七話:やはり、この部屋は作られてますね!
「それじゃあ、私は自分の部屋に戻ってるね?」
「ああ、俺はもう少し何かないか調べておく」
なんとも答えにくい質問をして来たエミリアは、エプロンを持って部屋へと入って……ん? 何故君はエプロンを持っていったんだい?
「…………」
俺は部屋へと入っていくエミリアを見送りなら、この部屋を見渡す。俺が残ったのは、この部屋の作りに思うところ、つまり気になる所があったからだ。
まず、この部屋の間取りだが、主に三つの部屋に分かれている。エミリアが入って行った部屋と、俺の部屋。そして、玄関から直線の廊下で繋がる真ん中の俺が今いる部屋である。
真ん中の部屋はキッチンと繋がっていて、リビングから、料理する人の顔を見えて会話も出来る作りだ。
……あー、思い出した!
この部屋は確かLDKって言うやつだ。リビングダイニングキッチン。居間、食堂、調理場が合わさった部屋だ。いや、間違ってるか? ストライプ柄がどんな柄か分からなかった俺のことだ。横文字への自信は全くない。
ここまで言うと、この寮の部屋はそこまで広い訳ではないことが分かる。勿論、狭い訳でもないが、少なくとも、日本産の元引きこもり高校生である俺が落ち着くには十分な狭さだ。さらに言えば、王室育ちのエミリアだって不満を感じることのない広さ。
先の玄関の作りといい、この部屋全体が、感覚の違う俺たち二人に合わせた絶妙な広さと、同じく絶妙な内装になっている。
ただ、少しだけ言えば、広さはエミリア寄りで内装は俺よりかな。使っていて不便は感じない上、平民気質の俺が萎縮することのない内装。
俺達に合わせて作られたように見えるが、実際俺達に合わせられているのだろう。一応、エミリアだって一国のお姫様だ。
俺に合わせて作られているのは、よく分からないけど。
「そう言えば、鍵閉めてねえな……」
廊下での事件のせいで、玄関の鍵を閉め忘れている気がする。まあ、玄関も少し気になることがあったし、手間ではないか。
そうそう、鍵と言えば俺の部屋にもエミリアの部屋にも鍵がかからない。脱衣所にも鍵はないし、室内で鍵があるのは、窓とトイレくらいか?
鍵がトイレと窓と玄関しかない。山奥で師匠と住んでいた時を思い出すな。あ、いや、あの小屋のトイレに鍵はなかった。
勿論、ここについても後でエミリアと話し合うつもりだ。特に風呂場はルールを決めないと色々危ない。俺には、ラッキースケベを起こしてお縄に着く気など毛頭ないんだ。
「えっと……この棚の中に……」
玄関の鍵を閉めた俺は、靴棚の中に手を入れて中を漁る。
あ、エミリアの靴を手に入れるためじゃないよ!?
か、勘違いしないでよね!
って、いかんいかん。これじゃ誤解を招くな。
勿論、俺はエミリアの靴を取りに来た訳ではない。そして、エミリアの靴を盗みに来る不届き者を、こうして靴棚を覗き込みながら待ち構えている訳でもない。
「お巡りさん、ここですよ〜っと」
これまで王城に住んでいた時も、色々と対応に困ることはあったものの、俺は護衛として謹んでいる。内心でめっちゃドキドキしながらも、表情は何も思ってないかのように、「危ないですよ、お嬢様」と完璧な執事を演じ……って、今思えば口調がいつも通りじゃない!?
て、てことはエミリアには動揺がバレバレだったってことか!?
マジかよ、恥ずかしい。穴があったら入りたくなる……じゃなくて入りたい。穴を見ると入りたくなるのは、何か辛いことでもあった人だ。俺は辛いことも多いが、美少女と同居していることは誰がどう見ても幸福だしな。
「まぁだけど、この学院を卒業するまでには、エミリアとの婚約を破棄した方がいいよな」
今の俺では、何を言ってもおそらく通じない。この婚約の裏に何があるのかは知らないが、俺一人の意見だけで白紙に出来る筈もない。
一つだけ気になることがあるとすれば、この婚約はどう考えても政略結婚なのだが、俺はそんな大層な人間ではないということだ。
出会ったばかりの子供の頃は、確かに高校生の頭脳と精神を持つ俺は神童と呼ばれる者だったのだろう。
だが、それは異世界転移した時に身体が小さくなったからであり、その後俺の精神や頭脳は成長しているとは思えない。
分かりやすく言えば、俺は日本での十七年に加えて、この世界の確かな記憶のある時間である十年と少し。つまり二十七年生きているが……はっきり言って俺にそんな感覚はない。
この世界に転移したと同時に、どこかの小さな名探偵のように何者かに身体を幼くされた……そう、俺は考えている。
えっと……つまり、昔の俺はすごくても、今の俺は普通の高校……ここの世界で言う高等学院生だ。
冒険者として有名だということもなく、王城でも静かに暮らしていた俺の名前は、王国の厄介者を集めた特殊な二十五番隊の連中にしか通じないレベルだ。
あ、二十五番隊とはどういうものかというと……
『本当に危険な時しか動かない。装備は全て自前のもの。人数一桁にして王国最強部隊』
まぁ、こういう少しふざけた部隊だ。かく言う俺も、その部隊の一人だったりする。つまりは、最後の手段となる部隊だな。
それで何が言いたいかと言えば、あの王様が、そう簡単に自分の娘を差し出すとは思えないのだ。
……やはり、他国から婚約の話が来ていて、それを誤魔化すために俺と言う替え玉を作ったのだろうな。
自慢じゃないが、俺はそこら辺の刺客なら返り討ちに出来る自信がある。そして、たとえ殺されても特に王国は痛くない――
「──と、考えすぎて手が止まってた……」
これは、俺の悪い癖だな。
試験中も、移動中も、何度考えても答えは変わらないのに、それでも考えてしまう。
「……でも、結論は、やっぱり一つか」
婚約の裏事情は知らないが、それに対する俺の答えは何度も言っている通り明白だ。
他国との政略結婚も、俺との偽装の婚約も……
「エミリアのためにならないのなら切り捨てる」
♦︎♦︎♦︎
「……っと、この棚、やっぱりか……」
それから五分後、靴棚を調べて続けていると、少し見えにくい所に真新しい魔法陣を発見した。エミリアの靴の裏に隠れていたとは……そりゃ見つからない訳だ。
俺は変態じゃないと言いながら、それはもう全力で意識から外していたからな。
「この魔法陣……」
魔法は浄化魔法、エミリアがさっき靴を洗うと言っていた魔法だな。対アンデット用の魔法を威力をかなり低くすることで生活用にアレンジしている魔法で、確か師匠のお気に入りだった。
目に見えた汚れは取れないのが難点だが、逆に気付かないような汚れは出来るだけ落としてくれる。日本で想像していたのとは随分と違うが、戦闘系の魔法の方がアレンジは難しいし仕方がないか。
問題は、何故ここに靴棚があるのか、だ。
学院が用意した。そう言っちゃえば終わりだが、俺が言いたいのは究極的な理由。何故学院がこれを用意したかだ。
そう。学院が用意したと、先程までの俺は思っていたのだが……この魔法陣を見てみると、これはどうやら違うらしい。
この魔法陣はまるで、作ったばかり、刻んだばかりだ。俺の見立てでは、今から二時間前にはなかった、つまり、これは二時間以内に作られていると思う。
「二時間……俺がレイ先輩との試験を始めた頃か……」
俺とエミリアが適正などを測る試験を受けている間に、ここの部屋は改造されたと見て間違いない。トイレやエプロンは元々、段差も後から作りようもないので、元々玄関にあったのだろうが……この棚は後付けされている。
そうなると、ここの学院が作ったとも考え辛くなる。
王城の従者の方達だって、俺の希望──と言っても、向こうが勝手に奉仕精神とか言い出したのだが──する内装にするのには半年程かかっていた。それも、俺の日頃の行動を観察した上でだ。
俺のことを一度も見たことのない学院が、王女であるエミリアはともかく、俺に合わせた作りに出来るとは思えない。この靴棚など、俺に合わせられた作りに他ならない。
まさか、時間を操作できる奴でもいるのか!?
まさか新手の……! っく、惹き合ったのか!
……まあ、違うよな。俺の好きな様式を知っていて、かつ短い時間で魔法が付与された道具を作れる人物、そして王都に住んでいる人物か……。
あ、もしかしてアイツか? アイツなら、この短時間で良質な物を作れるのも頷ける。最近は仕事もないみたいだったし……運良く学院から仕事が入ったのだろうか。
と、俺が靴の入っていない靴棚を前に考え込んでいると、ドアがノックされた。
「シン、少し良いですか?」
少し長くなりそうなので、分割しました