!」


『相手が師匠なら全てを放り出してでも触るけど』と言おうとしたのだが、隣、後ろ、前、三方向から殴られて無理矢理止められてしまう。

 前? と思ったが、痛みの涙に滲む視界で前を確認すると、現界した雪風が立っていた。


「「お前は触っただろ!」」腹にパンチをしている雪風と、横から脇腹を人差し指で突き刺しているエミリアの顔はそう言いたげだ。

 後ろの紫苑の表情は分からないが、多分同じだろう。


「…………胸なら触らないけど、獣人の尻尾なら触ります」

「正直者じゃな(笑)」


 俺が三人に言わされた、そのことを全てを理解した上でキラ先生が言った。笑いを堪え切れてないぞ、口元が歪んでいる。


「と、このように重症な人間もいるというわけにゃ」

「今のくだり必要だった!?」

「いや、特に必要じゃないにゃ」


 ここに来て仕返しか、だが全面的に俺が悪いので認めて諦めるしかない。


「…………結婚相手、かにゃ……」

「…………?」


 少し先を行くグラムの表情に、僅かに影が差した気がした。

 だが、そんな顔もすぐに日光で照らされる。


「……ぁ…………」


 誰かが、いや誰もが、感嘆の息を漏らした。


 空を覆うほどの木々は一気にその数を減らし、濃霧は何故かここで途切れている。

 そして、そんな代わり映えのなかった大森林の光景に代わって見えてきたのは……


「獣人族の街、アニルレイへようこそにゃ」


 人間の文明と、大いなる自然が調和した世界。

 伝説の街、アニルレイの生活だった。


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