エピローグ
裏路地に小さなバーがあった。
今日もお客が一人……
「邪魔するよ」
「…………扉壊さないでくれないかネ!?」
入り口の扉を蹴破って入店した。
「仕方ないだろう。ドアノブに罠がかけてあったのだからね。解除も面倒だから扉ごと破壊したまでだよ。それに、修復くらいすぐだろう?」
少女の言葉通り、扉はすぐに修復された。粉々になった木片が勝手に繋がっていく様は、まさに不気味な一言だ。
「…………ここにお酒はないヨ。ミルクしかないヨ」
「……じゃあミルクで」
「ふむ、ほら、粗茶だ」
カウンターに座った少女の前に、お茶が出される。
しかしそれは、水の中に葉っぱが入っているだけの、ただの汁だった。
その扱いに、少女が顔を顰める。
「…………なあ、さすがのぼくもここまで雑な接待を受けたのは初めてなんだが」
「ここまで雑な入店も初めてだヨ」
「……なるほど、それなら仕方ないね。ま、それは飲まない。そこら辺にでも捨ててくれ」
少女の言葉に、バーテンダーは無言で粗茶の入ったグラスを握る潰した。
パリンッという乾いた音が鳴り、カウンターの上が水浸しになる。
「……そう苛々しないでくれ」
「苛ついているわけじゃないサ。ただ、結果を喜べば良いのか困惑しているだけだヨ」
「…………それは、ぼくも同じだ。予想外の事態だ。雪風との魔力線が、干渉不可能になった」
「おそらく、遺失魔法の一つだろうネ」
「ああ……あの白い世界にする結界か……まさか彼が使えるようになっていたとはね……」
深く長い溜息をつく咲耶。
「だが、それによって今の雪風は、ぼくの加護を受けることができない。【調停管理】に狙われたら即死だろうさ」
「それなら、私に考えがあってネ。あの時には、他にもう一つ事件があった。龍人が龍化したんだヨ。三百年前、神の奇跡が失われてから、徐々に退化していった龍種。それが昨日に龍化した」
龍化した者の名前は、キラ・クウェーベルだ。
その名を聞いた咲耶の表情が、苦いものに、しかし状況を面白がっている、そんな複雑な表情に変わる。
「まさか?」
「そうだネ。マーリンが定めた秩序と混沌の天秤が動き始めた証拠だ。……シン・ゼロワンという、遺失魔法の使用者が現れたからだろうネ」
失われたはずの魔法、神の奇跡、それが遺失魔法だ。
そんな魔法がこの世に存在すれば、存在したその瞬間に、この世界は三百年前より昔、神と人が同じ場所に存在していた神代へと巻き戻る。
かつての龍種はその力を取り戻し、存在できなくなっていた迷宮は、存在が証明されることにより再び動き始める。
既に、天秤は左右に大きく揺れ動いていた。
「彼は、既に力を取り戻している。全盛期には程遠いが、少なくとも雪風を…………娘を任せておくには十分だ」
「ふふっ……娘ときたか。そうか、そうなのか……」
目を瞑り、天を仰ぐ咲耶。
その顔には、とても面白そうな、楽しそうな笑みが溢れていた。
嬉しそうに、咲耶は降参とでも言うように手を上げ、負けを認める。
しかし、すぐに真剣な表情になった。だがそれは、一人の戦士としての表情ではない。
一人の、乙女としての表情だ。
それを見たバーテンダーは、無言で酒をそっと提供する。
「本当は、彼はぼくの護衛だったのに」
それを一息に飲み干した咲耶は、どこか拗ねたように語り始めた。
「ああ、そうだ。これも全て【調停管理】が悪い! シンと離れ離れになったのもそうだ!」
「シンが子供になってたのも、どうせあいつからシンを守ろうとした彼女の仕業だ!」
「そもそもだね! 主人であるぼくを差し置いて宗教作ったり、世界征服しようとしたり! 神はぼくだぞ! お前じゃない!」
「ああっもうっ、なんでいつもいつも上手くいかないんだ! ぼくは、ぼくはただ…………」
そこまで言うと、糸が切れたようにカウンターに顔を押し付け、すぐに小さな寝息を立て始めた。
カウンター越しにブランケットをかけたバーテンダーは、
「『君と一緒にいたいだけなのに』だと思うがどうかネ?」
扉に目を向けず、グラスを磨き続けながら言った。
入り口には、ドアの残骸が転がっている。
木片が踏み折られ、乾いた音を立てる。
扉を破壊したのは、虎顔の大男と、鳥のような仮面を付けた燕尾服の老紳士。
シャルガフとクロウの二人だ。
「さあ、姫さんのことなんか分からんですわ。ま、どうであれ姫さんのしてることは、迷惑にしかなってない。ここいらが潮時だ」
「成長したシン・ゼロワン殿を見て、少しばかり興奮でもなさったのでしょう。頭を冷やすためにも、最果ての司書に預けておきます」
「最果ての世界図書館か…………司書の子も大変だねぇ……ほら、これを持って行きなヨ」
眠りこける咲耶を肩に担いだシャルガフに向かって、バーテンダーは小さな小瓶を投げ付ける。
シャルガフだと握った拍子に割ってしまうと思ったのか、それを横からクロウが神速で奪い取った。
魔道具の明かりに翳して見ると、虹のように見える琥珀色の液体だ。
「……これは?」
「司書への差し入れかナ? 飲んでいいのは、真実を知りたい時だけだ。それ以外の時に飲めば……この世から消失する。しっかり、伝えといてもらえるかナ?」
「……分かりました」
一礼をして、クロウが店から出ていく。
その後ろを、シャルガフが何も喋らずに出て行った。
誰もいなくなった店内で、バーテンダーは独り言を呟く。
「正直、【調停管理】はどうでも良い。大事なのは、私の娘だけだ」
彼の独白を、一匹の精霊だけが、聞いていた。
(な〜るほどねぇ……スーに言われて張ってたかど、これ、ぼくすっごいこと聞いちゃったかも)
ニヤリと笑い、空を見上げる一匹の猫。
空には、大きく赤い月。
(しかし【調停管理】か……これは、ぼくの出番も近いかもね。でももしそうなったら……ぼくは、スーと居ることができるだろうか……)
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