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二話:止まって見えた世界


「にゃあっ!」


 身を低くしたグラムが、獣のように飛びかかってくる。

 その動きは、速い。これまでにも何度かグラムの戦いを見たことがあるが、その時から格段に進歩している。

 動きに無駄がなく、しかも獣のように身体を低くしているため、動きに予想がつけられない。

 だが…………


「…………遅い?」


 こうして冷静に分析できるくらい、グラムの動きは遅く見える。

 速い……グラム自身の動きが一般的に見て速いことは分かる。だが、俺の目には遅いように映るのだ。


「…………にゃっ!?」


 俺の首を狙って飛びかかってかたグラムを、俺は緩慢な動きで避ける。

 避けると同時に、驚きの声を上げるグラムの脇腹にそっと手を当て、無詠唱で斜め上向きに〈魔弾〉を発動。

 溜めなしの〈魔弾〉なので、そう大きなダメージは与えられない筈……


「ぐぅっ!」


 そんなことを考えて追撃に備える俺の目の前で、グラムが一直線に吹き飛ばされた。

 慣性の影響で、俺から見て斜め前に吹っ飛び、観客席後方の柱に背中を強く打ち付けた。


「…………え?」


 明らかに、魔力の通りが良くなっている。

 あの短い発動準備時間で、昔の俺ならここまで魔力は込められなかった筈だ。

 しかも、俺の狙い通りの軌道を描いて飛んで行った。

 密度や回転率、速度や精度など、〈魔弾〉は術者の自由がきく魔法だ。だがそれ故に、準備時間が全くないと術者も予想しない動きを見せるのだ。

 だが、これは……。


「脳の処理速度が上がってる?」


 グラムの俊敏な動きに対応できたのも、魔法の構築が速くなっているのも、全て脳の処理速度が上がっているからだと考えれば納得がいく。

 そして、俺の身体が知らぬ間に強化されていた理由は……


「やっと、気が付きましたか」

「…………っ」


 レイ先輩が毎日俺に課していた、あの少しばかり理不尽な訓練しかない。

 雪風を相手にし続けた結果、俺の脳が彼女の速度に対応したスペックに変化したってことだろうか。


 俺は、精霊契約をしたことによって戦闘中は雪風の思考が読める。

 だが、雪風の思考スピードはあの移動速度を制御できるくらいには速い。

 そのため、俺の脳では雪風の考えを完全に読むことはできなかったのだが……


「回数をこなすうちに、そのスピードに慣れてきているってことかよ……」


 命が危ない時、生物は生き残るために通常はあり得ない力を出すことがある。火事場の馬鹿力ってのもその一つだ。

 雪風の猛攻を凌ぐために、俺の脳が無理矢理進化したってことも考えられる。いや、きっとそうだ。現に、こうしてグラムの動きについていけている。

 身体強化を全力でかけて逃げ回っているから、でこそあるが。


「なんでっ……当たらないのにゃ!」


 グラムの猛攻を、紙一重で避ける俺。

 業を煮やしたのか、グラムが腕にいつもより力を込めた。

 これは…………勝てる。


「にゃぁ!」


 そう確信した俺は、グラムが大振りの一撃を外した瞬間、


『部位強化』『螺旋』『魔弾』


 〈部位強化〉で脚力を、

 〈螺旋〉で回転力を、

 〈魔弾〉で衝撃を、


 魔法の同時発動によってそれぞれ強化した。


「ッッッ!!」


 俺が魔法を発動した直後、轟音が響いた。

 水平に吹っ飛んでいったグラムが、選手入場口の真横にぶつかったのだ。

 硬い土壁が穿たれ、大きく人型が刻まれている。


「……試合終了。勝者はシンじゃ」


 歓声は、上がらない。

 誰もが、この試合結果に呆気に取られていた。もちろん、俺もグラムも。


「……おかしい」


 俺は確かに強くなった。だが、それはあくまでほんの少しだ。獣人に攻撃魔法なしで真正面からやり合って、そんな些細な強化で勝てるわけがない。

 そもそも、俺がグラムの攻撃を避けられている時点でおかしい。

 いくら脳の処理速度が上がったところで、俺自身の動きは速くならないのだ。

 グラムが本気で俺を潰しにきていれば、もっと激しい戦いになっただろう。


「…………」


 大の字になって、呆然と宙を見上げるグラム。

 まさか、まさかとは思うが…………


 ……いや、これはグラムに失礼だ。

 たとえ、()()だとしても、それはグラムの責任。


「シン・ゼロワン……」


 ゆっくりと、グラムが身体を起こす。

 激しい戦闘にも耐え切れる筈の土壁が、こうもあっさり壊れる程の衝撃。それにも耐え切れるのは、獣人の耐久力があってこそだ。


「にゃぁぁぁ!!! 負けた! 負けたのにゃぁぁ!」


 グラムが、飛び起きる。

「シン、大森林に一緒に行くのにゃ!」

「大森林……?」

「んにゃ! 獣人族の街、アニルレイに招待するのにゃ!」


 アニルレイ……大森林に常にかかっている鏡の霧のせいで、獣人族以外は辿り着けないと言われている獣人族の街。

 猫系、兎系、犬系、鳥系、色々な種類の獣人に加えて、獣要素の強い種類である半獣まで共存している珍しい街。

 大森林の自然を利用した街作りは絶景らしく、死ぬまでに行きたい街十選にも選ばれている。

 この街に行くために、わざわざ獣人の奴隷を買う人間も居るくらいだ。帰ってきた主人はいないので、アニルレイには奴隷の首輪をつけた獣人が何人もいるという噂がある。

 

「アニルレイ!? 俺も行きたい!」「獣人の街なんて中々行ける場所じゃないわ! グラムちゃん、私も連れて行って!」「雪風も行きたいのです!」「ぼ、僕も……」「あたしも!」


 そんなアニルレイだ、好奇心や知識欲の多いSクラスのメンバーが黙っているはずもない。

 そしてまた、黙っていないのがもう一人。


「ほ、ほう……お主ら、妾の授業をサボると、そう宣言したのじゃな……?」


 瞬間、空気が凍りつく。

 

「結界班! 結界起動急げ! 燃やされたらおしまいだぞ!」「回復班は過労を覚悟しろ! アニルレイに行くためだ! 休みはないと思え!」「水魔法で身体を覆い、徐々に後退しろ! 絶対に立ち向かうな!」


 瞬間、Sクラスメンバーは陣形を整えてキラ先生との死闘に備えた。

 本当に一瞬だった。日頃から龍化したキラ先生を相手に模擬戦をしているからか、もう動きは手慣れている。


「今回はシンの支援魔法もなく、前衛のグラムもいない! 全員、死ぬなよ!」

「「「「おう!!!!」」」」


 パン屋の息子ケビンの声に、綺麗に揃った声で返事をするみんな。

 俺も混ざりたい。

 ちなみに、アーサーが総司令官でケビンが副司令官ということに、いつの間にか決まっていた。


「ほう……アニルレイに行くというのなら、まず妾を倒してから行くことじゃな!」


 その場で変身するキラ先生。

 髪と瞳が灼熱の色に染まり、肌に黒の鱗が生えてくる。

 大きな翼と太い尻尾を生やし、蜥蜴人(リザードマン)のようになったキラ先生が発する威圧感は、これまでの比ではない。

 黒龍にならないのは、広さの問題だろう。だが、この人の形を保った状態でも十分強い。

 睨み合い、膠着する戦況。

 

 だが、それはたった一人の言葉で大きく変わった。


「…………アニルレイ、あの、私も行ってみたいです」


 レイ先輩が、おずおずと手を上げながら意思表明したのだ。そう、キラ先生に敵対するという意思表明を。


「ふっ……仕方ないのじゃ。社会見学と、学院長には妾から報告しておく。今日はしっかり準備するのじゃぞ?」

「あ、戦意喪失した」

「う、うるさいのじゃシン! レイが出てきた時点でお主の参戦も確定じゃろうが! 流石に妾一人ではお主ら全員は無理なのじゃ!」


 仕方ないな……感を演出しながら、龍人化を解いたキラ。


「よしっ! 俺たちの勝ちだぁぁぁ!!!」

「「「「わぁぁぁぁ!!!」」」」


 Sクラス全員の、大森林行きが決まった瞬間だった。

 

「…………大丈夫なの?」

「…………大丈夫だと思いたいにゃ……」


 不安そうなグラム。

 当事者である俺たちを差し置いて、話はどんどん進んでいくのだった。


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